霧島すずは忘れない


 あたしは呆然として、その屍体を見下ろした。


「龍臣……」


 肉体の中心から引き裂かれ、心臓を露出させたまま、級友が断末魔の表情で固まっている。


「あらまあ、スプラッタ」


 背後からの声に裏拳をぶちこみ、あたしは龍臣のそばにうずくまる。


「おまえが負けるとか、どんな相手だよ」


 正直、信じられない。

 龍臣の背負っていた悪霊の強さは、飛び抜けて強力だったはずだ。

 なぜなら、宿主が死んでなお、


「かたき、うって、かたき」


 その人形は、ぴくぴくと動きながら、龍臣の腹の中から這い出してきたのだから。


「あらやだ。狗神じゃない、これ」


 サダヲが無造作に手を伸ばし、龍臣の腹から赤黒い血にまみれた日本人形を引っ張り出す。


「たつおみ、ころした。まがった、つの。だいがくせい、むかい」


 人形がカタカタと蠢く。

 ぴくり、とあたしの肩が跳ねる。

 あの大学生か。いちばんワケアリらしい、あやしげなやつ。

 最初から狙いをもって、この場所にやってきたのだろう。


「わるいやつに出会ったな、龍臣。ほんと、ツイてない。まさに天罰テキメンだったな……」


「かたき、うって、かたき」


 人形がサダヲの腕から逃れ、アタシの足元に寄ってくる。

 あたしはしばらくその不気味な姿を見下ろしながら、もう怖いという気持ちのカケラもなくなった自分の心を、ひどく寂寞とした思いで省察する。


「かたき討ち? 何人も殺したプレイヤーが、どの口で」


 むしろ討たれるのは、自分のほうだろう。

 まあ古い仲間に哀悼の念くらいはある。

 あたしは懐に手を入れ、千夏から引き継いだお守りを、人形の首にかけてやる。


「返すよ。おまえの主人のものだ」


「かたき、うって、たつおみ、かたき」


「同じだよ、行き着く先はな。……ついてくんな」


 歩き出すあたしの背後を、ぴょこぴょこと追いかける呪いの人形を、サダヲが複雑な表情でふりかえる。


「他人とは思えないわ」


 だろうな。粘着する側としては。


「甘やかすな。捨て猫みたいなものだ。なつかれたら始末がわるい」


 これ以上、だれに粘着されても同じような気もするが。

 傲然と歩を進めるあたしの前方に、なぜかサダヲが立っている。

 さっきまで後ろにいなかったか? こいつ。


「……どうしたの? すず」


「おまえ、地上の移動は苦手なんだろ?」


 ああ、その話、とばかり、サダヲは中空に視線を投げ、へらへらと笑った。


「敵を討つ討たないはともかくさ、足手まといにならない程度には、強くなってるみたいよ、アタシ」


 その影に、高速移動の死神看護婦、怪力のヒバゴン、そして精神汚染の猿獏の姿が重なって見えた。


「なんの手品だ、それは」


「ごめんね、理解するのに時間がかかって。けど、わかっちゃったら、あとは簡単。うふ、アタシ意外に頭いいのよ?」


 倒した敵の力を吸い取って、自身のレベルを飛躍的に向上させる。

 この世界のルールのために、死んでいった者たちがいる。

 いまここで龍臣が死んでいるのも、おそらくそのせいだ。

 サダヲは、にやりと笑い、


「ひとことだけ聞いといてよ、すず」


「さっさと言え」


「あたしさ、生前はプログラマーだったのよね。二丁目の……」


「わかった、以上だな」


「ちょっと待ってよ、ごめんって、じゃあ二言三言、聞いてよぉ」


「めんどくさいやつだな、さっさと言え」


「えっと、魔術回路ってわかる? だからごめん、説明するから。この世にルールがあるように、あの世にもルールがあってね。この世では物理学とかそういう世界で、そのルールが数式化されてるでしょ。あの世でも、そういう理論を取り扱う学問があるわけ。錬金術とか神秘学に通じる世界だけど。まさにそれを現世的に表現するのが魔術回路。たとえば皮膚に特定の文字を書き込むことで、一種の〝防壁ファイアウォール〟ができたりする」


「長すぎだぞ。結論を言え」


「結論は、おかげで強くなりました、って話」


 シャカシャカシャカ!

