第3話 冒険者 裏(1)
ある日、ロマンタの冒険者ギルドに一つの依頼が張り出された。
期限未定、行先不明の護衛依頼だ。
そして、その代わりとばかりに報酬が相場の五倍となっている。
いくら報酬が破格とはいえ、こんな明らかに怪しい依頼に飛びつく阿呆は普通いない。むしろ、報酬が割増しされているところに胡散臭さを感じるだろう。
だが、この日、冒険者ギルドに阿呆がいた。
掲示板から怪しげな依頼書をひっぺがした愚か者たち。
名を「勇ましき剣」という。
つい先日、冒険者登録をしたばかりのいわゆる新米パーティであった。
どんな奴が依頼を受注するかと、酒場から見物していたベテラン冒険者たちは、その姿を見て深いため息を吐いた。
この時期になると、冒険者ギルドはありもしない青臭い夢を抱いた若者で溢れかえる。
彼らは冒険者を一攫千金を狙える夢の職業だとでも思っているのか、親切心で諫める受付嬢の言葉を聞こうともせず、一気呵成に無謀な依頼を受注して、そして儚く散っていく。
冒険者組合の春先でよく見られる、季節の風物詩だ。
その点、今年の新人は粒揃いであった。
今の所、新人冒険者で愚かな犬死をしたという話は聞かない。深い森の奥で人知れず命を落としたとかでなければ、そういうことになっている。
だが、その矢先にこれである。
リーダーらしき赤髪の男は高額の報酬を見てはしゃいでいる。青髪は消極的なようだが、あの様子では流されるだろう。白髪の女はそんな二人の様子を見てただ微笑んでいる。
どうやら、今年の犠牲者第一号が決まったようだ。
酒場で管を巻いていた冒険者たちは、誰が生き残るかの賭けを始めた。
◇
冒険者パーティ「勇ましき剣」のリーダー、ブルストは受付嬢から言われた注意点を頭の中で反芻していた。
曰く、依頼主はお忍びで来た貴族の娘である。
護衛らしき影はないが、文字を書く際の手慣れた動作と、わずかな会話からでも窺える教養、異常な金払い、そしてどこか俗世から浮いた雰囲気から見て間違いないらしい。
服装や容姿などからは一見して貴族には見えないが、少なくとも只人ではないため、接触する際には用心するように、と。
そのようなことを懇々と注意されたのだ。
手元の依頼書を眺める。
何度見ても詳細なことは書いていない。それどころか基礎的な情報すら欠けている。不審極まりない。そして、受付嬢の代筆ではないその筆跡は、明らかに文字を書き慣れたもののそれであった。
この依頼は明らかにおかしい。
いくら新人冒険者であるブルストとて、それくらいのことはわかっていた。
護衛依頼と銘打っているのにもかかわらず、期限、行先、その他詳細の一切が不明など意味が分からない。破格の報酬を差し引いても不気味さが勝つだろう。
その証拠に、この依頼は張り出されて暫く、誰一人として手を出そうとはしなかった。
だが、ブルストたちはこの依頼を受注した。
その理由は単純である。
金だ。
現在、「勇ましき剣」は深刻な資金不足に陥っていた。
冒険者稼業を始めたのはつい先日のことである。「勇ましき剣」のメンバーは初期投資として高性能な装備やその他道具を調達した。
冒険者の命を救うのはいつだって経験と知識、そして優れた道具だということを彼らはよく理解していた。経験と知識が不足する分を、道具で補おうとしたのだ。
必要な投資であった。すっかり寂しくなった懐から目を逸らして、彼らは互いを慰め合った。
なぁに、道具をそろえて金がなくなった分、すぐに稼げばいいさ。
ブルストはそんなことを息巻いていたが、現実は非情であった。
新人冒険者が受注できる仕事などたかが知れている。冒険などと銘打ってはいるが、所詮は街の何でも屋さんである。
名の知れていない奴に任せる仕事など何もない。新人は地道に下積みをするほかないのだ。
ブルストたちの初月の仕事は、そのほとんどを街の清掃で終えることとなった。
街の清掃は冒険者の仕事の中でも最底辺に近い。誰でもできて、そして誰もしたがらない。
