第31話 殺人はこれで終わりなんじゃないでしょうか

 町谷が「あ、そうそう」と思い出したように人差し指を立てた。


「ブレーカーのところに小さな機械が仕掛けられていました。タイマー式の時限装置か、遠隔操作でブレーカーを落とすものでしょう。気になる方は後で見てきてください」


 タイミングを見計らい、トイレに行くふりをして恵子から離れたということだろう。そのとき、小さな悪戯心が芽生えた。


「そういえば町谷さん、トイレは済まされたんですか?」


「なんでそんなことを聞くんですか。行きましたよ。ブレーカーを上げた直後にね」


「そうですか」


 そんな時間はなかったように思うが。もう少し小突いてやろうかとも思ったが、こいつを追いこむのは私の身の危険になるので控えておこう。


 ふと見ると、美里がうつむいて肩を上下させていた。怒りにわなわな震えているようにも、恐怖で動悸が激しくなっているようにも見えた。低く抑えた声で黒栖に告げる。


「三人が殺された。誰も言いたくなさそうやからあえて言うわ。一番怪しいのは黒栖さんやねんで。分かってるよな」


 黒栖の頬がピクリと動いた。


「断じて俺ではない。それはアリバイとやらを根拠に言っているのか?」


「もちろんそうや。今生き残ってる中で、黒栖さんにだけアリバイがないのはご承知の通りや。町谷以外は恵子ちゃんの近くにおったんやから、殺すのは簡単やろ」


「では逆に聞く。別に槍玉に上げたいわけではないが、なぜ溝野が犯人でないと分かる?」


 来た。私が疑われる時間が。耐え抜かなければならない。


「溝野のアリバイは井口殺しのときにしかない。それも俺が証言したという間接的なものだ。俺が犯人だとして、どうして自分に不利になる証言をしたんだ?」


「知らんがな。本人に聞くのが一番やろ」


「俺だって知らない。情報提供をしたのに、それが原因でこちらが疑われるのは心外もいいところだ。俺を疑うのは、井口殺しのときの俺の証言を疑うことに他ならない。となれば、溝野が犯人である可能性も大いにあるだろう。溝野のアリバイは俺の証言にのみ依存しているんだからな」


 私は二人を安心させるような言葉を探した。このまま行ったら、黒栖や私を個室に監禁するとかいう最悪の展開になりかねない。かといって、町谷が犯人として不利になるようなことを言ってもならない。自然と方針は定まった。


「私は犯人じゃないです。そのうえで思うんですけど、殺人はこれで終わりなんじゃないでしょうか」


 黒栖が興味を寄せた。


「どうしてそう思う?」


 私は慎重に言葉を選びながらしゃべる。


「犯人がまだ誰か殺すことを画策しているのだとしたら、一つの謎が浮かび上がってきます。、ということです」


 町谷が「ほう……」と感心したような声を出した。私は深呼吸してから言った。


「遠藤さんが殺されたことで、最大の容疑者がいなくなりました。たとえば――たとえばですよ――和泉さんを殺すことも計画していたとします。その場合、私が犯人なら和泉さんを先に殺そうと考えます。そうすれば遠藤さんに罪を押しつけられるからです」


「たしかにな。唯一アリバイがなかった恵子ちゃんを殺したら、一気に犯人候補が広がっちゃうもんな」


「そういうことです」


 私は力強く肯定した。美里の心は少しこちらに傾いてくれたようだ。


「本当にもう誰も殺されないならみんなハッピーなんですけどねぇ」


 町谷が他人事のように呟く。さらに、大仰なしぐさでテーブルに手を広げた。


「ところで皆さんはこの後どうするおつもりです? まさかこのままこうして食堂で駄弁っているわけではないでしょう?」


「せやな。こうなっちゃ誰も信用できん。信じられるのは自分だけや。部屋に閉じこもっとくで」


 美里が歯ぎしりして不快感をあらわにした。今にも席を立とうとしている。私も苛立たしそうに見えるようにガタッと席を立った。


「私もです。もう話すことはありませんよね。失礼します」


 私は背を向けて歩き出した。振り返ることもせず、ドアノブに手をかけた。


 とそこで、町谷が「ちょっと待ってください」と呼び止めてきた。町谷は懐からマスターキーを取り出した。


「これは破壊しておきますね。やはり危険は減らしておいたほうがいいでしょう」


 言いながら、町谷は全員に見えるようにグニャリと折り曲げた。


 本当にいいのか。まさか町谷本人が破壊するとは。……ま、町谷のことだから何も策がないわけではないのだろう。私は食堂を出た。


 一〇二号室は静かだった。この空間だけは最初に来た時のままだ。ささやかな安らぎを与えてくれる。奥には変わらず窓がついているが、覗こうとは思わなかった。現実から目をそらしたかった。防音だけはとてもよく、雨の音も風の音も聞こえてこない。


 ベッドに寝転がった。かといって眠気は全くない。目は冴えわたっていた。でも無理やり目を閉じた。私は忘れもしない三か月前の出来事を回想した。

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