26 デリヘル呼んだら(拓弥&嘉人)

 ラブホテルの一室。狭いソファに座り、タバコを吸いながら、時間になるのを今か今かと待っていた。こういったサービスを利用するのは初めてだが、相場より高い料金を払うし、ハズレを引くことはないだろう。

 インターホンが鳴った。おれは期待に胸躍らせながら扉を開けた。


「失礼しまーす……って、えっ?」

「……兄ちゃん?」


 おれと兄は固まった。見慣れた私服と違ってスーツを着ていたが見間違えるはずがない。デリヘルを呼んで来たのは実の兄だった。


「まあ……嘉人よしと……中入れてよ」

「おう……」


 どこから切り出せばいいんだろう。お互いが後ろめたい。こんな店で働くなよと言いたいが、こんな店を使うなよと言われてしまうだろう。


「嘉人、タバコ吸うんだ」

「そこ?」


 おれと兄はソファに並んで腰かけた。


「えーと……普段はテニスサークルにいる歴史担当の教育実習生ということで来たんだけど、設定練り込んでるね」

「兄ちゃんやめて」


 いたたまれなくなってタバコに火をつけた。煙を吸い込むと、いくらか強気になれた。


「どうして兄ちゃんはその、こんなことしてるんだよ」

「お金欲しさについ……」

「生活そんなに厳しいのかよ」

「いや、パチンコに溶けてるだけ」

「本当にクズだな」


 兄が家を出て一人暮らしをしてから、会うのは久しぶりだった。最悪な兄弟の対面だ。


「っていうか、嘉人男好きだったんだな」

「兄ちゃんもな」

「似てほしくないところが似たな」

「まったくもってそうだよ」


 両親にはこんなこと言えなかった。それは兄もそうだろう。


「で、どうするんだ。みっちり百二十分コースだけど。あっ、店に連絡入れなきゃ」

「まあ……そうしなよ」


 兄は電話をかけた。その様子は慣れたもので、いつからこの仕事をしているんだという疑問も沸いてきた。おれは言った。


「兄ちゃんじゃ勃たねぇよ。その、適当に時間潰して終わりにしよう。それから、無かったことにしよう」

「わかんないよ? インポで悩んでたオッサン勃たせたことあるからさぁ。あのときは」

「やめて、聞きたくないから」


 灰皿に吸い殻を押し付けた。どうしよう、長い。こんなことなら六十分にしておくんだった。


「嘉人、下着だけでも持ち帰るか?」

「確かにそのオプションはつけたけど要らねぇよ」

「そうか……」


 結局、ラブホテルで借りることができたマリオカートをやった。

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