第35話 わがままを言いだすギネビア

 産気づいたギネビアが「ウゥ……! ウゥ……!」と呻き続ける。 

 その声を聴くと、早く何とかしなければと焦り回りをキョロキョロと見渡し、


「医者! 医者は何処だ⁉」

「この街の医療機関は修道院しかない……しかないけれども……!」


 グッとなぜかイリアが言葉に詰まった様子を見せる。


「修道院しかないんだな⁉ あ、そっかさっき修道院に行った時に医療棟が何とか言っていたものな。そこになら医者がいるんだな⁉」

「…………」

「じゃあそこに!」

「連れて行かないで!」


 連れて、行こうとした俺をギネビアが遮る。

 他ならない、産気づいて一番つらいであろう彼女が修道院に行くことを拒否し出した。


「え……ギネビアさん、今なんて?」


 聞き間違いかと思った。

 子供が生まれるのなら、一番安全で確実な医者の元で産みたいだろうにと普通は思う。


「行かないで……私を、この子を連れて行かないで……! 私はここで産む。教会の手を借りずに、ここで……!」

「ここでって……こんな小汚いところで……」


 普通に失言をしてしまう。

 だけど、そんなことを後悔している場合じゃない今は一刻一秒を争う。


「ギネビアさん。赤ちゃんはちゃんとした綺麗な環境で産まないとダメなんです! 雑菌が繁殖している環境で産もうとすれば、母子ともに危険なんですよ?」

「それでも……ここで産む……!」

「ここでは羊の肉や血を媒介にどんな雑菌があるか……」

「それでも人間は昔は原っぱで子供を産んでいたんだろう⁉ 何万年も前から女は必ず病院に行って産んでいたわけでもあるまいし……! うるさい! あんたらは黙ってて! あたしは、ここで……産む! 絶対にこの子を生かしてみせるんだ!」


 そして、彼女はなんと立ち上がった。


「ギネビアさん!」


 立ち上がって、のそ……のそ……と椅子から藁のベッドがある場所まで自力で向かって行こうとする。


「無理をしないでください!」


 ふらつくその身体を抱きかかえるが、それでも彼女は俺を振り払おうとする。


「うるさい! この子を、教会の連中にわたしてなるもんか!」

「教会の連中に渡すんじゃなくて、一時的に教会の手を借りるだけでしょう⁉」


 俺にとって教会の、ゼクス教の連中は敵だけど今はそうはいっていられない。

 医療技術と設備が必要だ。

 それは街の中心部にしかない。


「ギネビア」


 ポン———と彼女の肩を叩く男がいる。

 ダンだ。

 当然、彼女の旦那が優しい言葉と共に肩に触れ、落ち着かせようとする。


「我儘を言ってはいけないよ。その子を安全に産むのは僕たち市民の義務なんだから」


 諭そうとする。

 精一杯、冷静で優しい声で。

 そうだというのに、なぜかギネビアの体は震えていた。

 ガタガタと明らかに恐怖で震えていた。


「だ、だけどさ、ダン。この子には、この子にだけは未来があってもいいじゃないか。あたしらはこんな街の端っこで、嫌われる仕事をしていつも頑張って来たんじゃないか! ちょっとぐらい、人間らしいことをして許されたっていいだろう⁉」


 涙ながらにダンに訴えかけるギネビア。


「な……何の話……?」

「ギネビア。みんな同じなんだ。サルガッソに住んでいる人たちはみんな、この苦しみとこの罪を背負って生きているんだ。子供を産む苦しみを味わって生きているんだよ……」

「あんたはしょせん男だろう⁉ 男にはわからないよ!」


 わああああ、とギネビアは泣き崩れる。

 もう、動く体力もなくなっていた。


「……イルーゾォ君、イリアちゃん……そしてそこの魔族の女の人。申し訳ないが協力してくれないか? 妻を修道院にまで運びたい。そこでしっかりと産んでほしい」


 ダンの真剣な頼みを俺達は受け入れ、急いで荷馬車を準備した。

 外に出て、家の壁に立てかけてあった木の箱に車輪を付けただけの簡易的な荷馬車。普段はそれに羊の肉や毛を入れているようで、血や毛の一本が残っていたが、清潔な布を敷いて、ギネビアを寝かせる。


「産ませてくれ……この家で産ませてくれぇ……!」


 目を閉じ、寝言のように呻き続けるギネビア。

 一方でイリアは、ずっと苦虫をかみつぶしたような表情をして前を見ていた。ギネビアを見ようとしていなかった。

 意図的に、彼女は目を逸らしていた。

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