貧困母子家庭なのでダンジョン配信で稼ぎます! by.シングルマザーの帰還聖女

松本生花店

Scene 01 養育費を払わない元旦那「復縁しろ!」

「だから、俺はやり直してやっても良いって言ってるんだ。お前も別れてから、俺のありがたみが、少しは分かったんじゃないのか?」


 時刻は平日の午後2時過ぎ。

 元旦那の桐原達也から「話がある」と連絡があったので、アキナはしぶしぶ郊外のカフェに来ていた。

 一年前、一方的に離婚届を叩きつけて、若い女のもとに転がり込んだくせに、なにを言っているのだろうか?

 心底呆れながらアキナは、この男の自己中心的な言い分を聞き流し続けた。


「……離婚するとき、養育費は毎月払ってくれるって約束したけど、一度も払ってくれてないよね? 今、生活が苦しいから、少しでもお金が欲しいの。ねえ、いい加減はらってくれない?」


「ハハハ。すまない、親父の奴が急病で倒れてさ。それで金が必要なんだよ」


 義両親とは、今でも連絡を取り合っている。

だから、嘘を言っているとすぐに分かった。

 元義父が体調を崩したのは事実だ。

しかし、それは半年も前の話で、すでに退院している。

 その間、達也は一度も顔を見せていないとも聞いている。

 だが、それを指摘するとヒステリックに逆上されるので、遠回しに釘を刺す。


「あなた、お義父さんとお義母さんのこと低学歴な貧乏人だって言って、ずっと馬鹿にしてたよね?」


「当り前だろ。俺のような一流大学卒で、県庁勤めのエリートから見れば、あんな奴らは恥でしかない」


「それなのに、今さらよく助ける気になるわね」


 この言葉に達也は、激しく動揺して口をつぐんだ。


「その時計、ロレックスでしょ? スーツもオーダーメイドだよね? お金は、いっぱいあるんでしょ? ねえ、どうして養育費を払ってくれないの?」


「黙れ! 俺はお前とやり直してやるって言ってるんだ! そうすればまた一緒に暮らせるんだから、養育費なんか払う必要はないだろう!」


 怒る気力すら沸かなかった。

 結婚していた頃、達也が家にまともにお金を入れてくれたことは一度もない。

 生活はいつも常に火の車だった。

 だから方々に頭を下げて、必死にやりくりしながら、娘と二人の生活を守ってきた。


「別に無理しないで。私はあなたとの関係をやり直したいなんて、思ってないから」


 この言葉を聞いた達也は、声を荒らげる。


「高校すらまともに出ていない女が、俺の好意を踏みにじるとはどういうことだ!?」


 結婚生活の中で、散々繰り返されてきた学歴マウントが、また始まった。


「貴様のような女には教育が必要なんだ! やはり俺が矯正してやらなきゃならない!」


 声を荒らげて人格を否定されることは、結婚生活で慣れていた。

 だが、他のお客さんや、店員の視線を感じるこの状況では、さすがに恥ずかしい。

 オブラートに包んで言葉を返せなかったことを後悔する中、達也はさらにまくし立てる。


「お前のような非常識な女が母親じゃ、こはくが可哀想だ! やはり俺が今まで通り父親として教育していくしかない! だからさっさと元のさやに戻れ!」


 この言葉にアキナは、堪忍袋の緒が切れた。

 他のことは流せたが、娘のこはくに関するこの発言だけは、我慢できない。


「ふざけないでよ! あなたがいつ、こはくに父親らしいことをしたのよ!」


 こはくが赤ん坊の頃から、達也が育児に関わったことは一度もない。

 泣き出すと、いつも文句を言いながら別室に逃げ込だけだった。

 こども園に通うようになってからも、送り迎えをしたり、行事への参加したりなどしたことは一切ない。

 クリスマスやひな祭り、七夕といった季節の行事にもまるで無関心で、飾り付けや贈り物を用意したことは一度もない。

 こはくの誕生日に至っては、プレゼントを用意しないどころか、いつも、その日が何の日かすらも忘れていた。


「俺は仕事で忙しいんだよ! だからお前達には何不自由ない生活をさせてやってただろうが!」


 恥じることなくそう言い放つ達也を見て、アキナは静かに息をつく。

 本当に仕事が忙しいならまだしも、そうでないことも知っている。

 これ以上、この男に付き合って時間を無駄にしたくなかった。


「じゃあ私は帰るね」


「待てよ! 話は終わってないだろうが!」


「これから幼稚園に、こはくを迎えに行かなきゃいけないの」


「じゃあ、父親である俺も迎えに行ってやるよ」


 達也は悪びれもせず、当然の権利であるかのように、そう言い放ってきた。


「本当にやめて。こはくはあなたのことを嫌ってるの。グズッて泣き出して、先生たちに迷惑かけたくないの」


 離婚する2年前から、達也はほとんど家に帰らなくなった。

 そのせいか、こはくは達也を父親と認識していない。

 それどころか、嫌って怯えている。

 たまに現れては、アキナを怒鳴りつける姿ばかりを見せつけられたのが、幼い心に深い傷を残したのだろう。

 こうやって達也と会っていると、いつもそんな娘の姿が脳裏をかすめ、アキナの胸は強く締め付けられた。


「また、そんな嘘をでっち上げて! いい加減にしろ!」


 達也はテーブルを叩いて声を荒げた。

 アキナは動じることなく睨み返す。

 達也は、目をそらしながら冷や汗をにじませる。

 しばらく沈黙が続いたが、達也は不自然な笑みを浮かべながら、たどたどしく口を開く。


「分かった。仕方ないから今日はお前の嘘に乗ってやる。だが、俺の厚意を忘れるなよ」


 達也がそう吐き捨てると、この場を後にした。



「すいませーん。遅くなりました」

「いえいえ大丈夫ですよ。こはくちゃーん! お母さんが来たよー!」


 保育室の奥から、小さな足音を鳴らしてこはくが駆けてきた。

 ほっぺをほころばせながら真っ直ぐに、こちらへ向かってくる。


「ママーっ!」


「いい子にしてた?」


「してたー!」


 笑顔になり、しゃがみ込んでこはくを優しく抱きしめる。

 あたたかな体温が胸の奥までしみていく。


「ママどうしたの? なんか、ちょっとだけ泣いてた顔してるよ?」


 アキナは驚いて目を見開いた。

 子供は敏感だ。

 先ほど達也と言い争ったことを、知らないうちに感じ取ってしまったのかもしれない。

 こはくの不安を打ち消すように、アキナは精一杯の笑顔をつくる。


「ううん、なんでもないよ。帰ろっか」


 こはくは、少し不安げに、こちらを見つめたあと、ぱっと笑顔を返してきた。


「うん!」


 こはくの小さな手が、アキナの指をぎゅっと握る。

 2人で並んで歩き出しながら、アキナは考え込んでいた。

 家賃と食費すら、もう厳しい。

 今の自分の収入では、こはくを養いきれない。

 頼れる人も、もういない。

 本当は嫌だが、こはくのために、ある決断をしなければいけない。

 アキナは、こはくの小さな手をそっと握り返した。

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