第15話 リスタルド、復活

「でも、いつかはリスタルドも他の竜と同じように、力を使いこなせるようになるのでしょう?」

 以前は命の危険に直面、ということもよくあった。魔力うんぬんではなく、外界に対しての抵抗力が少なすぎたからだ。

 しかし、年齢を重ねることでそういう危険な状況は格段に減り、今では普通の竜と変わらない。少なくとも外見は。

「いつかは、ね。それがいつになるのか、私にだってわからないわ。あ、だけど……予想するより案外早いかも知れないわね」

「なぜです?」

 カルーサの言葉に、プレナが小さく首を傾げる。

「この子がこんな状態になったのは、今日が初めてでしょ? なぜだと思う?」

「え? だから、それは……力を無理に使ったからなんでしょう?」

「そうよ。今まで、そんなことはしなかったのにね。少しはこの子の中に、まともに飛べるようになりたいっていう、強い願望が現れたのかもよ」

 ふと思い付いた可能性を、プレナは口にした。

「もしかして人間に……リーベルに会ったから、ですか?」

「あの子と知り合って、もう二年以上経つのかしらね。人間の友達ができて、少しは竜としてのプライドみたいなものが、リスタルドの中に芽生えたんじゃないかしら。……ってことだといいんだけれどね」

 リーベルが飛べないリスタルドのことをバカにした、という訳ではない。むしろ、ものすごーく応援してくれている。

 リスタルド自身、竜のプライドというものが芽生えた、なんて自覚もないだろう。

 しかし、今までに比べて竜らしくありたい、という気持ちが強くなったに違いない。

 初めてできた、自分と歳の近い友達……それも人間の女の子と知り合ったことは、リスタルドの中で大きかったはずだ。

 これが単に、力のコントロールを間違えただけ、というなら……親として悲しい。

「それじゃ、これからは今までよりずっと上達が早くなりますね」

「そうなるといいわね。ただ、無茶してこんな状態になる可能性も増える訳だから、プレナには何度も運んでもらうってことになるかもよ」

「それくらい、かまいません。人間の姿にさえなってくれれば、運ぶのは簡単ですから」

 竜の姿なら、リスタルドはとっくにプレナの体長を抜いている。それを運べと言われたらプレナもさすがに困るが、人間の姿なら楽だ。

 そして、カルーサの言う通り、プレナが意識のないリスタルドを何度も運ぶ姿が、山の獣達に目撃されることとなる。

☆☆☆

 ゆっくり目を開けると、金色の光が見えた。

 何だったろうとリスタルドがしっかり目を開けると、光っているのはリーベルの髪だ。太陽の光に照らされた彼女の髪が輝いて、金色の光が見えたのである。

 リーベル……ああ、そうか。昨夜、少しだけ話をしたんだっけ。どうして身体が冷たいのか、とか……。

 リスタルドの右側、しかもすぐそばで身体を横向きにして眠っているリーベル。

 彼女のために力を注ぎ込んだ草で作り上げたベッドだったが、そこで同じように自分も横たわっていた。あの後、リーベルが移動させてくれたのだろう。

 リスタルドは身体を起こそうとした。が、右手がわずかに動きにくい。見れば、リーベルが彼の手をしっかり握っていた。

 自分が不安だったからか、彼が心配だったからか。

 どちらにしろ、こうして手がつながれているだけで、リスタルドは何となく気持ちが温かくなるのを感じた。

 そうか……人間の手も、こんなに温かいんだ。昔、寝込んでた時に、母さんもよくこうして手を握ってくれていたっけ。

 リーベルと同じようにリスタルドも身体を横向きにし、向かい合うような格好でもう一度横たわった。

 握られていない左手で、少しくせのある金色の柔らかな髪をそっとなでてみる。まだ少女は目を覚まさない。安心しきった表情で眠っている。

 リスタルドは首だけを動かし、空を見上げた。意識を失う前に張った竜以外に見えない結界は、まだしっかりとそこに存在している。

 ざっと見た限り、消えかけたり何かに攻撃された痕跡もない。どうやら無事に一晩をすごせたようだ。

 握られた手はそのままに、今度こそリスタルドは起き上がった。

 不具合な部分は特になく、体調はどうにか元に戻ったようだ。いや、心なしかいつもより楽な気もする。

 昨日飛べたことで、何か変わったのかな。それとも、この結界内の空気が身体に合ってる……とか。

 考えたが、今の自分だけでは答えが出せそうにないので、リスタルドはややこしいことを考えるのはすぐにやめた。

「リーベル」

 軽くリーベルの肩を揺すりながら、リスタルドは声をかける。

「……んー」

 寝ぼけた声を出しながら、それでもリーベルは何とか重いまぶたを押し上げた。

「おはよう、リーベル」

「……おはよ」

 ぼんやりしつつも挨拶を返したリーベルだが、数秒後に目を大きく開けて跳ね起きた。

「え、何? どうなって……」

 慌てて周囲を見回すリーベル。前に目を覚ました時は月明かりだけだったが、今は朝日がさんさんと降り注ぎ、見える景色が違うので少し戸惑いがある。

 それでも、そばを流れる川や今まで寝ていた草のベッドを見て、ようやく自分の置かれている状況に関する記憶が戻って来た。