そしてそれと同時に報酬も大した額ではない。収支は明らかにマイナスだった。僅かに残していた貯蓄も使い潰して、彼らの生活はどんどん切迫していった。
そして、とうとう貯金が尽きた「勇ましき剣」は博打に出ることにした。
先日からギルドの掲示板に怪し気な依頼が張り出されているのには知っていた。だが、誰もが不信がって受注しようとしなかった。当然である。詳細が一切わからない依頼など誰も受けたくはない。勿論、ブルストとて同じだ。
だが、背に腹は代えられない。
このままでは明日食うものにすら困る状況であった。
結果、ブルストはパーティメンバーと相談の末、この不信極まりない依頼を受注することに決定した。
「なあ、この依頼、ほんとに受けてよかったか?」
「馬鹿か。いいわけないだろ、こんな怪しい依頼。本当なら今すぐ取り下げたいね」
青髪の剣士――コールの吐き捨てるような物言いに、ブルストはさもありなんと肩をすくめる。
「でも、受付の方はおそらく危険はないだろうって言ってましたし、そんなに警戒することはないんじゃないですか?」
ゆったりとした法衣に身を包んだ白髪の僧侶――ピニーは言葉を続けた。
「依頼も護衛って形になってますけど、あくまで目的はこの街で珍しい体験をしたいから案内をしてほしい、ってことだそうですし......」
「ピニー、問題はそこじゃないんだ。相手が貴族かもしれない、というのが重要なんだよ」
「そうだな、もし粗相をして貴族の怒りを買ったらとんでもないことになる。だからこその注意勧告なんだろう」
「なるほど~」
いくら貴族とて、難癖をつけて無辜の冒険者を投獄したり処刑するのは不可能だ。王国法はそこまで落ちぶれてはいない。
だが、問題はそこではない。
直接的な制裁はなくとも、間接的に冒険者を葬る方法などいくらでもあるのだ。
冒険者の活動は名声と信頼が担保となっている。ゆえに、新人は重要な依頼は受注できないし、させてもらえない。
コツコツと地道に顔を売って、実力を示して、ようやくギルドから、そして依頼主からも認められるのだ。そうやってして、ようやく報酬の美味い上位依頼にありつける。
だが、貴族はその信頼と名声を鶴の一声で帳消しにできる。名の知れた大物冒険者ならいざ知らず、新参者である「勇ましき剣」など、貴族が少し醜聞を広めれば冒険者としての道はすぐに閉ざされるだろう。
たとえそれが貴族の令嬢であっても――否、相手が子供だからこそ、慎重に動かざるを得なかった。
「けど、お金もないですし、今回ばかりは仕方がなさそうですねぇ」
「そうだなぁ、なんとか貴族のお嬢様に気に入られて、無事に依頼を完遂するほかないだろう」
「念のため、すぐに町から出られるように荷造りだけはしておけよ」
その発言を冗談だと受け取ったのか、ブルストは大声で笑った。コールの顔はマジだった。
そうして、待ち合わせの場所に着いた。ギルドの酒場だ。
賑わいを見せる酒場にあって、ポツネン、と。隅のテーブルに見慣れない後ろ姿があった。貧相な服だ。まるでそこら辺の村娘を模したような格好であったが、その堂々たる背中は明らかにただものではなかった。
ごくり、と。誰かが、あるいは皆が唾を飲んだ。
これから自分たちの将来が決まる。緊張で手のひらに汗が溜まる。
三人は最後に目配せをして、その意志を確かめ合うと、意を決して歩みを進めた。
ここからが正念場である。
◇
ブルストたちの覚悟に反して、少女とのファーストコンタクトはあまりにも呆気なかった。
話してみると意外なほど普通で、ブルストたちが覚悟していた高飛車な発言は見受けられなかった。
眉間には常に皺が寄っていて、どこか気難しい性格が窺える。そこに優雅さは欠片もなく、どちらかといえば堅物な職人を思わせる。
容姿だって特筆することはない。生来の顔立ちの良さは感じられるが、それだって磨かれなければなんてことはない。田舎臭さを感じる少女といった風貌だ。
