第32話 秘密の写真3

 結局、ダニー・チョイはうまくやったらしかった。さすが自称天才だ。


 それから三日後に妖介とダニー・チョイの二人は、上品な人達に混じって、場違いな帝国ホテルのレストランで、バイキングを食べていた。


「うひょお、ロースト・ビーフ食べ放題」


 とりあえず、ドレスコードがあるから、短パンやサンダルは絶対ダメだとくぎを刺しておいた。


 それでも、ダニー・チョイのチャラさは十分に目立つ。


 コンドル部長に頼んで、何とか食事代は経費で落としてくれそうなので、自腹を切らずにすんだ。もっとも、自腹なら、吉野家かバーキンだったはずだ。


 食事が終わると、ダニー・チョイは、罪の意識が一切感じられない様子で話し始めた。さすがに誰も、こんな場所でハッカーとの答え合わせしているとは思わないだろう。


「例の写真屋さんからは、この二日間で君の会社のサイトに十五回のアクセスがあった。新しい商品のアップロードが一回、後は販売状況の確認だと思う。写真屋さんは案の定東京のいろんなところでアクセスしている。新宿、渋谷、下北沢、秋葉原。全部繁華街だな。使われたパソコンを探ってみたら、雑多なファイルの残骸が入っていた。仕事の資料や、エロ系の写真まで何でもあり。男も女も学生も会社員もプー太郎もいる感じ。使用者は不特定多数。こういうのって、多分...」


「漫画喫茶かネットカフェ」


「だろうね」


「そうなると、犯人捜しは厳しそうだな」


「ただね、写真屋さんのチャットの文章を生で記録できたんだ。これが面白くてさ」


 妖介は、ダニー・チョイが指さしたタブレットを覗き込んだ。


「うへえ。これ、ちょっとヤバくね?」


 ダニー・チョイもにやけた。


「ああ、確かに」


 ******


 妖介は、第四サービスセンターの会議室で調査結果の説明をした。


 資料の出所を聞かれて、知り合いのハッカーに頼みましたなんて、言えるわけがない。


 友達に、警視庁の国際IT犯罪対策室に配属された友達がいて、彼に頼んだと、出鱈目を言った。


 姫子は嘘だとすぐに判ったのか、笑いをこらえているようだった。


「いやあ、そんな知り合いがいるのなら、紹介してくれないかい?うちのハッカー対策にその方の意見を聞きたいな」


「ところがですね、彼は三日前に、二重スパイがばれて、モザンビークに国外逃亡しちゃったんです」


「嘘下手すぎ」


 姫子はもうあきれて笑いもしなかった。


「結局、人物や住所までは特定できなかったんですが。こんなチャットの記録を入手したんです」


 妖介は、画面にコピーされた文章を写した。

 

「キタロウさん。今日は楽しかったよ。また来てね」


「たまにはお店に会いに来てね。マリアさびしいよお。さびしいうさぎは生きていけないの(嘘)」


「ヒゲ犬さん、さっきはごめんね。ヒゲ犬さんとはテールテールでしか会えないけど。マリアもここでしかでも妖精さんになれないの。来てくれたらマリアが絶対絶対元気にしてあげるから。ヒゲ犬さんもやさしくしてね」


「リックさん。けがは良くなった?お大事に。早く治るように、テールテール秘伝の魔法をかけてあげる」


 妖介も読んでいて、さすがに恥ずかしくなった。


「どうも、ちょっとヤバ目のお仕事の人と変態さんの会話っぽいっす」


「ヤバ目とか変態さんとは、失礼な!」


 突然、氷川が大声で怒鳴った。


「テールテールはな。日本の宝だ」


 氷川の真剣な叫びに、皆がドン引きした。


 氷川も我にかえって、冷静になった。


「テ、テールテールって言うのは、秋葉原にあるクラシカルなメイドカフェなんです。いかがわしいことも、やましいことは何もありません。か、神に誓って」


「氷川君、すごいね。これはすごい手がかりだ」


 コンドル部長がなぜか氷川の知識に感心した。


 姫子はばかばかしくなったのか、居眠りをしそうになっていた。


「で、先輩は、テールテールって、良く行くんすか?」


「…い、いや、ぜ、全然」


 妖介は「嘘つけ」と思った。


「さ、最近は熟女のサービスの方が...。いやいやそういう意味ではなくて」


 氷川の顔がみるみるうちに、赤くなった。


 姫子は、すっかり馬鹿馬鹿しくなったのか、もう席にいなかった。


 ******


 次の日、妖介は姫子に頭を下げていた。


「先輩、一緒に来てくれねえっすかね」


「君の仕事でしょ?そんなの一人で解決しなさいよ」


 姫子はつれなかった。


 妖介もメイドカフェに行ったことはなく、しかも訳の分からない写真について聞き込み調査をしなければならない。


 ケーキに魔法をかけてもらうくらいは頼めそうだが、さすがに不正商品の追求となると、全く自信がない。


「そこを何とか。何でもごちそうするんで」


 姫子はにやりと笑った。


「何でもって言ったわね」


 ******


 妖介は、姫子が店の中まで付いてきてくれるのだと思っていた。


「馬鹿ね。店の中で尋問できるわけないでしょ」


 可愛い女の子に笑顔で「ご主人様」なんて言われたら、「萌え萌えビーム」を浴びる前に、がっつり萌えてしまうだろう。


 いかんいかん、これではミイラ取りがミイラになってしまう。


 まずは、マリアという人物を見つけることだ。


 店のシステムを見ると、お金を払えば、妖精さんたちが一緒にチェキしてくれるらしい。


 チェキ!そうか、使い慣れてるって言えば、使い慣れてるんだな。


 しばらくして、ツインテールのランランちゃんという女の子がやって来て、メニューを教えてくれた。


 笑顔で魔法をかけてくれたりするので、妖介は仕事だと判りながらも、マリアのことをなかなか聞けなかった。


 すると、斜め前の席から声が聞こえた。


「ラビット星から来たマリアで~す」


 妖介は、はっとして、そちらを見た。


 長い黒髪の女の子が、中年のいかにも外回りをさぼってやって来たような客に、優しそうに話しかけていた。

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