Scene 03 アラサー聖女、変装してダンジョンへ

「お義父さん、お義母さん。本当に申し訳ありません。今日はどうしても外せない用事があるので、こはくをお願いします」


 勤務先が休みの日の朝、アキナは達也の実家を訪ねていた。

 もう離婚しているので、お義父さんお義母さんという呼び方は変かもしれないが、他にしっくりくる呼び方がないので、そう呼んでいる。


「とんでもないよアキナさん。私たちは孫に会えるだけで、嬉しいんだから」


「達也が迷惑かけたから、これくらい当然のことだよ。本当に申し訳ないのは、うちの方なんだ」


 元義両親の2人は、アキナよりもさらに申し訳なさそうに、何度も頭を下げてきた。


「ママ―! いってらっしゃい!」


「うん、いってきます。おじいちゃんとおばあちゃんに、迷惑をかけちゃだめよ」


 小さな手を大きく振るこはくに笑顔で手を振り返しながら、車へ乗り込みエンジンをかけた。

 運転しながら、番組を見終わったあと、ネットなどで自分が調べたことを思い返す。

 あのダンジョン――魔神の迷宮は、完全に観光地と化していて、知能が高いモンスターがお土産を売ったりなどしているらしい。

 ダンジョンでそのようなことは普通あり得ないので、にわかに信じることができなかった。

だが、アキナの周囲にも、デートや家族旅行で行ったという人がちらほらいた。

 あのダンジョンの主は、墜落した元神で気位が高い。そんな相手が、人間を相手に商売をするなどとは思えない。

 そもそも、モンスターやアンデッドが来場者相手にサービス業をするメリットはないし、できるとも思えない。

 だが、そうとしか考えられない状況になっている。

 勿論、家計を支えるためにダンジョン配信というもの始めたいので、その下調べのために行くので、観光に使われている区画のことは、関係がないことではある。

 しかし、気にはなる。

 しばらく走ったところで、コンビニの駐車場に車を停める。

 ダンジョンマスターはもちろん、階層守護者の中にも自分を知っている者はまだいるだろう。

 自分がやってきたことを知られては、面倒なことになるかもしれない。

 カバンの中を見て、持ってきた変装セットを確認する。

 ウイッグに、黒ぶちメガネ、そして変装のためではないが、動きやすいジャージ。

 全部ちゃんと揃っている。

 コンビニのトイレでこれに着替え、アキナは再び車に戻ってきた。



「いらっしゃませ。大人2名様ですね? 本日は観光フロアのご利用でしょうか?」


「はーい! モフモフふれあい付きのコースでお願いします!」


 アキナのすぐ前に並んでいたのは、大学生くらいのカップルだった。

 どうやら観光と探索でフロアが違うらしい。


「かしこまりました。大人お2人分で入場料がそれぞれ10,000円、合計で20,000円となります」


「はいはい、PayPayで」


「入場時には安全のために、モンスター接触保険へのご加入をお願いしております。1人3,000円、2名で6,000円の追加となりますが、よろしいでしょうか?」


「うん、それもお願いします!」


 カップルは、笑顔でスマホをかざし、あっさりと支払いを済ませた。

 どう見てもこちらの世界の人間であろう受付スタッフは、まったく戸惑う様子もなく、手慣れた動きでレジ端末を操作していく。

  その様子を横目に見ながら、アキナは愕然する。


(ちょっと、高すぎない!)


 入場料がUSJやディズニーランド並みの値段だ。

 さらに保険料まで上乗せされるせいで、総額でそれよりも高くなっている。

 観光フロアには、アスレチックや、無害なもふもふしたモンスターとのふれあい広場などがあるらしいので、費用がかかってしまうのは仕方がないかも知れない。

 だが、この金額は非常識すぎる。

 ネットで調べた限り、観光で見られる範囲は限られていて、こちらの世界でいえば、しょぼすぎる地方の動物園くらいの内容しかない。

 入場料は500円前後が妥当だろう。

 受付のすぐ隣にある、お土産コーナーにちらりと目をやる。

 ダンジョンの中にあるだけの、何の価値もない石や枯れ木の枝が、「異世界の魔力石」や「ダンジョンの神木の破片」といった大げさな名前で売られていて、それに5千円というとんでもない値段がついていた。

 その横には、“異世界の保存食”という缶詰が並んでいる。異世界には缶詰などない。あくまで推測だが、こちらの世界の缶詰をなんらかの方法で箱買いして、ラベルだけ貼り替えたものだろう。それを1缶1万円という暴利を貪るような金額で販売している。

 だが、観光フロアから出てくる人達は、両手にお土産袋を抱え、楽しそうに笑っていた。

 この世界の人達は、異世界に関する知識がまったくない。

 だから、ぼったくられているという自覚がなく、これくらいの価格のものだと思い込み純粋に楽しんでいる。

 不快極まりない光景だった。

 だが、彼らが自分の意思でお金を払い、満足している中で、わざわざそれに水を差すのも違う気がした。

 胸の奥が、もやもやする中で、アキナの順番が回ってきた。


「いらっしゃませ。大人1名様ですね? 観光フロアと探索フロア、どちらをご利用でしょうか?」


「……探索フロアでお願いします」


「では、こちらの階段を下って右手にある階段を下にお進みください」


「入場料はいらないんですか?」


「探索フロアには専門の受付がございます。そちらで、向こう側の世界の専門スタッフが対応いたします。詳しいことはそちらでの説明となります」


 案内に従い、階段へ向かう。

 ダンジョン配信専門の受付に向かいながら、アキナは誰がこの異常な観光ビジネスを主導しているのかを考え始めた。

 順当に考えれば、このダンジョンを支配している“魔神”なのだろうが、金銭という、人間が生み出した俗な価値体系に興味をもつような存在ではない。

 しかし、その魔神以外にこんな事ができる者がいるとは考えられない。

 思考を堂々巡りにさせながら、アキナは階段を降りていった。

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2025年12月30日 13:11
2025年12月30日 21:41
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貧困母子家庭なのでダンジョン配信で稼ぎます! by.シングルマザーの帰還聖女 松本生花店 @matsumotoseikaten

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