5 金魚

 夜中しか息が楽にならなくなってきた。酒量が増えた。楽しいことを考えようとすると、余計に苦しくなってくる。アルコールが入ってくると体の血流が増えて、一見すると活動的な人格を取り戻したようにかんちがいする。

 ゆびさきにも自分が通っている感じがして、包丁を握る手が軽くなる。食べるものがなくなってきたので、コンビニへ行こうと表へ出た。

 ところが、買い物に行こうとした足で、行き先がわからない。

 工事中の札がかかっている通りに出る。工事をしている人が誰もいないが、顔を近づけると、車が通り抜ける風を感じた。光が通り過ぎたのを忘れている。よく物が見えていない。高架の方、環状線の道路へ足を進めていくと、がいとうがなにもついていないことに気づく、自動販売機の明かりだけを頼りに歩いていく、ひとつ、ふたつ。工事の札、工事をしているのは高架そのもので、事故を起こしているからのようだ。そこを金魚がいくつも飛んでいる。うろうろと飛んでいる。俺はそれをながめている。金魚がとぶはずもなく、また金魚とわかるはずもなかった。だいたい、金魚とわかるような大きさの物体になるわけがない。しかしそれは砕けているブリッジの道路をぐるぐると回っている赤い光であって、空飛ぶ大きな金魚であった。

 俺は金魚は食えるのか、ということを考えている。金魚はさかなではなかった。砕けた道路を直す光だった。

 車が次から次へと横をかすめて飛んでいく風の音を何度か聞いて、たまにここが自分のいる場所ではないことを思い出した。

 環状線の迂回路に沿って、自分も大通りへとサンダルで歩いていくと、ようやくコンビニの明かりが見えてきた。どうかしているな、と思って、足元を見ると、今度は金魚が次々と這ってものすごい速さで逃げ去っていった。

 さすがに身震いをする。

 コンビニに行くのをやめて、足元のサンダルの妙な感触をたしかめてみる。粘ついたぬるぬるしたものを踏んだような気がした。が、別に何を踏んだわけでも、何かがついているわけでもない。俺はそのまま前を向くと、何かいやな音がして、サンダルから液体がしみだしてきたのが分かった。液体はそれなりの量、一汗か小動物の体液かの量を地面にまき散らして止まった。サンダルの上、足をつく面はまったく濡れていない。俺はサンダルを地面から離して脱いでみた。

 顔をあげると、赤い光が前を通り過ぎていく。

 たぶん、俺は順番を間違えたのだろう。

 もっと順番に気を付けなければいけない。

 自宅へ帰るのはとても難儀したので、その日はなかなか寝付けなかった。

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