第34話 不死の街は楽園か?
俺達はダンから別室に招かれ、夕食を振舞われた。
それは質素なものだった。
ライ麦パン一斤と羊の焼かれた肉に塩コショウで味付けされたもの。あと金色の炭酸が入った飲み物が振舞われた。
「ごめんね。ウチは余り裕福じゃないからそれだけしかお客人には振舞えないんだ」
「いえ、それはいいんですが……これは酒ですか?」
「はい、そうですが?」
「酒っていうと……
黄金の炭酸水を持ちあげながらダンに恐る恐る尋ねる。
フィレノーラ要塞のことを思い出す。あの酷い有様を。神の酒を飲んで享楽に酔い、全く状況もわからずに、何も考えることなく死んでいるような人間たちのことを思う。
ダンの出してくれた酒もまた、快楽におぼれさせて思考力を奪う、そんな劇物なのではないかと疑ったが、彼は笑い、
「ハッハッハ……あのような高級なお酒はうちでは買えませんよ。それは普通の
彼の奥には蛇口が付いている樽が見える。
「私コレ嫌い……」
イリアが珍しく我儘を言い、ビールを遠ざけた。
「あら! イリアちゃん相変らずビールが嫌いなんだね。じゃあちょっと水で薄めるから」
「その水は貰えないの?」
「水は希少品。お客さん相手でも滅多なことじゃないと振舞えないの。子供の頃は薄めていないビールで我慢できていたじゃないか」
「うん……でも……」
「え、ちょっと待って」
イリアは子供の頃しばらくこの家で暮らしていた、ギネビアの元で育てられていた時期があった。だからその頃の懐かしトークをしているのだろうが、現代日本から転生した俺としては引っ掛かる部分があった。
「子供の頃は薄めていないビールで……ってその言い方なら、イリアは子供の頃ビールを飲んでいたような言い方ですけど」
「飲んでいたわよ」
イリアが答える。
「飲んでいたって? 未成年飲酒!」
「何を言っているんだい、普通の井戸水何て瘴気が溜まっているから飲めたもんじゃないよ。ちゃんとビールとして発酵させてアルコールで消毒させないと」
ギネビアが何を当然のことをと言いたげな顔でビールを飲む。
「サルガッソの街は水道設備が整っておらず、生活用水は街の中心を流れるバミューダ川尾を使っています。下水と兼用していれば、まともに飲む水ではなくなります。例え一度井戸に移してろ過したとしても、まだ瘴気は残っている。だから発酵させるんです」
ダンが知的に説明してくれる。
「ですが、ビールには独特の苦みがあるのでそれは子供は嫌います。そのために綺麗な水で薄めるのですが、綺麗な水はこの辺りでは手に入りません。なので近くの山の山頂まで行って、そこに溜まっている雪解け水を使っているのです。そういう非常に手間をかけているのですから、水の方がビールよりも高くなるのは当然です」
「へぇ~……そういう生活をしているんですか……」
「どこもこうだと思いますが? イルーゾォさん」
ジトリとダンはビールをすすりながら、俺を探るような目を向ける。
やばい、俺が本当は帝国の人間であることがバレる。
「は、ハハハ……! と、ところでお二人とも!」
話題を変えなければと、俺は先ほどからずっと気になっていたダンとギネビアの夫婦の夕食のメニューを指さす。
「俺達とは違って、二人とも随分と簡素……というか、さもしい夕食ですけれども、」
ダンとギネビアの前にあるものは一杯のビールとリンゴのような果実が一切れだけ。
それだけしかない。
「それだけで足りるんですか?」
「ああ、私たちはこの街の住人だからね。
「黄金の、果実……!」
あの、人面樹から実る果実。
「これの一切れだけで、一日の活力が得られる。それにこれを食べていると歳を取らない」
「歳を?」
「ええ、僕の外見を見て何歳に見えますか?」
ダンが自らの胸に手を当てて尋ねる。
「何歳って……35ぐらいですか? いや、もっと若いかも……」
ダンもギネビアも顔に皺こそ刻まれているものの、そこまでたくさん皺があるわけではない。それに肌にありがあり、手足にちゃんと筋肉がついている。中年に入る手前の若者といった外見だ。
「これでも———500歳を過ぎたばかりです」
「ごひゃッッ……⁉」
「妻は僕より少し年上で、550歳にもうすぐ届くほどです」
「こら、女の年齢を勝手にばらすんじゃないよ!」
と、ギネビアがダンの肩を叩く。
そんな、朗らかなやり取りができるような情報じゃないだろう……。
500年も平気で生きているなんて———異常だ。
そんな若々しい外見で生きていけるなんて……。
「もしかして、街で見かけたあの人たちも……!」
「ええ、この街の人間の平均年齢は700歳を超えています」
「ど、どんだけ超高齢化社会なんですか⁉」
そんだけ老人の多い街なら、若者の負担がとんでもないことになるんじゃないか……。
いや……。
「あ、だからダンさんは働いていたんですか?」
「ええ」
現代日本人の尺度で考えると、500歳のダンは働からずに引退していてもいいはずなのに、それでも羊の解体作業をやっていた。
人が死なない社会と言うことは、子供を新しく産む必要がない社会だ。
だから、ずっと働き続けないと社会が回らない。
永遠に人が生き続ける社会と言うのは、永遠に働き続ける社会と言う事だ。
それはあまり……幸せそうじゃないなぁ……。
「でも、よくこんな社会でダンさんたちは子供を産む気になれ、」
と、俺が無遠慮な質問をしかけた時だった。
「う、ウゥ……‼」
突然、ギネビアが呻き始めた。
「産まれる……!」
大きく膨らんだ———お腹を押さえながら。
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