任務遂行とショウの怒り

 「まったく、獣道じゃなくて普通に歩ける道はないの?」

 ショウの小言に反応する者はいない。

 薄暗く高い木々に囲まれた深い森。ショウ達はすでに豪魔地帯に足を踏み入れていた。

 「まったくーー」


 「しっ!止まって」

 タージが指示する。

 ショウは、手を組み小さく呪文を唱えた。

 隣にいる仲間も薄らぼんやりしていき、姿が見えなくなる。

 ササッ、サササササッ、ササササササッー。

 掠れたような音が段々近づいてくる。

 空飛ぶ魔物キメラが、背中に別の魔物を乗せて、何体も何体もショウ達の頭上を飛びさる。

 ショウが呪文を解いた。

 「魔物達もだいぶ増えてきたわ。大きいのならすぐに分かるけど、さっきみたいに静かに飛んでくるヤツは、ギリギリにならないと私でもわからないわ。まだ遠いの?」

 タージは案内役の狩人に聞いた。

 「そう遠くはないはずです。ほら、あの尖った山が見えるでしょう。あの山の麓あたりにネオバーンの城があると言われています。そこから5キロくらいなので、もうそろそろ見えても良い頃なんですが」

 「なるほどねー。確かにあっちの方からギャーギャー耳障りな奇声が聴こえてくるわ」

 「そうね。私でも感じるわ。なにか邪悪な気配。空気悪いなぁー。はぁ、早くこんな所から出たいわ」

 「でも、ここでネオバーンと戦うのよ、私たち」

 「ああ、確かにそうね。こんな雰囲気の中で戦うのかー。先が思いやられるわ」

 イヂチが小さく手を挙げて、モゴモゴ口を動かした。

 「えっ、あ?へぇー。戦う時はイヂチに何かいい考えがあるそうよ」

 「さすが大賢者様、期待してるわ」

 イヂチは自信ありげに頷いた。


 「皆さん、見えて来ましたよ」

 先頭の狩人が静かに声をあげた。

 そこから見えるのは、尖った岩の端に見える。

 近づくと森がひらけ、それはあまりにも巨大な門の柱の一部である事がわかった。

 「はぁ〜〜。敵ながらあっぱれねぇ。大したもんだわ」

 タージがそう口に出すのは無理もない。その冥界門は、幅だけで300メートルを優に超え、上には棘ある植物やガーゴイルなど不気味な無数の魔物の石像がびっしりと並ぶ冠木が構えられていた。

 門の逆側の端を魔物の一団が通って行く。こちらに気が付かないほど距離が離れている。

 共について来た兵士は呆然としてしまう。

 「ふん、趣味はどうかと思うけど、魔物にもこういうの作る技術と価値観があるんだね。イヂチどう?あんたの魔法は使えるようになりそう?」

 タージがイヂチに目をやると、膝をついて地面を手のひらで撫でている。

 ショウは冥界門の先、ネオバーンが住まう城を睨んでいる。

 鋭く尖った山の麓。薄暗い中にぼんやり灯りが見える。チカチカ光ることもある。おそらくそこに大魔王ネオバーンの城がある。

 タージが、ショウの肩に手を置いた。

 「聴こえるかしら、角笛の音」

 「・・・・・・」

 「それだけじゃない、太鼓や木管の音もある。ヤツら宴会でも開いてるんじゃないの」

 「・・・・・・それだけじゃないわね」

 「あらっ、お姫様にも聴こえるの?」

 「聴こえるんじゃない、感じるのよ。クソ」

 「女、子供まで・・・・・・、ここに来る途中にさらったのね」

 ショウの杖を持つ手から猛々しくオーラが溢れ、体が小さく震えだした。

 「ちょ、ちょっと抑えてよ。今はどうにもならない事は、あなたならわかるでしょう」

 ショウは目を閉じて静かに詠唱をはじめる。

 ショウの周りの砂や小石が浮かび上がる。

 「ちょっと、何をやってるの。今何をしても無駄よ。それより、敵に見つかるでしょ。抑えなさい!イヂチは、まだ掛かるの?」

 イヂチは、自分周りの砂を集めて握り、手から少しづつこぼし、何かの印を拵えている途中だった。同行した兵士も狩人も何が起きているのか分からず固まってしまっている。

 「ったく、どいつもこいつも好き勝手やりやがってーー」

 

 !!!


 「まずいっ!ほらっ!くるよ」

 タージの視界の先、ネオバーンの居城の方に大きな砂煙が起こった。

 低空を高速で矢よりも速い何かが向かってくる。

 「まだ?イヂチ!」

 「・・・・・・」

 ショウは、迫り来る何かに杖を向ける。

 「イヂチ、まだなの?」

 「・・・・・・」

 「なによ、急ぎなさい!見つかるわよ」

 「・・・・・・」

 「わたしが戦うわ!」

 「こらっ、姫様勝手な事言わないで!イヂチ、いそげー」

 爆煙の正体が段々分かってきた。

 「ゼット!アイツがゼットよ」

 ショウがそう叫ぶと、タージもイヂチも目を目を向け凝らす。

 「・・・・・・」

 イヂチが立ち上がった。

 「よしっ、いけそうよ!みんな、集まって!」

 後ろに控えていた、兵士や狩人も駆け寄ってきた。

 イヂチが手で印を結び、口を動かす。

 「うぁあっっーー」「ぐっっっ」

 全員が頭と足を強く反対に引っ張られるような痛みとそれから熱を感じた。思わず声が出てしまう。パッと瞬間、姿が消えた。


 バッサ、バッサ。

 背の翼を羽ばたかせゼットが冥界門までやってきた。

 「・・・・・・おかしいな、どこに行った・・・・・・」

 ゼットは右目をギラギラさせて注意深く辺りを見回る。

 「足跡がこの辺りで消えてる・・・・・・、まあ今更俺たちの動きに気付いたところでどうにかなる訳でもないが」

 翼を大きく森に向かって羽ばたかせると、鋭い風の刃が起こり、周囲に何度か放った。

 岩だろうが、大木だろうがたちまちに切り刻まれて、鬱蒼としていた森が一瞬にして丸裸になった。

 ゼットは、上空を一度ぐるりと旋回し戻って行った。


 ショウ達一行は、瞬時にドン・マッジョが住む建物の前に姿を移した。

 「ちょっと、ショウ!捕まるところだったわよ」

 開口一番タージがショウに詰め寄った。

 「だって、何もしていない人々が弄ばれて殺されるなんてあってはならない事よ。よくジッとしてられたわね。信じられない!」

 「違う!何も感じなかった訳じゃない。私は異常聴覚が備わっていて何キロも先の話し声だって集中すれば聞き取れることができる。私には生の声が届いていたの。苦しんでいる声や泣き叫ぶ声、断末魔も聞こえた。それでもあの場では任務を優先しなくては、同じような犠牲がこの後際限なく繰り返されるのよ」

 ショウとタージは睨み合いどちらも引く様子はない。

 イヂチはふたりの間を取り持とうと必死に動くが、まあ不慣れで上手くいかない。

 そんな時ゆっくり近づく影が・・・・・・。


 「皆さんご無事で。どうですか?首尾よくいきましたか?」

 召使いを引き連れたドン・マッジョが駆け寄ってきた。

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