⑤ 無くし物
目の前の料理はフォークとナイフで斬られたばかりで、フォークの先には料理の一部が刺さっている。
のどかの口の中には小さな痛みがあった。
口内の中でそれが何かを確認して人の恐ろしさをしる。この字型の細い鉄のようなものは、おそらく詰め替えた後にすぐになくなったホッチキスの芯。
詰め替えてなかったのかも知れないと思い違いをしていたんだと言い聞かせてた会社のデスクの上から消えた無くし物だ。
見なくてもわかる。
あの女は、今、口角を上げて笑っている。
下の歯茎に刺さったから口の中に血の味が広がる。
飴玉を舐めるようにホッチキスの芯を確認した。
悲惨やな~
皿の横にぼごっとギョロメが浮き出る。
行疫がまどかを惨めそうに見つめる。
お前は人にもいじめられてるんか。
性格悪いんちゃうか。
"それでは今から、御新郎新婦様たちとの写真撮影タイムです!"
結婚式の進行MCが束の間の休憩を告げる。
「どうする?写真、、、まどかちゃん、撮りに行く?」
明希がのどかに問いかけた。
黒い長い髪を結い、式典にふさわしい服装をしてきてもその美人が隠れることはできない。
「明希さんは、いつでも本当に、綺麗ですね。」
のどかはゆらりと立ち上がった。
口の中でホッチキスの芯を転がす。
「え、、、?」
新郎新婦の元へ歩いていくと、莉子よりも先に高木主任がまどかの姿に反応をした。
莉子は笑顔を崩しはしないが、少し引き攣ったような表情は隠せてはいない。まさか、まどかが近づいてくるとは思わなかったのだろう。
「のどか、きてくれて、、、」
「のどかさん、お料理は美味しかったですか?」
高木主任の言葉に被せるかのように莉子が話した。
莉子は顔面はとても可愛いがその中に悪魔でも飼い慣らしてるのかというぐらい性格が悪い。
「とても美味しくいただきました。」
ある本で読んだことがある。
何かを強調する"とても"という副詞はもともとは悪いことを強調するために用意られているのだと。
とても綺麗
とても美味しい
とても好きだ
ではなく
とても見てられない
とても不様だ
とても嫌だ
今、まどかが、とてもをつかって自分の気持ちを表すとすれば、、、。
ブッ。
勢いよく莉子の顔にホッチキスの芯を唾を絡めて吐き捨てると、莉子は顔を押さえて叫んだ。
「私の顔になにすんのよ!!このブス!!」
莉子は興奮してテーブルの上のコップを掴みそれをまどかに投げ、避けもしないまどかの額に鈍い音を立ててあたる。
会場が静まり返る。
いつものまどかなら、たとえ料理にホッチキスの芯が入っていても、こんなことはしないだろう。
世間体や相手の気持ちを優先して自分に起きたことは全て何かの間違いだと言い聞かせるように生きてきたのだから。
だけどもう、自分の気持ちを優先しよう。
「黙れ不細工!!」
高木主任も莉子も目を大きく見開いた。
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