第36話 出産、そして……、
———おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ‼
サルガッソ修道院北側にある医療棟。
そこにギネビアさんを担ぎこんだ俺たちは修道士たちに見つからないように、ギネビアさんを乗せた台車を修道院前に止めると草葉の陰に隠れ、旦那であるダンさんが修道院の中に入っていくのを見守っていた。
そして医療棟の中に入っていくのを見終えるとしばらく待っていたが、やがて赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「やった……!」
医療棟の窓からわずかにギネビアさんの出産の様子が見える。
流石に彼女はベッドの上で寝転んでいるので、角度的に姿は見えないが、年齢を重ねている修道女が赤ん坊を持ちあげているところから、彼女が無事に赤ん坊を産んだということがわかる。
その様子に安心し、思わずガッツポーズを取り一緒についてきたバハムとイリアもそれぞれの表情を見せる。バハムも「敵ではあるがやはり命が生まれるのは美しい……」と感動しているように病室の様子を見つめ、イリアも、イリアも……医療棟に背を向けて涙を流している。
そして、イリアは俺の服の袖をクイクイと引く。
その仕草にどういう意味があるのかはわからないが、早く帰ろうというのだろう。
俺達がいるのは修道院の敷地内の生垣の裏。
通路でもないそんな場所には滅多に人が来ないが、人が来ないゆえにいざ見つかった時に言い訳のしようがない。
「……そうだな。無事に赤ん坊が生まれるのを見届けることができたし、ダンさんの家に戻ろ、」
と、出入り口に向かおうとした時だった。
「うっひゃああ‼」
バハムが素っ頓狂な声を上げる。
「大声を上げるなよ! 見つかる!」
「す、すまん……だが、この顔に驚いてしまって……」
「顔? ああ……マンドルグの木か……」
黄金の果実をつけた人面樹がすぐそばにあった。
その顔はバハムが驚くのも無理はなく、目と口を縦に大きく広げたような、恐怖に叫んでいるような顔に見えた。
「ムンクの叫びみたいな顔しているんだ。目の前でいきなり見たら怖いよな」
「むんくのさけび……? イルロンド様、それは一体なんですかな?」
「絵画だよ。だけど気にするな、言ってもわかんないから」
「そんなことはありません! このバハム、実は竜迅族絵画コンクールで銅賞をとったことがあります! 絵に関しては少しうるさいですぞ!」
「いや、その絵画コンクールの規模もわかんないし、銅賞って絶対凄くな、」
———ケテ……スケテ。
「……今、バハムなんか言った?」
「いえ? 何も?」
「……………」
いや、絶対に何か聞こえた。
「誰かが、『助けて』って言っていなかったか?」
「そんなわけがないでありましょう、イルロンド様。子供が生まれてめでたい、」
———ケテ……スケテ!
「いや! やっぱり聞こえる!」
聞こえる方角は————。
「マンドルグ……?」
に、浮かび上がる人面のコブ。
目と口のように見える穴から確かに————、
———タスケテ。タスケテ‼
「うわああああああ‼」
「どうしました⁉ イルロンド様⁉」
「動いた! 今、はっきりとそのマンドルグの顔が動いた!」
「動いた? そんなわけ……これは木でしょう?」
バハムが呆れたように俺を見たあと、マンドルグの顔へ目をやるが、彼女に見つめられるとマンドルグの顔はピタリと動くのをやめている。
「いいや! 俺は見たんだって! 確かにマンドルグの顔が動いて、助けてって!」
「そんな木が動くわけ……魔界の木なら別ですが、こんな魔力が枯渇している人間の大地なぞ」
「土地とか関係ないだろう! 動くものは、」
クイ、クイクイ……!
袖がまた引かれた。
イリアだ。
早く帰ろうと急かしているのだ。
「ああ……そうだな、急いで修道院を————、」
出よう、と言おうとした瞬間だった。
イリアが俺を見ていないことに気が付いた。
彼女は視線を釘づけにしていた。
どこに?
「……何だ?」
———病室に。
そこでは、ダンさんがいた。
赤ん坊を抱えたダンさんが————神・アテナイに、その赤子を受け渡していた。
「……え?」
父親が生まれたばかりの子供を神に渡している。
偉い人間に触れさせるのは、そこまでおかしなことではない……とは思う。
だが、ギネビアさんが見えた。
ベッドに横になっていて、ここからでは角度的に見えないはずのギネビアさんが、起き上がっていた。
必死に手を伸ばして———自分の赤子へと。
神・アテナイが————天に掲げる自分の子供へと。
「え?」
〝このこをてんにささげます……〟
神・アテナイの唇がそう動いた。
その瞬間————アテナイが触れていた赤ん坊が光に包まれ、消えた。
霧散した。
そして、神・アテナイの手には種が残った。
大きな大きな、手のひら大の植物の種。苗のような種が。
「———え?」
俺の目の前で、一人の赤ん坊が生まれた瞬間にこの世界から消え去った。
目が———痛い!
【
そのあと、何が起きたかあまり覚えていない———。
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