第29話 ホゴッ!
しばらく沈黙が流れた。口火を切ったのは美里だった。
「恵子ちゃんが言ってたこの島を脱出するっていうの、何とかしてできんかな。できたらそれでおしまいやねんけど」
黒栖が、控えめだがきっぱりとした口調で否定した。
「無理だろうな。周辺を船舶が航行しているはずはないから、信号を発したりしても意味がない。もちろん近くに島があるわけでもない。いかだを作る? 不可能にもほどがある。木の葉のようにきりきり舞いになって終わりだ」
私は頷いた。
「私もそう思います。脱出することを考えるより、自分の身を守りながらこの建物の中で過ごす方が断然安全でしょう。たとえどんな殺人鬼が紛れ込んでいたとしても」
ちらりと町谷のほうに目をやると、視線がかちあった。慌てて目をそらす。
黒栖が話を繋ぐ。
「となると、次に考えるべきことはどうすれば安全を確保できるかだな。自分が殺されないためにはどうすればいいのか。ここで重要になるのは、どうして真渕が殺されたのかという点だろう」
「犯人の動機はどうでもいいやろ。というかさ、その点で言えば一番怪しいのはあんたやねんで。招待状を出したのは黒栖さんやねんから」
美里が黒栖に疑念の目を向けた。黒栖はかったるそうにため息をついた。
「俺が言っているのは殺人動機の話ではない。真渕は人一倍犯人を警戒し、『絶対鍵は開けない』とまで言っていた。それなのになぜ殺されたのか、ということだ。そう考えると、一番怪しいのは誰か分かるよな、町谷」
黒栖が視線を送ると、町谷は肩をすくめた。
「私だと言いたいんですね。マスターキーを持っていたのは私ですもんね。でも私は犯人じゃないですよ。アリバイがありますから」
平気で嘘をついていく。だが、そんなことは微塵も感じさせない、ぬけぬけとした言い方だった。
黒栖はついに踏み込んだ。
「そうだ。町谷はアリバイがあるから犯人じゃない。だから、真渕は部屋を無理やりこじ開けられたのだと推測される。マスターキーを使わずにどうするのかは知らないが。あいつは自分から扉を開けそうな雰囲気ではなかった。一生部屋から出てこないのではないかというほどの威勢だった。すなわち、部屋にいても殺される危険はあるということだ。ではどうすればいいか?」
美里が頭を巡らせるように天を仰ぎながら、ボソッと言った。
「ここで全員で一緒に過ごす。みんなでみんなを見張りあいながら」
黒栖が指をパチンと鳴らした。
「そういうことだ。確実に安全を確保するにはそうするしかない」
まずい流れだ。このまま行くと、町谷の殺人が続行不能になってしまう。私は流れを止めるため、口にした。
「「ちょっと」」
待ってください、と言おうとしたら、誰かと声が重なった。声のした方を見ると、恵子だった。恵子も「あっ」というようにこちらを見返していた。恵子は「溝野ちゃんからどうぞ」と発言を譲ってくれた。
「私は犯人と同じ部屋にいるのはどうしても嫌です。突然拳銃を持って暴れだすかもしれません。毒ガスを撒くかもしれません。私たちには全てが見通せないのです。そんな中で殺人犯と一緒に過ごすなんてできません。本当は今すぐ部屋に戻りたいくらいです」
ちょっと言いすぎただろうか。あまりやりすぎると自分が疑われる。さっき町谷のアリバイを崩そうと必死になってしまったときに、すでに疑念を持たれているのだ。
しかし、恵子は激しく頷いている。言いたいことは同じだったらしい。私だけが対立するような構図にはしたくなかったので、安心した。
黒栖が目を丸くした。心底驚いた様子だった。
「そういうものなのか」
たしかに論理的に考えたら、全員で食堂にいたまま交替で見張るといった方法がいいかもしれない。だが、感情というのは常に論理的なものではないはずだ。一緒にいたら安全なのは分かるが、一緒にいたくない。そういう気持ちにもなるだろう。
そのとき、町谷が突然立ち上がった。
「すみません。お腹が痛いのでお手洗いに行ってきますね」
町谷が廊下に繋がるドアに手をかけたときだった。
食堂の照明が落ちた。周囲が真っ暗になる。台風のせいで陽光もないので、光源を完全に失った。私は仰天して、イスから滑り落ちた。目が慣れていないのもあって、三センチ先も見えない。そしてまもなく――
「ホゴッ!」
奇妙な声が闇に響いた。直後、バタッと何かが倒れる音がした。
ひとまず電気をつけよう。私はなんとか立ち上がり、壁伝いに照明のスイッチを探った。
しばらく手探りに進むと、スイッチに触れた。迷わず押す。カチッと音がしたが、電気はつかない。根元から断たれているようだ。
「町谷さん、ブレーカーが落ちているのかもしれません。浴場にボックスがあったと思うので、ブレーカーを上げてきてくれませんか」
「分かりました」
ドアが開く音がして、町谷の気配が消えた。
真っ暗闇で待ち続ける。それは時間にして五分もなかっただろう。だが、私には三〇分以上のように感じられた。殺されないと分かっている私でもそうなのだ。他のみんなはどんな気持ちだろうかと想像すると、胸が痛む。
まもなく明かりがともった。
食卓の横で、恵子が苦しそうにうずくまっていた。背中からは真紅の血が大量に流れ出ている。その真ん中に、アイスピックが突き刺さっていた。
私は彼女に駆け寄った。アイスピックは心臓の位置に深々と刺さっていた。近くで見ると、喉からも流血しているのが分かった。声帯のあたりもやられているらしい。
恵子の鼓動はだんだんと弱まり、数分後、消えた。
背中の刺し傷は何か所かあった。複数回刺されたようだ。私は涙ぐんで恵子を抱きしめた。脈はなかったが、まだ温かかった。
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