第7話 七色目



「オレは……」


紫吹の視線が、目の前に並ぶ武器たちの上を滑っていく。


──剣、弓、槌、槍、斧、ナックル、杖、そして──


彼の目が止まったのは、槍と斧が一体化した武器だった。

長い柄の先に鋭く湾曲した刃。その裏には突きを可能にする尖鋭。

重さと威圧感があるのに、どこか均整が取れていて、美しい。


紫吹は静かに口を開いた。


「槍斧でお願いします」


受付嬢が少し驚いたように目を見開き、微笑む。


「槍斧ですね。承知しました。初心者では少し珍しい選択ですが、頑張ってくださいね」


紫吹が槍斧を選んだ理由は、いくつかある。


一つ目は──単純に「かっこいい」から。

男の子なら誰もが憧れるロマン。強そうで重そうで、何より“存在感”があった。


そして二つ目は、戦術的な判断だ。


紫吹が最前線でタンク役を務め、御田が機動性を活かして遊撃戦、

西藤が後衛から支援射撃という、三人に合った戦術陣形が頭に浮かんでいた。


「役割を意識するなんて、意外と真面目なんだな、紫吹」


「見た目だけで選んだと思ったか?」


「うん」


「否定しないんだな…」


御田と西藤が軽口を交わす中、紫吹は槍斧を握りしめた。


思ったよりもずっしりとした重量感。だが、手に馴染む。


(悪くない)


そう思った瞬間、心の奥に小さな火が灯った気がした。


「はいっ、これでギルド登録完了です!」


受付嬢が満面の笑みで伝える。


「この世界はファンタジーな世界に変わりつつあります。でも、それ相応の“危険”も増えています。どうか命を大切にしてください」


その言葉に、三人は一瞬言葉を失う。


軽い気持ちで登録しに来た若者の中には、実際に命を落とした者もいると、最近ニュースで聞いたばかりだった。


魔物は“生き物”だ。

殺すか殺されるかの世界で、“冒険”という言葉だけで片付けられない現実が、確かにあった。


「この世界はファンタジーのような夢のある世界に変わりました。ですが、それに伴って現実的な危険も増えています。どうか……ご無事で」


一言添えられた言葉が、妙に胸に残った。


現実──それは、どれだけワクワクした世界でも、決して“死”が消えるわけではないということ。


魔物は、ただの経験値のための存在じゃない。

彼らもまた生きていて──戦えば、命の奪い合いになる。


紫吹たちは黙って受付嬢に頭を下げた。そして、静かにギルドを後にする。


***


「なあ、今日どうする?」


ギルドを出てすぐ、御田が声をかける。


「最初の目標は“ホーンラビット”にしておこう。街のすぐ外にいるはずだし、初級者向けって説明にもあった」


「おおっ、ついにモンスター討伐か!オレ、燃えてきたぞ!」


御田のテンションが一気に上がる。


「うるさいな……声でモンスター寄ってくる」


西藤の冷静なツッコミが入るが、それに御田がめげる様子はない。



***


街の外に出ると、そこは一面の草原が広がっていた。


遠くに小さな丘、さらにその奥には薄暗い森が見える。


風が吹き抜け、空は果てしなく広がっている──それだけで、紫吹たちの心は自然と高揚していた。


「ホーンラビット発見!」


西藤が指をさした方向に、ツノを生やした白いウサギのような魔物が跳ねている。


見た目は可愛らしい。だが──


「突進の威力がヤバいらしいからな。気を抜くなよ」


紫吹が注意を促すと、御田が剣を構える。


「いくぜ!」


ホーンラビットが地面を蹴った。目にも留まらぬ速さで御田に突っ込んでくる。


御田は咄嗟に体をひねり、ギリギリで回避。続けて振り返りざまに剣を振り下ろした。


「くらえ!」


「キュウッ!」


手応えと共に、ホーンラビットは光の粒になって消えた。


【ピコンッ】


STGから通知音が鳴る。


【御田 未虎】

レベル:1

ジョブ:初級片手剣使い

スキル:なし


「よっしゃ!初キルぅぅ!」


テンションMAXの御田に続いて、今度は紫吹が前へ出た。


「行ってくる」


構えるのは、初めて握ったばかりの槍斧。


ホーンラビットの突進を読み、斧の柄で受け止め、そのまま回転させるように横薙ぎ。


「──っらあああっ!」


「キュウッ……!」


二体目のホーンラビットも、光となって霧散した。


【紫吹 陽】

レベル:1

ジョブ:初級槍斧使い

スキル:なし


「いい感じじゃん、紫吹!」


「うん、まぁ、悪くないな」


続いて、最後のホーンラビットに対して西藤が弓を引く。


初心者ではなかなか命中させられないとされる遠距離武器だが──


「ふっ」


ピシュッ!


放たれた矢は、見事にホーンラビットの足に命中。バランスを崩したその身体に、すかさず短剣でとどめを刺す。


「キュウッ」


【西藤 気勇】

レベル:1

ジョブ:初級弓使い

スキル:なし


3人とも、無事に初勝利とレベルアップを果たした。


「なんか、現実味がないけど……楽しいな、これ」


紫吹がつぶやくと、御田と西藤も頷いた。


“戦った”という実感と、その果てに得られた“成長”。


ゲームのようでいて、明確に自分たちの手と足で掴み取った感覚。


まだ何者でもなかった3人が、ようやく自分たちの“道”を歩き始めたような、そんな予感があった。


(この世界で、オレはどんな自分を描くんだろうな……)


空は青く、風が心地よい。


けれど、その先に待っているものは、決して優しいだけの“冒険”ではないことを──

紫吹たちは、まだ知らなかった。




草原に吹く風が、三人の汗をさらっていく。


初めての戦闘。初めてのレベルアップ。


そして初めての──“生死をかけた実感”。


それでも、紫吹の胸には不思議な高揚感があった。


(これはきっと、まだほんの序章)


そう思いながら、槍斧を背負い、彼は仲間たちと草原を進む。


この世界で、“生きる”という意味が少しだけ変わり始めていた。




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