第30話 秘密の写真

 しょんぼりしたコンドル部長の後ろに、苦々しい顔をした小太りの男がついて、地下にある第4サービスセンターの事務所に入って来た。年は30前なのだろうが、髪をしっかり七三に分けてジェルでてかてかに固めており、眉毛が太く、なんかおっさんくさい。


「あっ!常務じゃん」


 妖介は偉い人がいきなりやって来たので、ちょっと驚いた。


 歩いてきた男は、八卦百太郎社長の息子、人事総務担当常務の八卦千丸だった。


 千丸は、百太郎の長男で、八卦グループの若様として、将来のための英才教育をほどこされている最中である。


 モロッコの国立大学を卒業ということになっていたが、どうもEラン大学を中退し、その後は、新宿あたりのゲームセンターと漫喫に入りびたっていたという話もあり、何が本当の話かは良く判らない。


 きっと困りごとがあって、うちのセクションを頼って来たんだ。ちゃんと解決すれば、もしかして、こんな窓のない部屋の窓際族から脱却して、日の当たる場所に戻れるかもしれない。


 妖介はちょっとやる気が出た。


 しかし、千丸はとても不機嫌そうな顔で、妖介と姫子を交互に見た。


「なんだ、新入りか。また、どうせ何かやらかした不良品だろ」


 確かに女性関係でやらかしたのは事実と言えるので、反論はできなかった。


 しかし、常務である千丸に嫌われるわけにはいかない。なんとしてでも名誉挽回しなければならないと、妖介は怒りを抑え、笑顔で常務を迎えた。


「うちのパパも困ったもんだよ。こんなオカルト教団の言うことまともに聞くなんて」


 姫子は冷ややかな目で、千丸を見返した。


「誰の話でも聞くのは、きっと社長がちょっとはまともな人間だからでしょうね」


 わあ、けんか売っちょる。妖介は卒倒しそうになった。


 千丸は、いきなり何枚かの写真がカラーコピーされたA4の紙を姫子の顔の前に突き出した。


「こんな、詐欺商品がうちのサイトで売られてるんだ。クレームが来る前にとっちめて来い。できないようならお前らのチームは解散だ」


 それだけ言うと、千丸はコピー紙を机の上に投げ捨ててから、コンドル部長を残し、第四サービスセンターの事務所から出て行った。


 何が解散だ。なんちゅう無礼な奴だ。さすがに妖介もムカついた。


 いやいや、待て待て、怒ることもない。妖介は冷静に考え直した。


 もし、見事に解決すれば、常務の目に留まり、出世コースへと引き戻してくれるかもしれないし、逆に何も答えが出せなければ、第4サービスセンターは解散し、自分は晴れて地上の事務所で普通の職場に戻れるかもしれない。


 どっちにしろ悪くはない。妖介は、ちょっとにやけた。


 ******


 会議机には、妖介の他に、情報解析部の氷川も呼び寄せられていた。


 氷川は姫子に呼ばれて、目じりを下げてうれしそうな顔で、椅子に座っていた。


 白衣を着た相撲取りが、風俗の待合室にいるような風景で、実にシュールな感じがした。


「ひ、姫子さん、お元気そうで」


「あなたが目の前にいないともっと元気が出そうだけど」


「ま、またあ、姫子さん、お上手なあ」


「だから、名前で呼ぶなあ」


 氷川は姫子から迫害されているだけでもうれしいらしく、その屈折した欲望に、妖介もさすがに寒気がした。


 妖介は机の上の写真を、改めてまじまじと見た。


 写真の縁取りから、チェキで撮られた写真のように思われた。


 ピントがずれているものや、ただの記録写真のような写真も多く、こんなもの誰が買うんだろうと妖介は思った。


 しかも、写真一枚の値段は、5千円から高い物は8万円のものまである。


「盗撮写真や、私のXXXX見せますとかならともかく、素人の風景写真にしては高すぎっしょ」


 妖介は、姫子がいるのを忘れていて、ゲスさをさらしてしまい、「しまった」と思ったがもう遅かった。


「君の焼死体写真とか、意外に高く売れるかもね」


「焼かれるのはちょっと勘弁す」


「ちゃんと資料見ろ」


 氷川にまで怒られ、妖介はちょっとへこんだ。


 まじめな振りだけでもしようと、資料に目を通す。


 問題になっている商品は、本当にただの写真だった。


 最初の商品は、一匹の口が大きく目の無いちょっとグロテスクな魚が写っていた。


 説明には「マリアナ海溝、世界最深部に住む魚」と書かれていた。


「すげえ、適当なこと書いてますね」


「氷川君のチームが様々なデータや資料を調べたが、この魚と同じ種類と思われるものは、どこにも見つからなかった」


「未発見の新種の魚ってことすか?」


 その次は、白い壁にはさまれた空間から、青空が見えている写真。。


「南極のクレパスの中から見上げた空」と記されている。


「そんな写真、誰が撮れるんすかね?」


 妖介は鼻で笑った。


「それからこれは土星の輪の写真」


 土星の輪。それは暗闇に浮かぶ沢山の石や岩にしか見えなかった。


「これも誰が欲しいのかな」


「ちなみにこれはオークションで8万円で売れた」


 妖介はこけそうになった。


「うそっしょ」


 いろんな趣味の人がいるもんだ。


 他にも、仁徳天皇陵の中、東京タワーのてっぺんを上から見た様子、夜中の上野動物園のパンダなど、不思議な写真の数々が売られている。


「変なの。百円でも要らないっすよね。しかも偽物なんでしょ?」


 そもそも、そんな写真がチェキで撮れるわけがない。


「ところが、問題は、我々も偽物の加工写真だと証明できないことなんだ。実は去年都市伝説系のユーチューバーが、この仁徳天皇陵の写真を取り上げて騒ぎになりかけた。宮内庁とか総理府も出てきて、いろんな工作をして騒ぎを収めたらしいという噂だ」


 コンドル部長が難しい顔で、腕組みをしながら答えた。


「理論上はありえない写真が、実際に存在しているんだ」


 氷川も腕を組んで、弱気にうつむいた。

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