 と素早く手を動かして、高速匍匐前進をするサダヲ。その先で立ち上がり、マッチョポーズをとる。

 ……だれが突っ込んでやるか。


「わかった。じゃあ行くぞ」


「冷たいわねえ。ぶっちゃけ、お役に立つと思うのよ?」


「いまさらだろ。最後のやつみたいに、精神攻撃をしてくる敵には、いくら力が強くても意味ないだろうしな」


「あのときもさ、あたしの中に組み込まれていたヒバゴンのを実行していたら、余裕で勝ってたような気がするのよね」


「は?」


 聞き捨てならない。

 あたしが本気出してる間、こいつテキトーぶっこいてたわけか?


「待ってよ。過ぎた話はともかく、これからのアタシに期待してほしい、って言うか? 最初に言ったとおり、魔術回路ってプログラム言語みたいなものでね、アタシの専門分野なわけ。ほんと、いまさら気づくとか恥ずかしいことこの上ないんだけど、プログラムを最適化することで、圧倒的なパワーを出せる可能性があるのは確かよ。

 業界の常識としては、ふつう、ソフトとハードのバランスをとって開発するものなのね。たとえばソフトだけ高度でも、走らせるマシンパワーが足りないと、あんまり意味がないの。けど、この土地で敵を倒すってことはさ、新しい種類のソフトを手に入れると同時に、めっちゃ高速のCPUをも手に入れる、みたいな感じなのよね」


「もういい。黙ってついてこい、オタク野郎」


 理系はこれだからムカつくんだ。もう聞いてなんかやらん。こいつ、あたしをバカにしたいだけだろ。

 しかしサダヲはおかまいなしに、背後を匍匐前進しながらべらべらとしゃべりつづけている。


「問題は手に入れた複数のソフトを処理するために、マルチコア化したCPUの性能を最大限に引き出す必要があるところなのね。そこでと呼ばれた、天才ハッカーの出番。選ばれしプログラマーだけに許された高度な創造的構築、っていっても、これアタシだけの手柄じゃないのよね、じつは。

 画期的なインスタンスってほんと、人類が蓄積した共有の宝だと思うわ。西のほうに住んでる天才がね──けっこうかわいいんだけどアスペねあれは──趣味で将棋ソフトとかつくってる変人なのよ。で、そいつの論文チラ見したんだけどさ、量子計算の組み合わせに、非フォンノイマン型指向のアーキテクチャを提案してて、まあそれがこの魔術回路にドンピシャ」


 その理屈を理解できること自体が天才的なのかもしれない、なんてことを認めてやるつもりは、もちろんない。


「黙ってろ。いや、勝手にしゃべれ。もうなにも聞こえん。最高の音だぜ、ぞくぞくするわ」


 あたしの指が、中空に高速のリフを奏でる。

 耳に放り込んだ音源からは、スラッシュのギターが揺らいで響く。ピックスクラッチとグリッサンド、交錯するノートが、最高のノイジーサウンドを奏でやがるぜ。マッシュアップ! ヒャッハー!

 ……なんだよ、サダヲ、こっち見んな。おまえはツーバスドコドコ叩いとけ。その薄汚い長髪、振り乱したらクソ似合うわドラム。


「いやね、ぞくぞくするのは、その音楽のせいだけじゃないと思うわよ」


 声は聞こえないが、なんとなく言っていることを理解できることが悔しい。

 サダヲは、背後の小高い山を振り仰ぐ。

 見上げれば、最初に訪れた神社。

 尋常ではないモノが、あそこに、いる……。


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