Scene 02 TVで見た“新しい稼ぎ方”
「……もう風俗で働くしかないわね」
こはくを寝かしつけた後、通帳の預金残高と財布の中身を確認しながら、夏目アキナはこれまでの人生を振り返っていた。
15歳の時、聖女として異世界に召喚され、そこで会った仲間達と一緒に魔族と戦う旅をした。旅の間、悲しい事や苦しい事は沢山あった。だが、いい友達が沢山できて、人の暖かさにも、いっぱい触れることができた。
あの日々は、今でもいい思い出だ。
異世界に平和をもたらして、こちらの世界に帰ってきたのは20歳の時だ。
ずっと離れていた両親に親孝行をしたい。
旅を通じて、なりたいと思った看護師を目指し、これから勉強しよう。
そんなことを思いながら異世界から帰ってきた。
だが、魔法が使えず、聖女としての名声もないこの世界で、待ち受けていたものは、想像を超える過酷な現実だった。
転移している間、アキナは、こちらの世界では行方不明扱いになっていた。
両親は一生懸命アキナを探したが見つかるわけもなく、どんどん夫婦仲は険悪になり、アキナが帰ってきた時には既に離婚していた。
母方に引き取られたアキナは夢の為に、アルバイトをしながら猛勉強をして、異世界から帰って半年で高卒認定の資格を得た。
しかし、母だけの収入では、大学や専門学校に通うおカネを捻出するのは難しかった。
父は既に新しい家庭を築いており、その家族と遠方で暮らしていた。アキナが連絡を取った時には、泣いて謝られたが、援助は望めなかった。
そうして、夢をあきらめざるを得なかったアキナは、近くの病院で看護助手として働き始めた。
それなりにやりがいを感じて働く中で、数年経ったころ、後に夫となる桐原達也が入院してきた。
ぐいぐいと距離を詰めてくる達也に、押し負けてしまい交際を始め、26歳の時に結婚した。
当時は、優しくて頼りがいのある人に見えたし、明るい未来を想像していた。
だが、籍を入れた直後から、達也は本性を表し始めた。
学歴や勤務先の事を引き合いに出して見下してくることは日常茶飯事で、少しでも反論しようものなら怒鳴り散らされた。
生活費も徐々に入れてくれなくなった。
その一方で、自分だけは高級車に乗り換え、ブランド物を買い漁っていた。
子どもが生まれたら変わってくれるかもしれないと、期待したが妊娠中も家事や育児をまったく手伝わず、こはくが生まれてからも態度は変わらなかった。
それでも、アキナを気にかけてくれる人たちは少なからずいた。
母はパートの合間を縫って頻繁に様子を見に来てくれた。体力的にきつい中でも、少しでも時間を割き、子育てに不慣れなアキナを支えてくれた。
父も、アキナが出産した頃くらいから、度々連絡をくれるようになった。この頃には、今の家庭の状況が、ひと段落ついたようで、子育てで忙しく働きに出れないアキナのために、少額ながら仕送りもしてくれた。
義両親も達也とは正反対の、心の暖かい人達だった。孫のこはくのことをとても可愛がってくれて、達也が果たすべきだった父親の役割まで担おうとしてくれた。
経済的には自分よりもさらに苦しいはずなのだが、イベントごとにはいつもプレゼントを用意してくれ、生活費の援助もさりげなく申し出てくれた。顔を合わせる度に、達也のことで本当に申し訳ないと、何度も謝られ、逆にこちらが恐縮してしまうほどだった。
義両親に遠慮して、アキナは達也と離婚することがずっとできなかった。
しかし一年前、達也は一方的に離婚届を突きつけて、突然アパートを出ていった。
ちょうど、それと時を同じくして、家計はますます厳しくなっていった。
最近、祖父の認知症がさらに悪化して、母はその介護にかかりきりになった。
もう、こはくの世話まで頼ることはできない。
父も新しい家庭で、またなにかあったようで、仕送りを続けるのは難しいと頭を下げてきた。いつまでも甘えてはいられないのは分かっていたので、仕方のないことかもしれない。
義両親からは、達也のことで何度も謝罪された。引き続きできる範囲で支援したいと申し出てくれたが、自分よりも経済的に厳しいことは分かっていたので申し訳なく思い、断った。
今は、こはくをこども園にあずけたあと、日中はデイサービスで働いている。
シングルマザーとして、子育てと仕事を両立するのは想像以上に厳しい。
思うようにシフトも増やせず、収入は毎月ギリギリの状態だ。
大きなため息をつき、再び通帳と財布の中を確認しながら、これから必要になる諸々の金額と照らし合わせる。
……児童手当など、国からもらえるおカネを合わせても全然足りない。
(やっぱり、もう、これしかないわね)
スマホを手に取り、「風俗 求人」で検索する。
以前、こういった所で働くことを少しだけ考えたことがある。その時は踏ん切りがつかなかったが、もう背に腹はかえられない。
目ぼしい求人を見つけたので、電話をかけようとする。
だが手が震えて通話ボタンを押せない。
(しっかりしなさいアキ! あんたは、こはくを守んなきゃダメでしょ!)
