31 気付いてた(至&悟)
会社の女の子に告白された。
それなりに接点があり、二人でランチに行ったこともあったが、まさかそこまで想われているとは感じていなかった。
好きな人がいるから、というありきたりな嘘をついた。彼女自身に原因があるとは思わせたくなかったのである。
それを信じたのだろうか、どうなのだろうか。ひとまず彼女は引いてくれて、これまで通りに接しましょうねと大人のやり取りをしたのだが、俺は帰宅してから缶ビールを六本開けた。
せっかく好いてくれていたのに。最後のチャンスだったんじゃないか。俺がまともになれる最後のチャンス。
酔いが回りきって、ベッドで仰向けになって目を閉じた。明日は仕事だというのに、飲み過ぎた。彼女と会ったときに上手く笑えるだろうか。
玄関が開く音がした。悟だな、と思った。どうせまたサークルの飲み会か何かだったのだろう。終電に間に合ったようでよかった。さすがにこの身体じゃ運転してやれない。
悟が部屋に入ってきた。なんだよ、と言おうとしたが、全身が重くてまるで動けなかった。
「兄貴……」
俺がすっかり眠っていると思っているのだろう。唇に触れられた。その指はしっとりとしていて温かかった。
「好きだよ」
今度は唇だった。舌先が俺の歯をなぞった。まさかの事態に頭がついていかなかった。悟は今、何と言った?
「兄貴……オレのものになってよ」
間違いなくそう聞こえた。髪も撫でられたが、俺は寝たフリを続けた。目を開けてしまえば、魔法が解ける気がしたのだ。悟は部屋を出ていった。
「悟っ……」
聞きたかった言葉だった。ずっと求めていたことだった。俺が悟を想うように、悟も俺を想ってくれていた。
けれど、これは夢ではないだろうか。あまりにも都合が良すぎる。唇にも頭にも感触が残っていたが、それすら酔いの果ての産物なのではないだろうか。
俺は意識を手放すことにした。この幸せが幻覚だとしても、それを抱えたまま眠った方がいいと思ったのだ。
アラームの音で目が覚めて、俺はこめかみに手をあてた。酷い頭痛だ。よろよろとベッドから出てリビングに行き、薬を飲んだ。食欲はなかったが、空きっ腹では悪いだろうと思ってゼリーだけ食べた。
スーツに着替え、悟の部屋を覗いた。だらしなく腹を出して寝ていた。俺はそっと毛布をかけてやった。昨夜のことはやはり夢だったと自分に言い聞かせ、出勤した。
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