外見だけを見れば明らかに貴族の令嬢などではないだろう。
だが、それ以外のすべての要素が、目の前の存在がただの田舎娘などではないと告げていた。
特筆すべきはその目だろう。
ブルストたちと相対するときの、冷たく、そして嫌悪するような目。
明らかに格下に見ている。生まれながらの上位者の視線だ。
そして、少女が立ち上がる時、ブルストたちは見逃さなかった。
風貌に似合わず、農作業をしたこともなさそうな、白魚のような手。しかも、右手の中指にはペンだこがあった。日常的にペンを使っている証拠だ。
もはやこの少女が貴人であることに疑いを持つ者はいなかった。
何の目的で冒険者に依頼を出したのか。
依頼内容を考えればただの暇つぶしと推測できるが、貴人の考えなど庶民にはわからない。それに、田舎娘を装っている貴族令嬢など厄種でしかない。詮索は禁物だろう。
そう考えて、ブルストは思考を打ち切った。
何はともあれ、依頼をこなさねば「勇ましき剣」に未来はない。
ブルストはパーティを代表して少女と相対することとなった。
そして、現在。
ブルストは少女と連れ立ってギルドの訓練所に向かっている。
冒険者の一日を見学してもらうためだ。
ことの発端は先ほど。依頼の本筋であるこの街で珍しい体験がしたい、という要望に、ブルストが冗談半分で冒険者の一日見学を提案したところ、思いがけず少女が快諾したのだ。
余計なことを、というコールの冷たい視線が痛かった。
冒険者の一日ということで、少女が自分たちに一日ずつ密着する形となった。
コールの視線が意味するところはよく分かる。貴族令嬢と一日中過ごすなど正気の沙汰ではない。本当なら金を貰ってもやりたくはない。
だが、今回に限っては好機である。
影があれば光もある。貴族が冒険者を一瞬で潰す力を持っているということは、逆説的に、貴族が気に入った冒険者に名声を与えることも可能とする。
ピンチをチャンスに。
ブルストの好きな言葉である。
否、むしろ今回は勝ちの公算が大きいであろう。
冒険者の一日見学を快諾したことからもわかるが、この少女は冒険者に対して並々ならぬ興味があるようだ。
本来なら軽々に口を利くことも許されない庶民に、無礼だと喚き散らすことなく、侮蔑の視線をよこすだけに留めているのがその証左である。
であれば、我らが「勇ましき剣」が少女に気に入られるのも決して不可能ではない。
ブルストはそう考えていた。
そのためには己の力をアピールせねばならない。
冒険者に必要な資質というのは様々である。人格、人脈、知識、協調性。人としての力が重要視される世界ではあるが、それらを捩じ伏せてなお、武力は最優先される。
ゆえに、ブルストはまずは己の実力を見せつけることにした。
本来であれば街の外にでも繰り出して魔物を討伐したいところだが、少女に万が一でもあったら比喩でなく首が飛ぶ。リスク管理は前提である。
昼食を終えた。いつもなら入念に行う装備の点検を程々で済まして、すぐさまギルドの訓練場に向かう。少女は木陰のベンチに腰掛け、ブルストは訓練用の木剣を握りしめた。
何度目かの覚悟を決める。ブルストはフッと鋭く息を吐いて、流れるような剣技を舞って魅せた。
ブルストは新人冒険者ではあるが、そこらのヒヨっ子とはわけが違った。
彼は剣の天才であった。
今でこそ経済的な理由から新人冒険者として燻ってはいるが、将来的にはギルドを代表する冒険者になるであろうと一部からは目されている程の逸材である。
そして、ブルスト自身もそれを自覚し、決して鍛錬を怠らなかった。
見よ、この剣技の冴えを。
大切なのはイメージだ。己が理想とする最高の動き。それをなぞるのだ。
流れるように、しかし力強く舞ってみせる。大地を砕かんばかりに踏み込んで、流水のように剣を振り下ろす。
渾身の舞であった。
己の持ちうるすべてを出し切ったと言える。
