第14話 すべて私がやったことです
あれは、忘れもしない八月二二日だ。体が溶けそうなほどに暑い日だった。取調室はムシムシとした熱気を帯びていた。
俺は背中から扇風機の風を受けながら、三須田と対峙していた。扇風機には首振り機能すらついてなかったから、三須田は俺よりも暑そうに汗をかいていた。
俺は静かに切りだした。
「二三の強盗の余罪については認めるのか?」
「ええ、全面的に。すべて私がやったことです」
なんともあっけない幕切れだった。何年にもわたって警察を翻弄してきたミスターⅩのセリフとは思えなかった。
「ふむ、そうか。それぞれの裏取りは後にしよう。次に、今回の事件について聞きたい。
「過失です。わざとやったわけじゃありません。それで罪が消えるとは思っちゃいませんが」
「君が近くにいたという目撃証言があるが?」
「被害者の方々がいるのに気がつかなかっただけです」
本当か嘘かは測りかねる顔だった。もともと変装がうまいという三須田のことだ。平気で嘘をつくなど造作もないに違いなかった。
だが、三須田には被害者を殺す動機がなかった。俺個人の印象としては、殺意についてはシロだった。俺の右横では、部下の
「ちょっと席を外させてもらう。金子、来てくれ」
「分かりました」
三須田は腰縄でイスに固定している。逃亡することはできないと判断した。
俺は席を立ち、振り返った。左の方にドアが取りつけられている。狭苦しい取調室の唯一の出入口である。ドアを出ると、廊下が左右に伸びている。廊下には取調室が七部屋と、右端に休憩室が一つある。左端には階段があった。
向かいの取調室では、上司の
俺は、金子を階段のところまでついてこさせた。角を曲がってすぐのところで立ち止まった。
「金子はどう思う? 三須田が殺意を持っていたかどうか」
「個人的にはないと思います。三須田が目撃された位置と被害者の位置を比べたのですが、ちょうど死角になっていました」
金子は少しためらいを見せてから付け足した。
「殺意を持っていたかどうかはあまり重要ではないと思います。何度も強盗を繰り返して社会的影響も大きいですし、極刑は免れないかと」
「そこまでは言い切れない気がするが……」
「少なくとも、私が裁判官なら迷わず死刑にします」
昔から金子は正義感が強く、言いすぎてしまうきらいがあった。
「あんまり被疑者や被害者の前で気安くそういうこと言うなよ。言葉には慎んだ方がいい」
「すみません、つい。気をつけます」
「分かっているならいい。よし、戻るか」
角を曲がって元来た廊下に入ると、人が立っていた。顔を見ると、
「お元気そうで何よりです」
俺が敬礼すると、彼も返してくれた。彼とすれ違い、三須田の取調室を開けると……。
もぬけの殻だった。腰縄は切断されていた。
「おい、どうなってんだ!」
奥にある窓には鉄格子が嵌まっている。そこから脱出するのは不可能だ。俺と金子は、周囲の取調室を片っ端から確かめたが、誰もいなかった。端の休憩室では
事情聴取中の花園警部の部屋もノックした。ドアは開けずに廊下から叫ぶ。
「警部、大変です。三須田清が逃走しました」
「何だと?」
花園が出てきた。
「どういう状況だ。三須田はどこに行った?」
「分かりません。消えました」
俺は混乱する頭を必死に回転させた。自分たちは廊下を曲がってすぐのところで話していた。三須田が出てきたら気がつくはずだ。
では変装したのか。となると、誰に変装したのか。休憩室にいた白石警部補は女性だ。さすがの三須田も女には化けられないだろう。
そのとき、恐ろしい可能性に思い至った。
長瀬警部と思った人物が三須田の変装だったのではないか? 廊下で会ったとき、彼は一度もしゃべらなかった。マスクをしていたのも顔をカモフラージュするためだったのではないか。
確信した。あたふたしている金子に早口で話す。
「さっきの長瀬警部は、三須田の変装だ。どこから変装用具を手に入れたのか知らないが、奴は逃げてる。捕まえに行くぞ」
金子は深く頷いた。花園警部は何を言っているのか分かっていない様子だったが、「奴を追います」とだけ告げて飛び出した。
逃げるなら下の階だった。ここは三階だから、急げば一分ほどで地上階に着く。俺は舌打ちしたくなった。
誰かが手引きしたんだ。変装用具と、腰縄を切るための刃物を渡した。警察内部に裏切り者がいるのは間違いない。被疑者である三須田に、一般人が接触するのは無理だ。
二階に降りると、生活安全課の部署がある。そこでは一人の婦警が書類を読んでいた。俺は味方だと信じて尋ねた。
「長瀬警部を見ませんでした? 背が高くて凛々しい顔立ちの……」
あまりにも説明が下手だったが、彼女は長瀬警部を知っているようだった。
「ええ。下の階に降りていきましたよ。急いでいるご様子でした」
やはり一階に逃げたらしい。署を出られたら大変なことになるのは目に見えていた。
淡い願いは届かなかった。一階の受付に聞くと、長瀬警部らしき人物は悠々と署を出ていったという。
俺は悔しさに打ちひしがれながら、三須田が逃亡したことを告知した。すぐに捜査網が敷かれた。金子は捜索に参加した。俺が一階で出入口を呆然と眺めていると、後ろから花園警部に呼ばれ、一緒に三須田の取調室に入った。
「ちょっと座れ。お前、何をやらかしたんだ」
そう言いながら、花園警部は三須田が座っていたイスに腰を下ろした。俺は苛立ちを抑え、三須田を取り調べたときと同じイスを引いた。背後の扇風機の首を左手で後ろ手に寄せ、口を開いた。
「金子と話をするために部屋を出ました。三須田に逃亡の意思はないと踏んでいました。申し訳ございません」
「こりゃ、まずいことになったな……」
思案顔の花園警部に、俺は何者かが変装用具と刃物を手渡した可能性を指摘した。花園は顎を引いた。
「その線で内部犯を調べるとともに、三須田を再逮捕するぞ」
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