第31話 秘密の写真2

 氷川は、自分のPCのデータを、白い壁に投影した。


 最初のスライドは、クフ王の大ピラミッドの内部として売られている壁画の写真だった。


 そこには、多くの人が数十種類の動物を連れて行進する絵が描かれていた。そして、空には空飛ぶ円盤のような物体が連なって書かれている。


「ピラミッドの中にUFОの壁画があるなんて、聞いたことねえし」


「確かに今までの資料にこんな絵は出たことはない。ただ、念のためハーバード大のエジプト史研究施設に送って確認したところ、確かにここに書かれている象形文字は古代エジプト文字に間違いないらしい」


 随分手間をかけたフェイクだなと、妖介はちょっと感心した。


 次は、暗闇の中でうつぶせに眠る可愛いパンダが、懐中電灯に照らし出されたような写真。


「この上野動物園のパンダも、今までの写真を解析したが、床のタイルや壁のシミなどからこれは確かに上野動物園に間違いない」


「情報解析部も、世界中のSNSやウェブサイトから類似写真を検索したがどうしても見つからなかった」


 そりゃ全部調べるのは無理っしょ、と妖介も突っ込みたかったが、勿論口には出さなかった。


「仁徳天皇陵の写真については、宮内庁に問い合わせたが、返答は無し」


「返答がないって言うことは、間違いないっていうことね」


 姫子が口を開いた。


「それから問題はこの写真」


 東京タワーを真上から撮った写真。


「こんなの合成写真で作れるじゃないっすか。それにもうAIだって絵を描けるし」


「これだから素人は」


 氷川は咳払いをして、偉そうに説明を始めた。


「地図サイトや航空写真、それに実際の計測までしたんだが。この写真は寸分の狂いもなかった。しかもピントのずれがなく相当に鮮明に映っている」


「だったら、ドローンじゃないすか?ヘリコプター飛ばしたのかもしれないし」


 氷川は写真を拡大し、大通りを映した。


「ほら見てよ。ここには、一台も車が通ってない」


「あ、ほんとだ」


「それから赤坂の方に通じるこの通りも」


「つまりは、交通規制が行われている日の写真ってことかしら」


「姫子さん、さすがです。お美しいだけでなく聡明な...」


 氷川が言い終わる前に、姫子は資料を立てて壁にして、氷川から顔を見られないようにした。


「交通規制がある日って、マラソンとか、海外の偉い人が来るとか」


「ふん。そんなの誰でもわかる話だろ」


 氷川は、妖介には冷たかった。


「善行さん、こちらも調べたんです。羽田から迎賓館へ向かうルートが交通規制を受けた日、それはE国の皇太子が来日され晩さん会が開かれた日でした。その日は、ドローン、ヘリコプター、小型飛行機、全ての飛行が禁止されていました」


 コンドル部長の説明には、妖介も返す言葉がなかった。


「それに」


 氷川が、言葉を付け加えた。


「写真の構図や角度から解析したところ、この写真は高度2万メートルから高性能の望遠レンズで撮られたと推定される。つまりは、ドローンも飛行機もそんな場所には飛ばせない」


 そんな不思議な写真が何種類も売られている。しかもすべてが限定ワンセットのみ。デジタルのデータや、フィルムの焼き増しではないと、この店主は言いたいのだろうか。


 天使の目。それがオンラインショップの店名だった。人が見えるはずがないものを見る目。


「このオークションへの出店者に連絡を取ろうと試みたのですが、登録された住所は漫画喫茶やカラオケの入る雑居ビルでした。後は彼らの銀行口座しかわかりません。それも多分、かなり前に偽名で作られていると考えられます。しかし、違法と証明できない以上、勝手に口座を封鎖したり、出品を止める権利はこちらにはありません」


 コンドル部長は、毛のない頭をかきながら続けた。


「善行さん、申し訳ない。何とかこの写真の販売者をつき止めてもらえませんでしょうか。もし、不正の方法で作られた写真なら、世に出すのをやめさせてほしいのです」


 姫子は溜息をついた。


「悪意がなかったとしたら、むずかしいわねえ。善人は心にほころびがないから、なかなかひずみを感じられない。追いかけるのが本当に難しいの」


「まあ、そう言わずに、お願いします」


 コンドル部長は、頭を下げた。


 ******


 妖介は、あの無礼な常務に、自分の力を見せつけTW、ぎゃふんと言わせてやりたかった。それに万一認められて、この地下事務所からしゃばに引き上げられれば、一石二鳥だ。


 妖介は、仕方なく一番連絡したくない知り合いにLINEでメッセージを送った。


 三分もしないうちに返事が来た。


「どうしたの?妖介ちゃん?」


「会って話がしたいんだけど」


「いいよお。でも頼み事なら、二日後にしてねえ。さっきカンボジアにある裏カジノのサーバーにたどり着いたんだ」


「ダニー、頼むよ。また会社の金でごちそうすっからさあ」


「まあマフィアに殺される前においしいもん食べたいしねえ」


「うんうん、まかせて」


 天才ハッカーのダニー・チョイ。こういう命を掛け金にして生きてるような奴とは、本当は付き合いたくはないが、確かにものすごいソリューション能力を持っているのは間違いなかった。


 翌日、妖介はカラオケボックスでダニー・チョイと密談していた。平日の昼間から、スーツの会社員と唇にピアスをしたラッパーみたいなあんちゃんという変なコンビが入って来て、カラオケの店員もちょっと驚いた。


 妖介は、ダニー・チョウに写真についての詳しい話はせずに、とにかくこの出店者の接続する端末の場所を特定できないかと頼んだ。


「IPまでは突き止めることはできるだろうけど、それだけで場所を特定するのは結構難しいなあ。こいつが君んとこのサイトにつないだ瞬間に、相手の端末とカメラをのぞき見して、そこから状況を推理するって言うのが現実的だろうなあ。いずれにしろ、かなり労力が必要になる。僕の大事な大事な時間が、煙のように消えちゃうなあ」


 ダニー・チョイに何をおねだりされるのだろうか。妖介はびびった。

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