第14話 使いすぎ
しかし、まだ油断はできなかった。
この体温の低下は絶対に尋常じゃないし、リスタルドは目を覚まさないままだ。それに、このゆっくりすぎる脈や呼吸は竜だからか、他の理由からなのか。
川に落ちた? でも、髪や服は濡れてないみたい。ずっと気を失ってたからわかんないけど、完全に乾くだけの時間が経ったのかしら。ケガはしてないわよね? 暗くてよく見えないから断言できないけど、血の臭いはしてないみたいだし。
暗い中で、リーベルはできる限りのチェックをした。
しかし、これと言って何も異変と思えるようなものはない。
人間なら異常なしと言える状態でも、竜にとっては異常だったりするかも知れないが、そうであればもうリーベルにはお手上げだ。
ここにはカルーサもプレナもいないから、助けを求めることもできない。
冷たくなった人間を人肌で温める、という方法がある……と聞いたような気がする。それをすれば、リスタルドは元に戻るのだろうか。
しかし、今は人間の姿であっても、彼は竜だ。その方法が有効かはわからない。
「リスタルド……リスタルド、起きて。目を覚ましてよ」
もう一度彼の頬をぴたぴたと叩き、少し大きめの声を出し、肩を揺さぶるなどして覚醒をうながしてみた。
「……ん」
今度は反応があった。リーベルの顔がぱっと明るくなり、もう少し強く肩を揺すってみる。
「リスタルド、しっかりして。お願いだから、起きて」
何度も繰り返すことで、ようやくリスタルドが目を開けた。
「リスタルド! よかった……。ねぇ、あたしがわかる? 暗いけど、あたしの顔が見える?」
「……リーベル?」
ぼんやりした表情だったが、リスタルドの口からリーベルの名前が出た。ちゃんとこちらのことを認識できているのだ。
リーベルは嬉しくて、思わずリスタルドの頭を抱き締める。
「もうっ……リスタルドってば、びっくりさせないでよねっ」
びっくりどころじゃない。こちらの心臓が本当に止まるかと思った。
少ししてゆっくりと身体を起こし、リスタルドもまたリーベルの顔を覗き込む。
「リーベルは大丈夫? 痛い所は?」
「あたしは平気。何ともないわ」
「よかった……」
リーベルの口調を聞いている限り、具合が悪いことを隠して無理をしているようには思えない。飲ませた水が効いたのだろう。
リスタルドはリスタルドで、リーベルの様子にほっとしていた。
「あたしの腕に傷……あったわよね? リスタルドが治してくれたの?」
「うん。うまくいっていればいいんだけれど」
傷はふさがった。しかし、初めてしたことなので、絶対の自信はない。
「やっぱりそうだったんだ。ありがとう、リスタルド。ねぇ、どうしてリスタルドの身体、こんなに冷たいの?」
意識を取り戻したためか、身体を起こしたからか、少しはさっきよりましになった気がする。
それでも、真冬に外を出歩いた後のような冷たい身体だ。
「あ……これね。力の使いすぎ」
へへ、とリスタルドは力なく笑う。
月明かりしかない中で見るその笑顔は今にも消えてしまいそうで、リーベルは怖かった。
「リーベルが崖から落ちた後、ぼくも飛び込んできみを掴まえて……それから自力で飛べたのはいいんだけれど、自分でもそのことにちょっと驚いてね。すぐに下へ降りていればよかったのに、しばらく飛んでたんだ。急いでここへ降りて、きみのケガを治して……そこまでいったら、普段自分が使い慣れてる力を完全に使い果たしたみたいで。時々……こんなふうに、なるんだ……。心配……させたね」
説明しながら、またリスタルドの表情がぼんやりしてきた。
「ごめ……まだ、もうちょっと……休まないと……無理みた……」
言いながら、リスタルドはリーベルの方へもたれかかってきた。
「え、ちょっと……リスタルド?」
支えようとするが、重い。もう意識がないようだ。
まだ回復してなかったリスタルドをリーベルが無理に起こしたので、こうなっても仕方がないのだろう。
「ど、どうしよう」
このままリスタルドをここに横たえたら、砂利の上に寝かせることになってしまう。
竜の身体は鱗で覆われているから固い地面でも平気……かも知れなくても、今のリスタルドは人間の姿。見ているだけでも、痛々しく思える。
リーベルは振り返り、自分が寝かされていた草のベッドを見た。ここならリスタルドもゆっくり休めるはず。
「んーっしょっ」
リーベルは、リスタルドの身体を引っ張って移動させた。
これが竜の身体でなくてよかった、と本気で思うリーベル。もっとも、リスタルドが竜の姿ならこんなことはやっていない。
それでも、ぐったりと力が抜けている自分より背の高い少年の身体は、想像以上に重かった。
リーベルがずるずると引きずっても、リスタルドが再び目を覚ます様子はない。
「ふぅ……これでいいかしら」
何とかリスタルドを移動させて横たえると、リーベルもほっとして力が抜けた。
リスタルドの顔を見ると、多少は表情が穏やかになったように思える。手に触れるとまだ少し冷たいが、さっきのようなびっくりする程の冷たさではなくなっていた。
力を使い果たしたので単に休息が必要なだけというのなら、朝には元気になっているだろう。
いや、なっていてほしい。
「あたしも疲れちゃった」
リスタルドのように力は使っていなくても、リーベル自身も色々あった。彼と同じように、身体は休息を求めている。
