第30話

トオガだけが姿を現し、他の三人は奥に引っ込んだ。

錬金術師と名乗る戸口の男は、全身を包む赤いローブと顔を隠すフードという、およそ外出に向いていない服装をしている。

「うっす」

トオガがぺこりと頭を下げるが、錬金術師は動じない。

「私の弟子だよ。久々に近くを通ったので私が呼び止めたのだ」

錬金術師協会というのが忌み嫌われている理由について、以前ルイズから聞いた話が思い出される。

「錬金術師協会のルーツは、学会からの追放者、かつては煉獄派と呼ばれたケルニエ派、広報機関の一部とされています。主な目的は『神の石を作り出すこと』とされ、手段を問わずに材料を収集したり、文献の解釈に対する論理が飛躍していたりという点が非難されやすいです。ケルニエ派以外の宗派の人たちは近寄りたがりません」

錬金術師の男の口調は硬くなった。

「外部の人間の侵入は法に反している」

「彼は侵入したわけではなく、正式に研究者として許可されたうえでここにいるのだ。トオガ」

ゲルヒトは自分の弟子の方を向いて、自分の本棚を指さした。

「一番新しい版の法律書が本棚にあったはずだ。私の記憶が間違っているかもしれないから、持ってきて一緒に確認しよう」

「必要ない」

錬金術師は遮った。声色はますます危険な鋭さを帯び始めている。

「いいか、我々は法を犯すものを許しはしない。今ならまだ正直に言えばどこにも報告しないでおいてやろう」

「錬金術師協会は法的な判断を下せる立場にないだろう。仮に違法だとして、どこに言うんだね?錬金術師協会の上層部か?一研究者に対して組織的な圧力をかけることが正当な諫言だとでも?」

「話にならんな」

話もできないやつにそんなことを言われる義理はないとキレそうになるところだろうが、ゲルヒトは特に怒りも見せず淡々と向き合っている。錬金術師はすっと指先をトオガに向けた。

「妥協案だ。その弟子をこちらに引き渡せ。そうすればお前だけは見逃してやろう」

既にあまり遠くなかった相手に一歩踏み出し、ゲルヒトは怒気を帯びた静かな声で告げる。

「最も妥協しがたい妥協案をありがとうよ。私はガイノス司祭に土地の管理を任された身だ。緊急時の対処は、私が行うことになっている。どういう意味か分かるな?」

錬金術師の背後から、別の錬金術師が大慌てで駆け寄ってきた。

「報告!結界の存在を確認!……外側に出られません!」

「私一人で十分だ、小童ども。自分たちが何を言っているか、理解させてやろう」

ゲルヒトはトオガに手渡されたモーニングスターを構えた。弟子と同じように、師匠もまた変な武器を使っている。

「私を倒さなければ、結界は破れず弟子も連れてはゆけまい。何匹ネズミが隠れているか知らんが、まとめて始末してやる」

「敵数三十。家の周囲を囲んでいる」

シヴァドがこっそり教え、ゲルヒトは頷いて外に出た。

「立ち去るなら、結界は解いてやる」

錬金術師たちは一瞬怯んだが、すぐに無謀さを取り戻す。

「誰が立ち去るか、劣等学者め!かかれ!」

先頭の錬金術師は左手を上げた。その左手に鉄球が直撃する。すぐに踏み込んで薙ぎ払い、三人を吹き飛ばす。家の周囲から、同じようなローブの連中がぞろぞろ集まってくる。紫の電撃が放たれるが、全てを術者に跳ね返して右手前に跳ぶ。その勢いのまま一人のみぞおちにドロップキックが突き刺さり、着地の衝撃とともに地面に魔力を伝播させる。蔓植物が十人程度の足に絡みついて身動きが取れなくなっているところを、容赦なくモーニングスターが薙ぎ払っていく。後列で回復魔法を唱えようとしていた錬金術師たちを目ざとく見つけ、青白い光の波を飛ばして、五名が気を失う。

「馬鹿な!魔法防御に特化した礼服だぞ!」

錬金術師たちも流石に異常事態であることを悟り、腰が引け始めている。礼儀のないやつが礼服を着るなんて皮肉なものだが、結局無礼打ちされている。

「おい!結界の範囲が狭められているぞ!」

ガイノスは攻撃の手を緩めず、全方位に氷の球を投げつけて、残った錬金術師たちの後頭部に直撃させていく。

「どうした?許さないのではなかったかね」

左手を抑えながら、最初の赤マントは小柄なガイノスを見上げた。家の屋根のさらに上で、気を失った錬金術師たちが浮き上がり、月の光を遮ってぐるぐる乱雑に振り回されている。

「い、一体、いくつの魔法を同時に制御しているんだ……」

「貴様に教える必要のないことだ。これからすぐにでも馬車を呼び、遺構に許可なく立ち入ったとしてお前たちを司教に引き渡す。ご自慢の神の石にでも祈ることだな」

ぜひとも祈らないでほしい。俺の名誉に関わる。

ガイノスは錬金術師の肩に手を置いた。その手から紫の電光が迸り、赤いローブの男はぴくぴくと体を震わせて喋らなくなった。

トオガは馬車を呼ぶために家から駆けだした。幸いにもすぐ近くに馬車が通りかかったらしく、御者に司教への言伝を伝えてから戻ってきた。司教から僧兵が派遣される頃には、既に陽の光が一帯を照らし始めていた。

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