向井清純は反省して見直す
こいつ、まだなにかあるのか。
ぼくは眉根を寄せ、数歩退いた。
「そうだ、狗神を侮らないほうがいいぜえ。弘法大師の時代から、闇の眷族の一角を張ってる連中だからなあ」
高校生は傷口から血を滴らせながら、へらへら笑っている。
「たしかに狗神は手ごわいが、一匹や二匹なら折伏するのはそれほど難しくは……」
言いかけて、口を閉ざさざるを得なくなった。
一匹や二匹では、ない。
服の隙間から無数の蛆虫のような、小さな狗神がつぎつぎと湧き出してきたのだ。
それはぞわぞわと彼の皮膚を這いまわり、ぼたぼたと周囲に落ちて、血溜まりのように広がっていく。
「馬鹿な、こいつは……」
ありえない。こんなことは、まさか。
狗神は、狗神筋の家の納戸や箪笥、水がめに、たいせつに飼われているという。
一人に一匹という説もあれば、数は決まっていないとも言われる。
「狗神さまだ。敬って、思い知れよ。こいつらは生物、無生物を問わず、なんにでも侵入して、操り、捻じ曲げ、食らい尽くすぜえ」
「こいつ、体内に狗神を、飼っているのか」
さらに数歩、距離をとる。
「言っただろ。俺の肉はうまいんだって。……なにしろ、そのために生かされてるんだからな、俺は」
「……なるほど、そういうことか」
ぼくの表情には、はじめて焦りのようなものが漂ったかもしれない。
高校生は一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、すぐにいつもの不敵で傲岸不遜の態度にもどるや、大仰な所作で叫んだ。
「まいれ、祟り神! 汝が
高校生の腕の動きに合わせて、無数の狗神が集まり、鞭のように打ち下ろされる。
ざん、ざん、ざしゅん!
無数の狗神が、高校生の動きに合わせて波打つように、ぼくを取り巻いて走る。
前方では二匹の鬼が、必死の形相で反撃していたが、相手は本体の特定できない集合体のようなもの。
殴りつけ、飛び散ったもの、ひとつひとつが意思をもって食いついてくる。
鬼の全身から鮮血が舞い、怒号と憤怒と激痛の絶叫が、赤と黒の舞台を恐ろしい模様で彩っていく。
「くそ、これは……予想以上だな」
侮っていたよ。この力、まちがいなくA級だ。
「準備運動じゃなかったのか、ええ鬼っ子よォ! ああそうか、死ぬ準備は完了しましたってかァ?」
オーケストラを指揮するコンダクターの動きに合わせ、悪魔のタクトがあぎとを開く。
高校生の右手の先が前鬼を、左手の先が後鬼の肉体を、ぞぶり、と噛み砕く。
「うぉおーろぉおーん!」
「ぎゃいぁあぇあーあ!」
二匹の鬼は深刻なダメージを受け、叫びながらその場に膝をつく。
ここまでとはな。すさまじいよ、高校生、認めてやる。
だが……。
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