リスタルドが作り出してくれた草のベッドは、大柄な大人が二人寝ても十分に余裕がある大きさだ。リスタルドが寝ていても、リーベルがゆったり休める広さは残っている。
何も考えられなくなったリーベルはもう何も考えず、そのままリスタルドの隣で横になると、すぐに寝息を立て始めた。
☆☆☆
「リスタルドー」
上の方から、プレナの声が聞こえる。
リスタルドが空を仰ぐと、小さな竜が飛んでいるのが見えた。
「プレナー、ここだよ」
リスタルドが手を振ると、それに気付いた竜はすぐにこちらへ飛んできた。
着地する直前、十五、六の少女の姿に変わる。
だが、普通の人間とは違い、その身長は人間の姿になったリスタルドのひざにも届かない。
プレナ達小竜と呼ばれる種族が人の姿をとった時に人間に見付かると、このサイズのために大抵「妖精だ」と間違われるのだ。その姿で宙を飛ぶから、なおさらそう思われてしまう。
「今日も、調子よく落ちて行ったわね」
「落ち……そう言わないでよ。少しは風に乗れたし、墜落しないようにって必死にここまで飛んだんだから」
そう話すリスタルドは、軽く息を切らしている。頬も少し紅潮して。必死に、というのは本当のようだ。
「そう。がんばったのはわかるわよ。だけど、私の目の前から消えるように落ちるのはやめてほしいわ」
まだ子どもで身体は小さい、とは言っても、それは成長した竜に比べて、という意味だ。リスタルドが空から落ちれば、どうしたって樹木だの周辺にいる獣に被害が及ぶ。
間に合えば少しでも被害を減らそうと人間に姿を変える、という努力をリスタルドもしている。だが、間に合わないでそのまま落ちる時も多い。
リーベルと初めて会った時も、姿を変えるのに間に合わないで落ちたパターンだった。
そんなところをカルーサに見られたりすると「もっと気を付けて練習しなさいって、いつも言ってるでしょっ」と、叱られてしまう。
そうならないよう、なるだけ樹木が少なくて見晴らしのいい斜面で練習をするようにしているが、リスタルド曰くの「風に乗る」というのは、結局コントロールを失っているようなもの。どこへ落ちるか、わかったものじゃないのだ。
「落ちる時にも風は生まれるのだから、それを利用できればいいのだけれど」
「うん……もう少し翼に力を送れば……何とかなる、のかな……」
「リスタルド?」
前にいる少年の表情がおかしい。だんだんうつろになってきている。
「あれ……変だな……プレナがたくさん……いる……」
そんなことを言い出すリスタルドは、もう焦点が合っていない。
「リスタルド!」
プレナが叫ぶのと、リスタルドが崩れるようにその場で倒れるのは同時だった。
プレナは、急いでリスタルドのそばへ寄る。額に冷や汗が浮かび、触れたその手はどんどん冷たくなって。
「た、大変だわ。リスタルド、しっかりなさい」
プレナは竜の姿に戻ると、少年をひょいとくわえて自分の背に乗せた。
プレナは竜としての身体は小さいが、人間の姿のリスタルドなら簡単に乗せられる。
そのままプレナは飛翔し、カルーサの元へ向かった。
「カルーサ、大変です。リスタルドが」
「また落ちて、鱗でもはがした?」
一度落ち方が悪かったせいで、鱗をはがしてしまったことがあるリスタルド。
その時も、プレナは慌ててカルーサの元へ彼を連れて戻って来たのだ。痛みを必死にこらえている彼に、無理矢理人間の姿にさせて。
そうしないと運べないのだから、仕方なかったのだ。
「いえ、そうじゃなくて……急に倒れたんです」
穏やかならぬ言葉を聞かされたが、カルーサが取り乱すことはなかった。
人間の姿でくつろいでいたカルーサはプレナに近付くと、彼女の背に乗る息子の身体を下ろした。
「カルーサ、リスタルドは一体……」
「心配しなくていいわ、プレナ。身体がこの子の力についていけなかっただけよ」
揺れたためか、リスタルドがわずかに目を開いた。緑の瞳が、母に向けられる。
「母さ……」
母がそこにいることは認識できたらしく、リスタルドは口を開くがかすれた声しか出て来ない。
「いいのよ、リスタルド。休みなさい。明日になれば、体調も戻るわ」
その言葉をどこまで理解したかはともかく、リスタルドは母の声を聞いて再び目を閉じた。
「この子、何をしたの?」
「飛ぶ練習をしていて……落ちないように必死に飛んだと言ってました」
「そう。いつもよりがむしゃらにやっちゃったのね。その努力は認めてあげたいのだけれど」
リスタルドは、竜としては非常に身体が弱い状態で生まれてきた。そのため、魔力をうまく使いこなせない。
これまでは、限界まで力を出そうとしなかったので、何事もなかった。彼自身、自分の限界がどれくらいかを把握していない、ということもあるだろう。
だが、今日のように少し無理をすると、身体がオーバーワークで機能停止状態になってしまう。機械であれば安全装置が作動した、というところか。
生身の彼の場合、こうして仮死状態のようになる。
「多少強くなったとは言え、まだ身体がしっかりできていないのね。少しずつ使う魔力を強くして、身体を慣れさせないといけないんだけれど。そのコントロールもままならないみたいだから……先は長いわね」
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