犯行の氷解 (海保パート)
第53話 それでは推理の披露と参りましょう
鴨尾と天ノ川は鳥羽海上保安部に急いだ。
到着すると、天ノ川が会議室に人を集めた。推理を共有するためらしい。集まったのは航海科の全員に加え、芦原業務管理官と大沼船長だった。
鴨尾は帰りの電車の中で彼女の推理を聞いた。が、正直ピンと来ていなかった。鴨尾はスタートラインを揃えるべく、これまでに分かっていることを全員に共有した。
それが完了すると、天ノ川が腰を上げた。全員の目に入る位置に立ち、おもむろに口を開いた。
「それでは推理の披露と参りましょう。まずは『ミスターXの雪密室』からです。この事件における謎は二つ。一つ目は、どうやって雪に足跡をつけずに日本刀を盗み出したのか。二つ目は、金貨とハサミを盗んだのはなぜか。そうでしたね?」
一同がうなずいた。
「ここで重要になるのは、二つ目のほうの疑問です。金貨ならまだ高価なので分かりますが、ハサミなどおよそ強盗が盗むものとは思えません。犯行声明に記されていたのも、日本刀の『岩切丸』だけでした」
「ということは、金貨やハサミについてはミスターXのしわざではないということですか?」
森が口を挟んだ。天ノ川は首を振る。
「いえ。そういうわけではありません。もちろんそういう可能性が全くないかといわれると否定はできません。が、ミスターXの犯行としたほうが筋が通ります」
「でも今、およそ強盗の盗むものとは思えないって……」
「ええ。ですから、ミスターXは初めはハサミを盗むつもりはなかったのです。ついでにいうと金貨も」
「でも実際に盗んでいるじゃないですか」
「盗みたくて盗んだのではないのです。やむをえず盗むことになってしまった。そういう解釈が正しいでしょう」
「はあ……」
森は首をかしげた。そりゃそうなるよな。鴨尾だって最初聞いたときはそうだった。
天ノ川がペコリと頭を下げた。
「まだよく分からないかと思いますが、今しばらくお待ちください。ここで一度、原点に立ち返りたいと思います」
彼女が話を戻した。
「日本刀の他に金貨とハサミを盗んだということは、これらの間に何らかの共通点があったということになります。その共通点を見つけることこそが、解決への一番の近道であると考えられます。では何か思い当たることはありますか?」
少し経ってから、芦原が手を挙げた。
「すべて金属でできている部分がある」
天ノ川は大きくうなずいた。
「ご名答です。日本刀は鋼、金貨は金、ハサミは鉄かステンレスといったところでしょう。そうなれば、どういうことが分かるでしょうか。たとえば、電気を通すことであるとか、金属光沢があることなどが挙げられますね。しかし『だからなんだ』という話になります。ここは視点を変えてみましょう」
天ノ川が指をくるりと回した。
「ここで一度、金貨について考えてみることにします。被害者の大文字氏によると、金貨は彼が小学生のときに両親に購入してもらったものだそうです。そして、その価値はあまり確かめていないと証言しています。すなわち————本物かどうかも不明なわけです」
「まさか……」
勝海が口を半開きにした。天ノ川が彼女に向き直った。
「そのまさかです。金貨は贋物であった。そう仮定すれば、この雪密室は崩れ去るのです」
「……そうは言ったって、まだ分からないな。金貨が贋物だったらどうなるんだい?」
佐山は腑に落ちていない様子だった。天ノ川はなおも続ける。
「金貨が贋物だったとすれば、日本刀・金貨・ハサミのすべてが鉄製であった可能性が浮かび上がってきます。これは極めて強力な共通項でしょう。鉄といえばやはり、磁石にくっつくという特徴がありますね。これと雪密室とを重ね合わせてみましょう」
天ノ川が足をコツコツと踏み鳴らした。
「宮浜刑事のお話ではこの事件での謎を〝足跡トリック〟と言い換えていました。しかし、どうやって足跡を消したのかと考えると問題は行き詰まってしまいます。雪が降る前に侵入することは、すでに判明している通り不可能です。あるいは倉庫への行きの足跡でもあれば話は変わってくるのですが、今回は一切足跡がついていませんでした」
「となると、ミスターXは生身で忍び込んだわけではないと言いたいのだな?」
大沼船長が低い声で言った。天ノ川はうなずく。
「その通りです。そして、忍び込む代わりに使用されたのが磁石なのです。ここまでの内容から推測される犯行の流れをご説明しましょう」
彼女は一拍おいてから続けた。
「まず、ミスターXは倉庫を時限爆弾などで爆破する。そののち、強力な電磁石を吊り下げた航空機で、破壊した壁へと飛行。日本刀を磁力で引きつけて盗み出したのです。その際、偽の金貨とハサミとがついてきてしまった、というカラクリです。犯行声明も航空機から投げ落としたものと思われます。犯行声明文は実際はちゃんと倉庫の床に落ちていたようですが、万が一うまくいかずに雪面に落下したとしても、犯行声明としての役割は果たしてくれるので問題ありません。夜中の犯行なので難易度は相当高いと思われますが」
天ノ川は「以上です」と締めくくった。
森が拍手した。
「その真相をもってすれば、先の二つの謎に対し矛盾なく説明がつきますね。お見事です。ところでふと気になったのですが、永久磁石を含まず、電磁石に限定されたのは何か理由があるのですか?」
天ノ川はかぶりを振った。
「いえ。深い意味はありません。ただ永久磁石を使うと、航空機の機体のほうにくっついてしまう恐れがあります。なので、オンオフを切り替えられる電磁石を使用したのではと考えただけです」
彼女は全員を見回した。
「――この際、細かな点はあまり重要ではありません。調書を完成させるのは警察に任せておけばいいのです。我々に要求されているのは、神々島での犯行を暴くことです。ミスターXの事件は、そのためのワンステップ、すなわち踏み台でしかありません。ご質問がないのならば、次の話に移りたいと思います。いかがでしょうか?」
誰も口を開こうとはしなかった。天ノ川の推理に圧倒されているのか。あるいは、話の先行きを早く知りたいという好奇心からなのか。鴨尾も特に異論はなかったので、黙ったままでいることにする。
しばらく待ってから、天ノ川が深呼吸をひとつして言った。
「では、肝心の神々島の侵入・脱出のトリックに移りましょう。推理の本番はここからです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます