第三章 将軍の涙 7

 あの日のテランスレットは吹雪で、アナスタシアは夜通しといえど警戒を緩めることができなかった。

「閣下! 魔導部隊です!」

「何人だ!」

「氷槍、風裂各五人!」

 アナスタシアはチッ、と舌打ちした。防寒着を下に着てマントを羽織っているので自分も兵士たちも寒さは大して苦痛ではなかったが、この激しい風と横殴りの雪には閉口した。 向こうは普段、この雪のなかで生活している。こちらに分がないのはアナスタシアもわかっていた。

「ファニル! 火炎全部で迎え討て! タニエ! 風連障壁! 炎を障壁で保護して敵陣に打ち込め!」

 火炎と風裂の魔導師筆頭に大声に命じると、アナスタシアは前方から突進してきた騎馬隊らしき影を見て忌ま忌ましげに眉を寄せた。

「ホーランド! 前方鶴翼の陣で迎えよ! ティネッタ! 私の後ろから五百を連れて援護! 将軍が左翼から出る!」

 吹き荒れる吹雪。

 アナスタシアは馬の上で戦いまくった。とにかく剣を振るった。目の前にあるのは紺色の空、舞う無数の白い粒、飛び散る血飛沫、突進する兵士。

 夜通し戦った。部下もよく戦った。魔導隊、騎馬隊、歩兵と共にアナスタシアは怒鳴り続けて戦った。いつもよりも厳しい状況が氷竜隊を却ってやる気にさせたのかもしれない。 朝になりアナスタシアは続けて本陣から命令を絶やさなかった。

「閣下、右翼ただ今敵騎馬隊が壊滅。歩兵が向かっております」

「弓兵で高台から迎え討て。それから天気は」

「晴れています」

「では雷撃魔導師をこれにつける。行け」

「はっ」

「イヴァン!」

「は」

「戦況はどうなっている」

「氷竜隊が押しております。魔導部隊がよく働いたものかと」

「敵兵全員見逃さず殺せ。テランスレットの兵士はかなり危険だ。その思想も国家全体かなり危ない。逃がすな」

「心得ました」

 確かにテランスレットはかなり危険な思想の国だった。帝国がいちはやく戦争を仕掛けたのも、これ以上手付かずだと何をするかわからないと思ったからである。

 仮眠してから夜の陣をアナスタシアは戦った。山での戦いは難しく、かなり神経を使うため、兵も彼女も限界近かったが、負けるわけにはいかなかった。

 そして夜通し戦った次の朝---------。

 戦場として戦っていた山は、どこもかしこも赤かった。降伏や誇りのための自刃などという思想のないテランスレットを相手に勝つには、相手が息絶えるまでという条件があった。兵士みなみながそれをよく理解していた。

 そのため真っ白だった山は一夜で真っ赤になった。たちこめる水と血のにおい。真っ赤に染まった山の光景は、アナスタシアは今もまだよく覚えている。

「……」

 アナスタシアは頭をからっぽにした。今頃帝国はどうなっているかなどとも思ったが、今は何も考えたくなかった。

 冬が近付く今の季節はまだいい。しかし春までに帝国に帰らないと、五千人分の兵力が機能しないのは帝国としても痛い。早く帰らなければ。そして先程のテュラの言葉を思い出したアナスタシアは、一体自分のどこに人に愛されるようなところがあるのかと、真剣に悩み始めた。

「わからぬ」

 首をかしげる彼女に微笑ましい笑いを送るように、雪がちらりちらりと降ってきた。


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