3月 桃の節句
ドレスコードはピンクね、と言われたので、意気揚々と桃色の生地に紅梅色の花柄のジャケット、レースのタートルネックのインナーに白いショートパンツとレースアップのロングブーツ、メイクもいつもより丁寧に可愛らしく、一応女子会って言うやつなので。
女子会がしたい、と駄々を捏ねたのはジェシカらしい。しかし、二人の共通の友人はなかなか捕まらず、さて、どうしたものか、となった。
「じゃあ、睦千でいっかーって。綺麗だから女子で良いだろうって」
マミがどのマカロンから食べるか迷いながら簡単に説明する。ピンクのネイルがウロウロと彷徨い、ようやくチョコレート色のマカロンを摘んだ。
「判定ゆるゆるじゃん」
睦千は目の前のケーキを突きながら苦言を呈すとジェシカがうるさいわね! と声のトーンを高くする。
「のこのこやってきてケーキ食べてよく言うわ!」
「ここのケーキバイキング、食べたかったから」
しれっと答えてショートケーキを頬張る。世間はひな祭りらしいから、この店も至る所に小さなお雛様が飾られているし、今日はピンクのものを身につけていれば割引されるのだ。春うららな窓をふと見ると、見知った顔がいた。ギョッとした顔でこちらを見ていたので、思わず、あ、と口に出すと、マミとジェシカの二人も窓の方を見た。
「あ、知夜ちゃん」
「知夜ちゃんだ、おいでおいで、お姉さんたちが奢ってあげよう」
以前、睦千がマミの店を知夜に勧めて以来、知夜は店を訪れているそうで、マミもジェシカも知夜の事を気に入っているだとか。そんな二人に呼ばれた知夜は、睦千がいるとて、と少々渋い顔で店に入ってきた。
「知夜ちゃ〜ん!」
ジェシカがご機嫌に呼ぶと、知夜は小走りで席まで来る。その間、サッとマミが店員に一人追加で、と声を掛けていた。
「ジェシカさん、マミさん、こんにちは」
「ねぇ、睦千パイセンもいるけど」
「睦千センパイもコンニチハ」
知夜は相変わらずの態度である、若くて可愛らしい態度、と睦千は満足げにニヤニヤした。
「さあ、座って座って! 女子会しよう! 女子会! 女子が増えた!」
ジェシカの勢いに押されるように知夜は睦千の隣に座る。
「……青日センパイは一緒じゃないんですか?」
「今日は釣り大会」
蓮華殿門弟による釣り大会に朝から出かけた青日は、今日こそ丈より大物を釣ってくると意気揚々だった、今頃、海に釣り糸を垂らしてのんびりと、しかし、虎視眈々と白波を見ているだろう。
「へぇ」
知夜は興味なさげに返事をし、席を立ち、ケーキを皿に盛り付けて帰ってくる。それから、ジェシカとマミを見て、あのぉ、と切り出した。
「ジェシカさんのお洋服って、どこで買ったものですか?」
「これ?」
ジェシカは桃色のワンピースを指差すと、はい、と知夜が頷く。ジェシカのワンピースは桃色のレースが幾重にも重なり、グラデーションを作っているものだが、オフショルダーとマーメードラインのスカートで甘くなりすぎない可愛らしいワンピースだった。
「これねぇ、深文化郷のお店で買ったのー、かわいいでしょ」
「いつも、お洋服、かわいくて、すごいなぁって……」
「ん? 何かあった?」
知夜はフォークを持ったまま、おずおずと切り出す。
「……デート、に着ていく、服が、分からなくて……」
きゃあ! と小さい悲鳴をあげて、ジェシカはマミの手を握った。マミの手からシュークリームが落ちそうになる、あぶな。
「なんか、いつもおんなじ感じの服だから、新しいの、買おうと思って、でも、分からなくて……」
目の前のいちごタルトのツヤツヤいちごと同じくらいの真っ赤な頬に、あらまあ、と睦千はロールケーキを一口で頬張る。
「買いに行こう! 恋する乙女のピンチよ!」
グラグラとマミを揺らしながらジェシカのテンションが高まる。
「別に、何着ていっても花房はかわいーしか言わないよ」
「ポンコツは黙ってな!」
マミが呆れながら、片手でババロアを食べようとするが苦戦している、マミの右腕はジェシカに抱きつかれたままだ、それを見たジェシカがごめんね、と言いながらマミのスプーンを取り上げてババロアをすくって口へ持っていく、あーん、だな、決して腕は離さないのだな。
「乙女心が分からないんだから! 今日の服もおばあちゃん家の派手なカーテンとか壁紙みたいだし!」
「そうね、あんた、顔とスタイルはパリコレみたいだけど、でも、服の趣味はやばい」
マミがババロアを咀嚼しながら、答える。
「……服の趣味がやばい……?」
「やばいよねぇ」
マミがしみじみと呟く。
「睦千センパイ、今日のジャケットもどこで買ってきたんですかって感じです。顔が良くなきゃ着れないですよ」
うそ、気に入っていたのに、と睦千が呟くと三人はキャラキャラと笑い出した、かしまし娘ってやつ。
青世界に白光 赤原吹 @about_145cm
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