第三話 

 それは十一月の、やけに冷たい新月の夜だった。


「正気ですか!? 我が弟が、あの皇太子の妃に?」


 驚きのあまり誰もが口を利けなかった中に、第一王子リュティエルの悲痛な叫びが宮殿に響き渡る。

 国王アレクシスは重々しく頷き、張本人である第三王子ルナリオは、その月光のように美しい瞳を隠すように俯いた。


 事の発端はつい半年前。月の国と同盟を結ぶこととなった黄金の国は、国王鍾愛の王子、ルナリオを人質として求めたのである。


 大陸の二大強国である黄金の国との対等な同盟が実現したのは奇跡に近い。なにせ月の国の国力は、黄金の国の属州とたいして変わらないのである。

 こちら側にも黄金の国からの人質として、皇帝の縁者である十六の娘が献上されることとなっていた。


 さあ、ここまではいい。月の国としてもルナリオとしても、覚悟はとうにできていた話である。


 ところが、人質の件はそれから二ヶ月も先延ばしにされた。このとりきめが一時保留となったのは、献上されるはずだった娘が恋人と心中事件を起こしたからだった。


 娘とその恋人は無事に助けられたものの、醜聞はあっという間に国中へ伝わり、たちまちのうちに月の国にも知られるところとなった。

 娘の人質としての価値が失われたことによって、対価として求められたルナリオも、一旦は月の国に留め置かれたのである。


 さて、それから随分と経った。楽観的な月の国の王家で人質の話は忘れられかけていたが、とうとう黄金の国からの書簡しょかんが届いた。


 そこには驚くべきことに、ルナリオを黄金の国の皇太子・アダンの側妃そくひとして迎えたいという旨が記されていたのである。

 当たり前だが、前例のないことだった。


 いくら東洋と違って男性婚が文化的に受け入れられているとはいえ、血を残すことが必要となる王家同士の婚姻となると話は別だ。

 子をもうけることが出来ない側妃など、非常に脆い立場となることは想像に容易い。

 

 かといって相手は大陸随一の強国。断れば月の国が攻めいられるやもしれない。

 考えあぐねた国王は早急に王家の者を集め、深夜の宮殿には、末妹のセレネを覗く六人の王族が勢ぞろいしたというわけだった。

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