曾我部龍臣は肉体そのものが兵器
「だからよ、オレはあいつを見つけてやらねーとな」
オレは赤い月を見上げ、独り言のようにつぶやいた。
なぜか、すずの顔が思い浮かんでしょうがねえ。
あいつもいまごろ、この村のどこかで戦ってんのかな。
あいつのぶっ壊れた心だけが……あのヒビワレた向こう側に隠れた目だけが、オレの心をちゃんと見てくれる。
そんな気がする。だから、あいつを見つけて……そう、とにかく戦わないようにはしないとな。
「龍臣、好きなのか、死にたがりの女」
「うっせーよ、縫。男の純情に口を挟むんじゃねえ」
「本気か、龍臣、笑わせるな、バカのくせに」
「だれに似たんだ、その口のわるさは。──しかしおまえ、ほんとすずに似てるよな」
まじまじと人形を持ち上げ、見つめる。
ぽっ、と頬を染める呪いの日本人形。
「な、なに赤くなってん……」
言いかけて口を閉ざした。
どうやら、遊んでる場合じゃなさそうだ。
人形の頬を赤くした月の光を浴びて、山なりに蛇行した道の向こうの先から現れる人影。
──クソイラつくぜ。自分はなんでも知ってるんだぞって態度の大学生。
村の中央の十字路、逢魔が辻にて、不期会敵遭遇戦、ってか。
「さあて、どうすっかな」
人形を肩に乗せ、相手を観察する。
二人連れ。かなり後ろに、にゃんにゃん言うバカそうな女が付き従っている。
どうやら互いにルールを把握した上で、戦わない選択をしているようだ。
ふざけやがって。その関係はオレとすずのもんだぞ、この野郎。
「ああ、きみか。罰当たりの高校生」
男の声のほうに視線をもどす。足元に、重苦しい空気が集まってくる。
こいつは……やれやれ、そうきたか。
「いきなりやっかいな相手と出くわすもんだぜ、くそったれ」
「いきなり? おいおい、高校生。きみはもう殺しているだろ? ルールも把握しているはずだ。そのおしゃべり人形に聞くまでもなく、な」
人形の口がカタカタと揺れる。
「龍臣、あいつ手ごわいぞ、密教の本山、曲がった角……」
「黙ってろ縫。──まあ、どの道ぶっ殺す相手だ。順番なんざ関係ねえな」
ぶんっ、とさっき拾ってきたピッケルを振りまわす。
雑然と積まれた家族連れのキャンプ道具のなかに、武器になりそうなものをあさった結果だ。
男は、しばらく興味なさそうにオレを眺めていたが、斜め背後で動こうとする女を制し、
「いや、かまわんさ。きみは離れていろ。──最強の化け物を前に、中堅程度の悪霊を試し斬りするのも、まあ悪くない準備運動か」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえぞ、タコスケが。一人殺すも二人殺すもいっしょだ、てめえも地獄へ道連れにしてやんぜ」
突進し、お互いの距離がある範囲を越えた瞬間、黒い靄がぶわっと盛り上がり、弾けて混ざった。
戦闘、開始。
行くぜ、言われるまでもねえ、ゲーム開始だ。
皆殺し、皆殺し、皆殺し──うっせえよ、わかってらァ!
迷いのない殺意をこめて振り下ろしたピッケルが男の頭部を叩き潰そうとした瞬間、それは中空にピタリと止まり、微動だにしない。
「く、なんだこりゃ、てめえ……っ」
勢いあまって倒れこんだオレが顔を上げたとき、そこには恐ろしいものが立っていた。
「あまり早く片付けるなよ、
「鬼……かっ」
ぎろり、と鬼の目がオレを見下ろす。
飛び退いたその上を、鬼の豪腕がかすめて振りまわされる。
直撃を受ければひとたまりもないような怪力。
オレはきりきりまいしながら、どうにか距離をとる。
「すごいにゃ、向井にゃん……」
幕の外で女が目を見開いている。
お仲間に見せびらかすのは初めて、ってか?
──おいおい、見ただけで何ガタガタ震えてんのよ。そんなたいそうなもんじゃねえだろうがよ? ああ? おいよォ、震えるなって、
「ってんだろ!」
オレは自分の足を思い切り殴りつける。
「やれやれ、このくらいでビビって戦意喪失じゃあるまいね、高校生?」
男はポケットに突っ込んだ手を出しもせず、くいっと顎をしゃくる。
と、その影から鬼がもう一匹、姿を現した。
「なんだよ、くそ、二匹も連れてんのかよォ」
メーターを振り切ったかのように、足の震えはおさまった。
赤鬼と青鬼が、男の左右に陣取って、棘つき棍棒と
それは青いほうが雄、赤いほうが雌のようだった。
「前鬼と
男の言葉を跳ね返すように、オレは胸をそらせ、目の前の敵をじっと見据える。
こいつァやべえかな。
たらり、と流れ落ちた脂汗を、その下で受け止める小さな身体に気づく。
「あたし、メリーさん、メリーさん」
そこでは縫が、自分の存在を主張しようとするかのように、かくかくと揺れていた。
男が侮蔑的に笑う。
「頼もしいねェ、高校生。お人形さん遊びかな、ああ?」
縫の動きは小動物のように小刻みで、不規則な痙攣を伴う。
まあ、だれがどう見ても不気味だわな。
オレは苦笑しつつ抱き上げると、一瞬表情を消し、覚悟を決めた。
あとはもう、薄笑いしか出てこない。
「おとなしくしてろ、なんてもう言わねえよ、縫」
悪いのはてめーだからな、鬼なんざ出してくるから、こういうことになる。
「メリーさん、腹減った、食べていいか、メリーさん」
「ダメと言っても食うんだろうよ、あーあ、かわいそうな羊さん」
ぞぶぞぶぞぶ、と人間の干し肉で作られたという人形の皮膚を、内側から食い破ってくる小さなもの。
「
目を細め、ポツリとつぶやく男。
ほう、予想の範疇ってか。あんまり驚いてねえようだな。まあ、この程度で驚かれても困るが。
大きさは、若干大きめのネズミ。斑があり、尻尾の先端が分かれている。目が見えず、モグラの一種に近い。
「よくご存知らしい、さすが鬼っ子」
「キツネやイヌの霊に取り憑かれる都市伝説は、腐るほどあるからね。うちのメインビジネスでもあるわけで。その手の御祓いは」
「取り憑かれる? 惜しかったな、うちの場合はちょいとちがうんだよォ」
オレは狗神を右手でつかむと、自分の太ももにその口を当ててやる。
直後、鋭い痛みに一瞬だけ眉をひそめる。
鮮血が溢れ、狗神の口が赤く染まる。
男は目を細め、
「自分の肉を……」
「食わせてやらないと、働かねえんだよ。こいつらは大喰らいの上に、怠け者でなあ。目先の利益で釣るしかねえんだ。が、言い換えれば、肉さえ食わせりゃなんでもするぜ。それだけ価値があるんだ、俺は肉にはな。なぜなら……」
そこまで言って、自嘲気味に笑う。
さあ、晩餐だ。派手にやろうぜ!
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