見るものが見れば、その妙技に感嘆のため息を漏らすだろう。それでなくともブルストが扱う木剣は巨大である。ギルドの訓練場に備え付けられているものの中でも最大サイズのそれは、成人男性の背丈ほどの刀身を有する。それが振り回される迫力は圧巻であった。
この見事な舞に少女もさぞ度肝を抜いていることだろう。
滴る汗を爽やかに拭いながら、ブルストはちらりと少女の顔色をうかがう。
果たして、そこには死ぬほどつまらなさそうな顔をした少女がいた。
それを見た途端、ブルストは全身から冷や汗が吹き出た。
依頼失敗、早期引退。様々な思考が脳裏をよぎるが、動揺を悟られるわけにはいかない。すぐさま次なる一手に動く。
少女の様子に気が付かないふりをしながら、見物していた顔馴染みの冒険者を模擬戦に誘う。
先ほどの舞は渾身であった。だが、それだって依頼主である少女がお気に召さなければ意味がない。
もしかしたら剣技に疎い少女には、独りで行う舞という形が分かりにくかったのかもしれない。
であれば、よりわかりやすい模擬戦を行うまで。
その方が実力も生で伝わるだろう。
ブルストはそう考えていた。
そして、模擬戦を始めて数時間。
ブルストは心が折れそうになっていた。
少女はつまらないを通り越してもはや不機嫌そうな顔を隠そうともしない。
ブルストなりに魅せる戦闘を模索したものの、ついぞ少女の機嫌が上向きになることはなかった。
目的を見失った剣戟が、訓練場に響き渡る。
無情にも時間だけが過ぎていった。
日が傾き出した頃。
ようやく地獄の訓練が終わった。
触らぬ神に祟りなし。
そう言いたげな顔でそそくさと去る馴染みの冒険者を尻目に、ブルストは少女の様子をうかがう。
結局、その後も少女の機嫌が好転することはなかった。眉間に刻まれた皺はより一層の深みをまして、もはや峻嶺な峡谷を思わせる。
だが、少女は何も言わなかった。
文句のひとつでも吐き捨てそうな人相だが、少女はいまだに沈黙を貫いている。それが諦めから来るものなのか、はたまた冒険者という存在にいまだに期待を抱いているからなのか。それは定かではない。
まだ、諦めない。挽回できるはずである。
ブルストは己にそう言い聞かせて奮起する。
戦いだけが冒険者の本懐ではないのだ。剣に興味を惹かれないというのなら、また別の方向で攻めるのみ。
ブルストは諦めの悪い男であった。
◇
だが、現実は非情である。
逆転の一手であった宴会の誘いを断られて、彼は再び絶望の淵に叩き落とされた。
世間一般的に、冒険者といえば戦いに飢えた荒くれ者といったイメージが強いが、その実、社交性と協調性を重んじる、極めて社会性の高い職業であることは、あまり知られていない。
常に命の危険が伴うため、彼らは横の繋がりを大事にする。有事の際には助け合い、円滑に仕事を全うするためである。
そのためには日々の交流が欠かせない。特に毎晩のようにギルドの酒場で行われる宴はその筆頭である。
そこでは各々が武勇伝を語り、己の能力を周知させ、そして情報交換を行う。要注意な依頼主、美味い依頼、魔物の出現情報、生存確認。ある意味で、冒険者の醍醐味ともいえるイベントだ。
冒険者という存在を肌で感じるにはこれが一番てっとり早くて効果的であろう。
そういう考えのもと、ブルストは少女を冒険者たちの宴会に誘ったのだが。
騒がしいのは嫌い、と。
にべもなく断られてしまった。
戦いもダメ。宴もダメ。
ではなんだったらいいのか。
立ち去る少女の背中を見送って、ブルストは独り途方に暮れた。
いつもは美味い酒の味も、今日ばかりは何も感じられなかった。
夜になった。
ブルストは少女が宿泊している宿を訪れる。夜這いではない。冒険譚を聞かせろとのご要望だった。
人の良さそうな老夫婦に案内されて少女の部屋に着く。
了承を経て入室した。
宿の外観同様、室内も質素なものだった。到底貴族が泊まるような宿ではないが、大方、この時間のためだけに用意したフェイクの部屋だろう。ブルストはそう当たりをつけた。
挨拶もそこそこに早速仕事に取り掛かる。
