犯人の捜査 (海保パート)
第35話 接岸する前に提案があります
港がだんだん大きくなってきた頃。天ノ川がおもむろに口を開いた。
「接岸する前に提案があります。今話しておかなければならないことです」
「何だい?」
佐山が続きを促すと、
「神々島から脱出する方法として一番考えられるのは何だとお考えですか」
天ノ川は質問で返した。
その話か。接岸に集中するために鴨尾が極力考えないようにしていたことだった。そもそも、鴨尾の貧弱な頭で考えても答えが見つかるとは思えない。
佐山もお手上げのようで、
「森、どう思う?」
と話を振った。森はすでにいろいろと考えを巡らせていたらしく、スラスラ答えた。
「僕の見立てでは、神々島は巨大な『密室』と考えることができます。島は出入り不能で、かつ全員が他殺されてるわけですから。ただその解決策となると……正直なところさっぱりです」
「推理小説における『密室』という見立ては悪くないと思います。勝海さんはどうですか?」
天ノ川は森から勝海に視線を移した。しかし、勝海も無言で首を振った。
天ノ川は一息ついてから言った。
「皆さんまだ考察の段階ということですね。もちろん私もそうです。ただ、本事件は不可能状況が極めて強固なため、考えうる選択肢は自然と限られます」
相変わらず捜査報告書を読むかのようなしゃべり口だ。
「で、今はその選択肢をダラダラと羅列したいのではありません。そのうちのひとつについて、接岸する前に必要な手順があるためにこうして申し上げています」
「言いたいことがいまひとつ掴めないな」
佐山が小首をかしげると、天ノ川はペコッと会釈した。
「回りくどくてすみません。簡潔に言います。私が想定しているひとつの解答として七人を殺害した犯人がどさくさに紛れてこの巡視船に乗り込んだというものがあります」
「な、何だと……」
鴨尾は背筋が寒くなるのを感じた。
この船に殺人鬼が……?
とても現実とは思えなかった。その一方でストンと落ちる感覚もあった。犯人のトリックに説明がつくという点ではむしろ現実味があるかもしれない。
勝海が頭の中を整理するように目を泳がせた。
「えっと……つまり、犯人が紛れているかもしれないから、現在船にいる全員の身元を確かめる必要があるということですか?」
天ノ川は頷く。
「そうです。もしこの仮説が正しければ、港に着いてから本土に逃げられる可能性があります。そうなると厄介なので、先に申し上げておこうと思いました」
「よし、じゃあ、早速船内放送で――」
佐山が放送マイクに近づこうとすると、天ノ川が待ったをかけた。
「船内全体に放送してしまうと、犯人も策を講じてくるかもしれません。最悪、無理を承知で海に飛び込むということもありえます。この際は秘密裏に動くべきと考えます」
船上の密室殺人犯を入水自殺させた過去がよみがえったらしく、天ノ川は苦い顔をした。
佐山がマイクにかけようとしていた手を離した。
「その通りだね。じゃあギョーカンには俺から報告してくるよ。みんなは引き続き本土への航行を続けてくれ」
「承知しました」
鴨尾が答えると、佐山は安心したように操舵室から出ていった。佐山を見送り、鴨尾は舵を持つ手に力をこめた。
「こっちはこっちに集中しよう。航海長とギョーカンから次の連絡があるまでは」
「そうですね」
天ノ川が相槌をうった。
一五分ほど経ち、本土が眼前に迫ってきた。佐山が息切れしながら戻ってきた。
「保安官の中には、変装して紛れこんでいる者はいないようだ。物陰を探し回っている時間はない。船から逃走しようとする人間がいたら捕捉するよう、周知しておいた」
天ノ川は一礼した。
「ご協力ありがとうございます。いくつか考えられるトリックの中でも、現時点では巡視船に潜んでいるという可能性が一番高いかと思います。くれぐれも取り逃がしたりすることのないよう気をつけなければなりません」
と、そこで佐山が情報を付け足した。
「そのことなんだが、実はその線は薄そうなことがさっき分かった。俺らが島に上陸した直後から、大沼船長が船の入り口付近にずっと待機していたそうなんだ。だから、不審者が入ってきたら気づいたはずだと言っていた。もちろん犯人が巧妙に保安官に変装していたらその限りではないんだが」
天ノ川は少し考える素振りをしてから、ふっと息を吐いた。
「今はいろいろ考えるのはよしましょう」
そう言いながら船の前方に目を向けた。
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