32 ブリーチ(大樹&志織)

 卒業式から帰ってくるなり、兄がブリーチ剤を突き出してきた。


「やって」

「俺が?」


 兄の高校は校則が厳しいところだった。だからといって、卒業した途端に金髪にするというのは思い切りすぎではないだろうか。それに、上手くできるか自信がない。


だいちゃん、美容院行きなよ」

「金かかるだろ。それにもうこれ買っちゃったし」


 よく見ると、兄の制服はボタンがひとつ残らずなくなっていた。まあ、モテていたのは知っていた。我が兄ながら、容姿が整っており人当たりがいいのだ。ただ、頑固でもある。


志織しおり、器用だろ。自分でやるより確実だ」

「はいはい」


 どうなっても知らないぞ。俺は箱を開けて説明書を読み始めた。その間に兄は制服を脱いだ。下着まで取り去って、裸になった。


「大ちゃん、全部脱がなくても」

「塗った後ゆすぐだろ。この方が楽でいい」


 俺たちは風呂場に行った。兄の髪をくしでとかし、肌にワセリンを塗った。イヤーキャップがついていたので、それを耳につけた。


「ブロッキングしろだって、大ちゃん。母さんのクリップ使えばいいか」

「まあ適当に頼む」


 俺はブリーチ剤を作り、そっと塗っていった。


「あはっ、冷てぇ」

「動かないで」


 最後にラップをかけて三十分ほど放置だ。


「……暇だな」

「そうだね」


 兄は遠くの大学に合格していた。新居も決めており、もうすぐこの家を出てしまう。


「とうとう一人暮らしだね」

「志織、遊びに来いよ」

「うん……」


 どうしても、兄の裸体に目がいった。このあられもない姿を見られるのは最後かもしれない。焼き付けよう。そう決めた。


「大ちゃん、大学行ったら彼女作るの?」

「いや、考えてない。恋愛なんて面倒だし。今日も後輩の子に告白されたんだよな」

「マジで?」

「付き合っても遠恋になるし、断ったよ」


 ホッとした自分がいた。けれど、環境が変われば人はどうなるかわからない。兄は俺だけの兄ではなくなってしまうかもしれない。

 放置時間が終わり、兄にシャワーをかけた。俺はどさくさに紛れて胯間に手を伸ばした。


「ははっ! 志織、そこは触るなよ」

「ちょっとしたイタズラ」


 これくらいは許されるよね。シャンプーをして、出来上がった兄の髪は、オレンジ色になっていた。


「あれー? なんか思ってたんと違う」

「やっぱり美容院行きなよ」

「まあ、これはこれでいいか! ありがとうな、志織」


 兄はふんわりと俺の頭を撫でた。

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