「あ、そっか。昨夜……。そうだ、リスタルド。もう何ともないの?」

 跳ね起きた時に離れたリスタルドの手を、リーベルはまた掴んだ。

 たぶん、リーベルには彼の手を握って眠っていた、という自覚も記憶もない。

「あ、あったかい。もう平気なの?」

 ちゅうちょすることなく、リーベルは彼の手や顔に触れる。現在のところ、人間の姿とは言え、竜にここまで大胆に触れられるのは彼女だけだ。

 もっとも、お互いにそんなことはまるで気にしていない。

「うん、一晩眠ったから元通りだよ。心配かけてごめんね」

「よかった……昨夜ふれた時、手も顔も本当に冷たかったから、リスタルドが死んじゃったのかと思ったのよ」

 泣きそうな声で言いながら、リーベルはリスタルドの首にしがみついた。ふいうちのような彼女の行動に、リスタルドは戸惑いつつも素直に謝る。

「ごめん。昨夜も言ったけれど、力を使いすぎるとああなるんだ。プレナにも、よく迷惑かけてる。リーベルには怖い思いをさせたね」

 よしよしと言うように、しがみつく少女の背中を軽く叩く。

「そうよっ。昨夜は本当に怖かったんだからね!」

 いきなり離れると、リーベルは涙目になりながら軽くリスタルドを睨む。

「これで、貸し一つね」

「か、貸し?」

 その言葉に、リスタルドが目を丸くして聞き返した。

「そう。借りはそのうち返してもらうから。どういう形にするかは、おいおい考えるわ」

「えーと……」

 どうして貸し? えっと、何が借りなんだろう……。

 話についてゆけないリスタルドの頭の中で、彼女の口から飛び出した単語が飛び交うのだった。

☆☆☆

 リーベルは、貸し借りの件については終わったと言うように、話を変えた。

「ねぇ、テーズは?」

「あ、そうだ。ここでのんびりしてる場合じゃなかった」

 リーベルが落ちた時、後も見ずにリスタルドは飛び込んだ。

 その後は自分が飛んだこととリーベルのケガに意識が向いていて、テーズのことを考える余裕など全くなかった。

 この普通とは言えない空間の中で、彼女は無事に夜をすごせただろうか。

 魔法使いだから、リスタルドのように結界を張って休むくらいのことはできるだろうが、その結界を破る魔物が現れたりしたら……。

 この辺りにいる魔物の強さは、どれくらいのものなのだろう。

 それから、リスタルドは昨日の鴉と対峙していたテーズを思い出す。

 彼女は物静かなように見えて、実はかなり好戦的かも知れない。やられる前にやれ、というタイプなのだろうか。

 性格についてはともかく、鴉の数はだいぶ減っていたからテーズ一人でも対処はできただろう。ただ、その後で新手が現れていないかだけが心配だ。

「ずいぶん高い所から落ちたし、その後もつい飛んだからなぁ」

 テーズがいるであろう場所までは、ここから直線距離にしてもかなり遠いはずだ。

 リスタルドだけなら飛べるか試すところだが、昨日のようにリーベルを抱いて飛ぶ、という冒険はリスクが高い。

「それなんだけど……ねぇ、あたし達、いつの間にあんな高い所まで進んでたの? リスタルドと会った所って、山を登り始めてすぐくらいだったでしょ。その後だって、山なのに森を歩いてる気分になるくらい、平坦な地面を歩いてたのに。それがいきなりあんな絶壁って、あり?」

 ずっと急斜面を歩いていたならわかるが、リスタルドと会って以来、坂道を進んだ覚えはない。

 だから、落ちる瞬間に驚きと同時にどうして? という疑問もリーベルの中にあった。今だって「何だったんだ、あれは」という気分だ。

「たぶん、結界を通ったことでかなり上の位置まで移動していたんだよ。一足飛びに進んでる、と言えば聞こえはいいけれど、これじゃ自分の位置がまるで掴めないね」

「テーズとどのくらい離れたかしら。リスタルド、見当はつく?」

「落ちたのはそこの滝を上がって川沿いにずっと先……ごめん、かなり飛んだ」

 せっかくまともに飛べたのに、まさかそのことで自分の首を絞めることになるとは思わなかった。

 どのくらい、と言われても、リスタルドとしては「かなり」としか言いようがない。初めて問題なく飛べて、完全に浮かれてしまっていたのだ。

「え、かなり……なの?」

 怒るかな、とリスタルドは思ったが、リーベルはそれどころか笑顔になってる。

「飛べたんなら、それはそれでよかったじゃない。リスタルドが飛んでる姿、見てみたかったな。あ、これからいくらでも見られるってことよね」

 そういう場合ではないはずだが、リーベルは嬉しそうに言う。その表情に嘘はない。

 親や兄弟でもないのにそうやって喜んでもらえる、というのはリスタルドとしても嬉しかった。

「とにかく、上へ向かおう」

 ここで座っていても、テーズが降りて来るとは思えない。やはりこちらから迎えに行く……いや、戻らなければ。

「ねぇ、リスタルド。おじいさんや結界の気配を探ってたみたいに、テーズの気配は探れないの?」

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