4 階段
仕事はさっぱりうまく行っていない。
前の職場の時は何か一念発起で弁当を作った時に「弁当男子だ、偉いねえ」とめちゃくちゃにバカにされた。それで死ぬほど気分が悪くなって食事を作るのをやめてしまったことがある。人間は自分が見えているものでしか判断しないから、あたかもそれが誉め言葉であるかのように勘違いするが、あきらかにそれは侮辱語だった。自分たちのスペースに彼が近寄ってくるかのように見えるのだろう。ところが本当はそうじゃない。
食べることと他人に食べさせることはどう考えてもちがう。弁当をつくるということは、他人にとっては食べさせることであっても、俺にとってはちがっている。
その日はイライラして、帰り際に駅前でハンバーガーを買いながら歩き食いをした。
周りを見ていると、ようやく辺りの人間たちもなにか食べながら、生きているということに気づく。
駅前から寝に帰っているアパートまでの通りは、坂道がとにかく多い。駅から離れていくにしたがって明かりが消えて、暗い、電灯のない通りがつづく。気が向いて坂道ではなく、階段を上っていく。冷たい鉄パイプの手すりをたよりに、通りの明かりに向かって足の筋肉を持ち上げた。
大きな音が鳴っている。笑い声が聞こえてくる。階段をあがった先に居酒屋があるのは知っている。
途中の踊り場で、ふらふらと降りてくる影とすれちがう。酒臭い彼が何を食べたのかわからない。通りまで出たところで、階段の下で金属が落ちてぶつかる音がした。振り返っても、影になっていて何も見えない。楽しそうな笑い声にかき消されて、何も聞こえない。俺は気になって、階段の奥底をしばらく見つめていた。なにかの息遣いも動く気配もしない。「大丈夫ですか」と声をかけた。なんの反響もない。
心臓がどきどきしてきた。
通りの方へ向き直ると、こん、こん、ともう一度、音が鳴った。階下に落ちる音ではなく、手すりにぶつかった金属パイプがぬうっと俺の横を通り過ぎていく。パイプは手すりとは別にあったのか、通りの方に飛び出した。車のヘッドライトに照らされながら、道路を渡っていく。
そのパイプの端っこにハンバーガーの袋がくくり付けられていた。
翌日、ニュースを見たが、特に亡くなった人はいなかった。
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