一条巴は先祖の闇落ちを見届ける
「……無念の、死霊、集めてる、おじいちゃん、まさか」
ルール上、外部から助けを得ることはできないが、自身の魔力に起因する召喚術ならば問題はない。
どうやら、そういうこと。
私の守護霊は、その高い魂の位を捨て、日本の暗黒面につながる扉を、自身の魂を鍵として、開こうとしている。
「いかな美辞麗句で飾ろうと、軍は、やってはならぬ戦術をとった。わしは認めぬぞ、断じて認めぬ。あたら若い同胞の命を、あのような方法で散らせるべきではないのだ」
おじいちゃんを中心に、禁断の魔術回路が組み立てられている。
そうだった。おじいちゃんは、歴代の一条家のなかでも傑出した霊格の持ち主。
本山は別格としても、強力な魔術回路を描くことのできる知識と資格を持っている。
それを使って、まさか。
「おじいちゃん、待って、わかってる、だったら」
「そう、わかっているのだ。わかっていて、この道をとった!」
老人が血の涙を流して喝破する。
薄っぺらな平和主義や愛国論を拒絶して。
「怖い、やめて、おじい、ちゃん」
「恐れながら、踏み出したのだ! そうせざるを得なかった人間の気持ちも、また一方で認めざるを得ぬ。これ以外に、まともに戦う手段がなかった。だとしたら、それをさせた者に責任はないのか? だれしも喜んで死のうなどとは思わぬ、そこにある断腸の思いを汲んで、認めるしかないのだ、残念だが、それもひとつの真実であるのだよ……巴」
ゆらり、と振り返る守護霊の顔に、鬼の面が重なって見えた。
「ちがう、おじいちゃんはちがう、そんな人じゃ……そうじゃないよ」
「……わしの魂をくれてやる、無念のはらからどもよ、わが子々孫々を守るべく捧げられたこの魂を──わしが持つ唯一の資産、この喜ぶべき資格を──売り払う。そして購おう、禁断の兵装を!」
「おじいちゃん!」
「闇の靖国に集え、神風……特攻陣!」
無念とともに命を散らし、いまも
時とともに多くが癒され、鎮護の英霊として祀られてはいるが、それもすべてではない。
依然、多くの無念の魂が、悪霊となってこの国にまとわりつき、怨念のはけ口と新しい仲間を探している。
闇に売り払われた魂と、代償として執行される軍令。
その陣の内側で、敵と味方は全部死ぬ。
「ぎゃあぁあーああ!」
響き渡る断末魔。
老軍人の突撃を受けた目玉小僧は避ける間もなく、吹きすさぶ神風に飲み込まれて消える。
それは天空を摩して赤い月まで腕を伸ばそうと試み、その途上で息絶えるように消えた。
一瞬、やってきた恐ろしいくらいの静寂。
台風一過を思わせる清冽とした空気が、私たちを包み込んでいた黒い靄を急激に薄めていく。
──それは、守護霊がやってはいけないこと。
魂の堕落。資格の喪失。
彼は二度と私を、子孫を守ることができない。
以後もし私に取り憑くようなことがあれば、ないとは思うが、そのときは悪霊として負の影響しか与えられないだろう。
みずからの守護霊という高位のステージを捨て去っても、悪魔に魂を売り払って「力」を求めた。
老人のその苦渋の選択は、愚かな戦術として一方的に
私たちを包んでいた黒い繭は、自分の内側で、しばらく何事が起こったのかを理解することができないかのように、揺れている。
おかげで、ようやく思い出した。
生き残るのは、ひとり。そういうルールになっている。
第二段階の者どうしが戦えば、そうならざるを得ない。
──だが、そこにいるのが第一段階の者であった場合は、どうか?
お互いに取り憑くものをなくした、無力な人間がふたり。
このようなものを、いつまでも包んでおく価値があるか?
黒い繭は、自分の行動がばかばかしくなった、とでもいうかのように、ゆらゆらと揺れながら拡散していく。
あとには、ぽつねんと、無力なふたりの人間。
「私が、やらせた……」
呆然としてその場にひざまずき、落涙する。
曽祖父の選択しうる道を狭め、梯子を外して追い詰め、自滅の道をたどらせたのは、私。
少年を助け、自分の命も守るために。
本来のゲームの趣旨を逸脱した戦術を、老人はみずから選び取った。
相手の国を滅ぼし、自分の国が生き残る。
──そんな単純なゲームではないのだ。
相手の武器を挫くため、自分自身の命を捨てて、それで両国の無辜の民が生き残れるとしたら。
とある愚かしい戦法に、そのような願いをこめて遂行できるとしたら。
──悔恨せぬ。そして懺悔もせぬ。わしは未来のために、再び死ぬことができた。これを本懐とする。そして
おじいちゃんの、最期の、言葉。
神風の残影が、ひゅるり、とつむじを巻いて消えた。
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