第37話 不死の街の真実
気が付いたら、俺は病室の中にいた。
「あらら~☆ これはこれはイルロンド君じゃああ~りませんかぁ♡」
そして———神・アテナイと対峙していた。
白いトガという服をまとっているマゼンタ色の短い髪の毛を揺らし、すらりとした傷一つない手を広げて、まるで俺を歓迎するかのようなポーズをとった。
俺が突然現れたというのに驚きもしない————。
「イルロンド……? イルーゾォ君じゃ……」と、ダンさんが戸惑いの声を上げているが今はそれどころじゃない。
「今! 何をやった⁉」
「……は?」
「今! お前は一体何をやったんだ⁉」
アテナイは俺の質問の意味が分からないと眉を歪める。
「何って……何のことですか……?」
そのまま指を顎に当てて首をかしげる。
本当に意味がわかっていないようだ。どうして俺がそんなことを気にして、言及するのかが一切わかっていない様子———つまり、先ほどの行為がそれほどまでに常態化している。日常化している。
おかしいとは———全く思っていないのだ。
「ギネビアさんの赤ん坊のことだ!」
「赤ん坊?」
どうして……ここまで言っても首をかしげる⁉
「その手に持っている種‼ それはなんだ⁉」
「種……ああ、赤ん坊ってコレのこと?」
アテナイは大きな種をかかげる。
ギネビアさんの赤ん坊が光となって消えて、代わりに生まれたその種を。
「これは———〝神樹の種〟です」
「神樹……?」
「人間たちはマンドルグと呼んでいましたがね。元々は神の祝福を与えるための樹木なのです」
ハッとする。
修道院の敷地内に生えている人面樹。
その顔の正体がようやくわかりかけてきた。
「子供を……木に変えていたのか? 生まれたばかりの子供を?」
「ええ。それがこの街のためになりますから」
「子供を人間とは別のものに変えておいて、何が〝街のため〟だ! 今すぐ元に戻せ! ギネビアさんがどんな思いでお腹を痛めて子供を産んだと思っている⁉」
「どんな思いでってあなただってわからないでしょう?」
アテナイが冷笑を浮かべ、その顔が更に俺の神経を逆なでた。
「俺は元に戻せと言っている! 今すぐに!」
拳を握りしめる。
目が———痛い。
【魔眼】の力を持つこの目がズキズキと痛んでいる。
「元に戻せとは無茶を言いますね~♡ それは零れ落ちた水を全てコップに戻せ、と言っているのと同じことですよ~?」
そう言ってアテナイは微笑む。
「……ッ! じゃあ、ギネビアさんの子供は……その種のままか⁉ 木になったまま戻らないのか⁉」
「ええ」
ええ———じゃない。
そんな平気な顔で肯定していい事じゃない!
「つまり、お前は何の理由もなく産まれたばかりの赤ん坊を殺したわけだな⁉ 神よ!」
「別に理由もなくはありません。同意の上です」
「同意……?」
目線を今度は、神からダンとギネビアに向ける。
ギネビアは顔を手で押さえて泣き崩れていたが、ダンの眼からは一滴の涙も流れていない。ただ、悔しそうに拳を握りしめて目線を下に逸らしていた。
「あんたたちは……赤ん坊がこうなることを知っていたのか⁉」
「……仕方がないんです」
「仕方がないって……! そんなわけ……!」
「あなただって街を見たでしょう⁉ このサルガッソの街を!」
ダンが叫ぶ。
「あなたは〝子供〟の姿を見ましたか⁉ この街のどこかで見かけましたか⁉
「それは……いなかったけど、少ないだけで……」
「いないんですよ! 一人も! このサルガッソの街なんて子供はどこにも! いや……いる……いるにはいるんですが……全員、僕たちの犠牲になっている。僕たちの養分に成っている……!」
ダンはそう言って窓の外を指さす。
そこには横並びで植えられている人面樹———マンドルグの木が。
人の顔に見えるそのコブの口元が、震えて見える。
———タスケテ、タスケテ。
そう言っているように見える。
「ええ♡ ちゃんと子供たちはいます。此処に———」
そう横から口を挟むのは神・アテナイだ。
彼女は赤ん坊だったマンドルグの種を抱きしめて、
「子供たちはこうして大人たちの養分となって、血となり肉となり———生き続けるのです。永遠に」
「————ッ! 不老不死ってそういうことかよ! 500歳ってそういう事かよ!」
ダンとギネビアを振り返る。
「子供を犠牲に……子供を殺して自分たちが生きながらえてきたのか⁉ そうやって寿命を延ばしてきたのか⁉ そんな……くだらない執着のために……!」
「仕方がないでしょう! この街はそういう街なんですよ! みんなが〝そう〟しているのなら、僕たちだって〝そう〟するしかないでしょう!」
ダンは叫ぶ。
叫び続ける。
「僕たちだって子供が欲しい! ちゃんとこの手で育ててみたい。人間として生き物としてそれは自然な欲望なんですよ! だけど……できない……! みんな我慢してるから……黄金の果実。不老の魔力を与えてくれる〝マンドルグの果実〟を実らせるには生命力が溢れている子供を種に変えることでしか作れない……だから僕たち、サルガッソの住民は不死の命と引き換えに生まれたばかりの子供を神さまに捧げて———種にしてもらう。そうして実った果実で一日でも長く生き長らえる。そんな生活を続けるしかないんだ! 僕だけがやめるわけにはいかないんだ!」
「そんな理屈!」
「あなたにはわからない! 外から来た人は羨ましいですよ! 子供が育てられて! 僕たちはこんなに辛い思いをしているのに!」
「本当に辛いと思っていますか?」
「当たり前だ!」
「じゃあ、どうして涙を流していないんです?」
「…………ッ!」
「ギネビアさんも、本当は……
「…………」
彼女は———顔を上げることはなかった。
「イルロンド君。あなたは本当にわかっていませんねぇ。人間にとって、生物にとって〝生きる〟というのはこの世界に生れ落ちてから下される最優先事項です。その最優先事項にこの街の人間は従い、それに沿える〝環境〟がある。ならその本能と言う名の命令に従うのが筋と言うものでしょう? どんなものを犠牲にしても」
「自分の子供の命でもか?」
「自分の腹から生まれモノでも、所詮は違う命です。ネズミを飼ってみたことはありませんか? そしてエサをやり忘れたことは? あれは例え母親といえども飢えれば自分の子供を喰います。生き物というのは極限になれば平気で他の命を喰らうのです。それとどんな関係性であろうが———〝生きたい〟という本能には敵わない。最もこの街の住民が極限状態化と言われたら微妙ですが……」
そして、アテナイは「フフフッ」と笑った。
可笑しそうに。
「……わかったでしょう。イルロンド・カイマインド」
外から、イリアとバハムが歩み寄って来る。
首を振り、全てを諦めたような———全てを覚悟したような……!
そうか……こいつと話しても、もう無駄なんだな……。
この街の住人と話していてももう無駄なんだな。
「ああ、わかった———」
俺は、右目の【魔眼】に熱がこもるのを感じる。
魔力の、俺の意志に、感情に魔力が反応している———熱だ。
「———この世界は腐っている‼‼‼」
【
瞬間———破壊の力が神に向けて炸裂した。
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