といっても、冒険譚を語るだけではあるが。
昼は大敗を喫したが、ブルストとて有望株の冒険者である。あらかじめ何をさせられるか分かっているのに準備を怠るような真似はしない。
彼は宴で同席した冒険者から様々な冒険譚、武勇伝を収集していた。
ありもしない空想を並べ立ててもよいが、この少女には下手な作り話は通用しないという妙な確信があった。少なくとも血の通った生の冒険譚でなければすぐに見抜かれてしまうだろう。
そうして、自信満々にブルストは語り始める。
しかし、始めて数分と経たずに、彼は依頼の失敗を悟った。
ブルストは初めて自覚したことだが、彼は語りが下手くそであった。
話が前後して、その度に慌てて訂正を入れて、そのせいでテンポが損なわれ、それに焦って話が飛んでしまって、と。
脈々と続く負の連鎖が円環を作り上げていた。
ブルスト自身が自覚できるくらいなのだ。
聞き手のストレスは計り知れないだろう。
それでもなんとか聞き苦しくらないように努力する。
ブルストは剣以外はからきしであったのだ。
不意に、語りが少女によって遮られる。
呆れ返ったその様子を見て、ブルストは心臓が縮み上がる。
少女は言った。
最後に仲間のことを訊く、と。
それはブルストにとって死刑宣告に等しい。
もはやお前にはなにも期待していない。
言外にそう宣告されているようなものであった。
視界が暗くなるような絶望に襲われた。
ブルストの脳裏に、これまでの旅の記憶が思い起こされた。それは冒険者人生における走馬灯のようなものであった。
頼れる相棒であり、背中を預けた唯一無二の戦友、コール。そして、幼馴染であり、想い人でもあるピニー......
綺羅星のような思い出と、仲間に抱いていた様々な想いが去来する。同時に、冒険者に色恋は不要、と。そう考えて胸の奥底にしまいこんでいた甘酸っぱい気持ちが呼び起こされた。
――女のことはどう思ってる。
少女から投げかけられた質問は、そんな懐古と恋慕に耽っていたブルストから動揺を引き出した。
そして、それを逃す少女ではなかった。
先ほどまでのつまらなさそうな表情から一転、ブルストに詰め寄る。
どういうことだ。素直に吐け。吐いたら依頼料を上乗せするぞ?等々。
あれよあれよという間に説き伏せられ、ブルストはプシーへの秘めたる想いを白状する羽目となった。
結果、少女大ご機嫌。
それは、ブルストが初めて見る少女の笑顔だった。
悪辣に口角を吊り上げて心底楽しそうにしている。
明らかに上機嫌であった。
――この方向から攻めるが吉......!
ブルストは即座に思考を切り替えて、己の恋愛話を展開する。
すべてが嘘偽りない実体験であり、そしてすべてに万感の想いが込められている。見聞きしたツギハギだらけの冒険譚よりよほど心を込めることができた。
潤滑油は羞恥心である。身を焦がすほどの恥じらいが、ブルストの弁舌を風車のようにからからと回した。
先ほどの語りが嘘のようにブルストは饒舌になった。
色恋でここまではしゃぐことができるのだ。やはり貴族と言えど、その根っ子は乙女なのであろう。
ブルストは少女への認識を改める。口元を手で押さえて、しかし垣間見える唇はニマニマと弧を描いている。恋に恋するお年頃ということなのだろうか。いささか性格に難はあるが、彼女はいたって普通の女の子だったのだ。
その後も、少女は終始ご機嫌であった。
羞恥心に身をくねらせるブルストを少女が一喝するひと悶着こそあったものの、円満に一日を終えることができたとブルストは自負している。
なにせ少女が己に色恋のアドバイスをしたのだ。これは心を許してくれている証拠であろう。
一時はどうなることかと思ったが、終わり良ければすべて良し。
宿からの帰り道。ブルストはこの依頼の成功と、己の恋路の成就を確信した。
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