第69話 まあ好きにしろ

「あなたのことは気に入りました。世の人間の生態を体現していて非常に興味深い。気に入ったので特別に聞いてあげましょう。最期に何か言い遺すことはありますか?」


「俺をどう殺すつもりなんだ?」


「そうですねぇ。私の顔を知っている唯一の人物として、あなたを生かしたままにはできません。正直殺害方法はどうでもいいのですが、機内が血生臭くなるのは嫌なので、まぁその辺で放り捨てましょうかね」


 彼女は鴨尾の一番近くにある窓を指差した。ここから落とすつもりなのか。


 諦めたような口調で答えた。


「そうか。再度確認だが、この窓から落とすんだな?」


 時嶋が怪訝そうに首をかしげた。


「そうですが……この窓というのがそんなに重要ですか?」


「いや別に聞きたかっただけだ」


「そうですか。覚悟はできましたね?」


「……まあ好きにしろ」


「では実行に移しましょうか」


 彼女は鴨尾のもとを離れ、コックピットへと吸いこまれていった。何を操作しているのか。


 と、急に重力が小さくなったような感覚を覚えた。高度を下げているようだ。


 時嶋が戻ってきた。


「あんまり外との気圧差が大きいと私も危険ですからね。ま、落ちたら即死できる高さではありますのでご安心を。……ではさようなら」


 彼女が窓を開放した。猛スピードで景色が後ろへと流れている。落とされたら死は免れない。


 彼女はグルグル巻きになって抵抗できない鴨尾を持ち上げた。意外と力はあるようだ。


 鴨尾の頭が窓の外に突きだされた。下は果てしなく広がる海。船の一隻も見当たらなかった。


 窓にギリギリ肩幅が引っかかった。時嶋が傾きを変えて押しだそうと奮闘している。


 今だ。


 ピーッ!


 鴨尾は袖口からボタン式のホイッスルを鳴らした。時嶋の力が少し緩んだ。だが、鴨尾が抵抗できないのは変わらない。


 時嶋は余裕に満ちた口調で言う。


「こんなところで助けを求めたところで無駄ですよ。それともその行動が人間らしさを表しているとでも?」


 鴨尾も負けじと振り返る。


「そうだ。今に見てな」


 。鴨尾の身体はゴロリと転がって元の床に戻った。


 天ノ川は時嶋に手錠をかけて拘束する。それから鴨尾のほうに向き直った。顔色は芳しくなかった。


「鴨尾さん、やはり無茶にもほどがありますよ。たまたまうまくいったから良かったものを。一歩間違えたら死んでいたでしょう」


「うまくいったんだから今は素直に祝おうじゃないか。反省会はあとの楽しみに取っておこう」


 鴨尾はそう笑顔で返してから、


「ちょっとこの縄、ほどいてくれないか。意外と固くて簡単に解けるものではなさそうなんだ」


 すると天ノ川は呆れたようにため息をついた。


「じゃあもう少しこちらに寄ってください。こいつを押さえつけたままだと動けませんので」


「分かった。ちょっと待て」


 鴨尾は身体をくねらせて少しずつ近づいていった。天ノ川がすかさずつっこむ。


「この短い間に動きが慣れていませんか」


「気のせいだろ」


 天ノ川は時嶋に馬乗りになったまま、巻きついた縄を器用にほどいてくれた。


 鴨尾はすっくと立ち上がり、コックピットのほうへと向かう。飛行機の操縦にかけては天ノ川よりも自信があった。


 時嶋はというと、何が何だか分からないといった表情で二人を交互に眺めていた。鴨尾はポケットから録音機をちらつかせて見せた。

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