月の国のルナリオ

第一話 

 

 不快な感触でルナリオは目を覚ました。

 どんな悪夢を見たのか、薄手の寝間着がしっとりと汗ばんでいる。


 急激に覚醒した思考に対し、視界はゆっくりともやが晴れてゆく。


 丸い寝台を覆う高価な絹のカーテン。漂うオリエントの香油の香り。

 独特な模様が美しい絨毯に、砂漠地帯でも少量の水で育つ常緑樹の鉢植。

 

 月の国の第三王子たるルナリオに相応しく整えられた、美しい寝室である。

 

 ガウンを羽織るのも忘れて立ち上がると、適当な布を水瓶に浸し、力の入らない腕で絞ったもので汗を拭いた。

 ぽたぽたと床に雫が垂れるが、気にする余裕もなく再び横になる。


 夜はまだ明けておらず、開け放った窓の向こうには、黒雲に覆われた空だけが見えている。

 その吸い込まれそうな闇にぞわっと鳥肌が立ち、慌てて背を向けて目を閉じた。


 ルナリオの母ヘカテは、新月の夜にこの世を去った。

 誰が仕込んだかも不明の鉱物毒によって殺されたのだ。


 以来、新月の夜は体調を崩すようになった。父王が異国から呼び寄せた名医にも原因はわからないという。

 双子の妹であるセレネはいたって健康で、それが余計に不甲斐なく、苦しかった。


 考えることも億劫なほど怠いのに、再び眠りにつくことができない。目を閉じるにも集中力を使い、意識はますます覚醒していく。

 時計の針音が頭痛に響く。

 こんな夜は、何もかもが嫌になる。


 

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