自分に強く言い聞かせたが、やはり踏ん切りがつかない。
こはくの為に割り切れない自分を情けなく感じながら、気持ちを落ち着かせるためにTVをつける。
ちょうど、情報バラエティ番組の特集コーナーが始まったところだった。
気持ちをそらすために、ぼーっとしながら画面を見つめる。
”楽して稼げる!? 話題の新ビジネス最前線”
そんなテロップとともに、画面にはテーマパークのような施設が映し出されていた。
「半年前にX県に出現した異世界のダンジョン。最近、ここを探索して、それをYawTubeでLIVE配信することが、若者を中心にブームになってます。人気配信者になると、なんと毎月100万円以上稼ぐ人もいるんだとか」
ナレーターの明るい声とともに、YawTubeにアップロードされているという人気配信の映像が流れ始めた。
それを見たアキナは思わず息をのむ。
「これって魔神の迷宮じゃない……」
映し出されたのは間違いなく、昔、勇者パーティーの皆と一緒に、何十回も完全制覇したダンジョンだ。
半年前、異世界のダンジョンがアキナの住む県の山の中に転移してきたというニュースは見たことがある。その時はそんなに大きく扱われていなかったのでフェイクニュースだと思ったが、どうやらそうでないようだ。
驚きと懐かしさで、アキナは食い入るように画面を見つめた。
画面の中には、人気配信者だという、まだ中学生くらいにしか見えない男の子が映っていた。
軽快な実況トークとともに、スライムやゴブリンを倒していく様子がダイジェストで流れる。
続いてスタジオに場面が切り替わり、本人へのインタビューが始まった。
「すごいですね! 危険とかはないんですか?」
女性アナウンサーの問いかけに、少年配信者が笑顔で首を振る。
「いや〜危ないっちゃ危ないけど、慣れてくれば平気だよ。最初はめっちゃ怖かったけど、今は楽しい方が大きいかな。スライムとかゴブリンなら、正面からぶつかってもぜんぜん余裕だし」
VTRで流れる少年の動きや戦い方を見るに、この少年は探索初心者だ。
強さではなく、可愛らしいビジュアルとぎこちない動きが、母性本能をくすぐって人気を集めているのかもしれない。
「ちなみに、配信者としてご自身は、強い方だと思います?」
「うーん、自分で言うのもなんだけど……配信者で、ベスト3に入るくらいには強いかな」
ダンジョン配信のことはよく分からないが、あの動きでそれはない。
照れながら強がる少年に、アキナは微笑ましさを覚えた。
インタビューはさらに続く。
「へえ〜! 配信ってどれくらいの頻度でやってるんですか?」
「今は週3〜4回くらいかな」
「で、いくらくらい稼げるんですか?」
「そのへんは親が管理してるんで詳しくは知らないけど……スパチャと企業案件、あとはアーカイブの広告収入とかで、毎月……うーん、150万くらいかな? バズった月はもっといくみたいだけど」
その言葉に、スタジオが一斉にどよめく。
(そ、そんなに……)
アキナも驚きのあまり固まってしまう。
この少年が倒しているのは、せいぜい初級階層に出てくるような弱いモンスターばかりだ。明らかに経験が浅い。
それなのに、そんな大金が稼げるなんて、信じられない。
そう思いながらも、心の中に小さな希望が芽生えていた。
ダンジョンが現れたと噂になっていた場所は、確か県の北の方……ここから車で1時間くらいだろうか。
遠いが日帰りできない距離ではない。
ここも含めてダンジョンはいくつも制覇してきた。
あの頃の経験を活かして、ダンジョン探索しているところを配信すれば、風俗で働くよりも、ずっといいお金がもらえるかも知れない。
振ってわいてきた突然のチャンスに、アキナの心は躍った。
☆ ☆ ☆
ご拝読ありがとうございます。
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