第二話 

 その日の朝、ルナリオは妹のセレネと共に朝餉を取っていた。

 月の国の王都・バドルの朝は賑やかだ。

 高い塀に囲まれたこの宮殿の中にも、行商人の行き交う声が聞こえてくる。


「でね、兄さん。あたしはむしゃむしゃ」

「食べるか喋るかどっちかにしろ」


 食べながら話す姿をルナリオが見咎め、眉をひそめて注意する。『王女らしくない王女』として民からも評判のセレネは、相変わらず絶好調のようだ。


 王家随一の大食漢でもある彼女、先程から休む暇なく手を動かしているが、すでにオアシス名物の魚料理三皿を平らげ、山のように盛られたパンのカゴを一人でからにしていた。

 ルナリオはといえば、朝どれ卵のスープをようやく半分にまで減らしたところである。

 

「んぐっ」


 ほら、言わんこっちゃない。

 むせ返ったその背中を叩いて水を渡してやれば、きまり悪げに笑って誤魔化そうとする。

 幼い頃と変わらないその無邪気さに、ルナリオは呆れかえった。

 


 月の国は、国土のほとんどが砂漠地帯である。

 大河の畔に文明が生まれ、点在するオアシスの中でも一等豊かな水源に交易所が出来ると、ラクダと共に暮らしていた遊牧民たちが定住するようになり、そこには都市ができた。


 月を信仰する彼らは言語と宗教により結びつき、やがて他民族から「月の民」と呼ばれるようになる。

 彼らをとりまとめ、砂漠一帯を統一した勇者によって建国されたのが、現在の「月の国」ことシン王国であった。


 それから千年の時が経つが、運良く強国の属国となることもなく、西洋と東洋の狭間に位置する地理関係もあり、いまでは交易の要所としてなかなかに栄えている。


 ルナリオはこの国が好きだった。

 人々は活気に溢れ、恵みに感謝し、自然を愛している。

 建築や芸術も独自の文化が栄えており、それはルナリオにとって、とても好ましいものである。

 

 一方で、双子の妹であるセレネは常々外の国へ行きたいと言っている。

 これは、自身の命を狙ってくるような継母の存在もあるのだろうが、それ以上に彼女の自由を求める性質たちが理由であろう。

 その奔放さは、ルナリオにとっても失って欲しくないものだ。……とはいえ。


「はぁ……これで成人しているっていうんだからな。少しは大人になってくれよ」


 口の周りにパンくずをつけてまで食べ物を頬張る姿は、まるで幼子だ。

 手近な布でその口元を拭きながら、ルナリオはため息をついた。


「むぅ……もう大人だってば!」


頬っぺたをふくらませて反論する彼女だが、ルナリオは取り合わない。

しかし、セレネはふと真面目な顔つきになった。


「もう大丈夫だよ。兄さんが居なくなっても、一人でも」


 彼女のまるで鏡のような、真っ直ぐな瞳がルナリオの胸を貫く。その胸中にあるのは罪悪感だ。

 そうだ。自分は誰よりも守りたいと思っていた片割れを、ここに置いていく。

 誰よりも『自由』を求め、『束縛』を嫌う彼女を、ルナリオはこの伏魔殿に取り残していくのだ。

 話は少し前にさかのぼる。

 

 






 


 

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