第8話 八色目
ギルドのカウンターに、御田がドロップ品の入った袋を置いた。
「ホーンラビット三体、討伐完了です」
受付嬢がにこやかに頷き、STGクリスタルを操作する。
「確認しました。初任務、お疲れさまでした!」
STGに報酬が反映される。画面に表示されたのは微々たる額だが、それでも達成感は確かにあった。
「……はは、これがオレたちの、初ギルド報酬か」
小さくつぶやいたとき、背後からドン、と重たい音が響いた。
「おいおい、初討伐にしては悪くねぇな、坊主」
低く、渋い声。振り返ると、そこに立っていたのは──
鍛え抜かれた身体に黒革のロングコート、肩に担がれた大剣は使い古されていながらも研ぎ澄まされていた。だが何より印象的なのは、その笑顔だった。豪快で、どこか憎めない。
「オレは後藤伸二(ごとうしんじ)。Cランクの“いけおじ”って呼ばれてる男だ。よろしくな、ガキんちょども!」
「……いけおじって自称だったのか……」
御田が小声でつぶやく。
「聞こえてんぞ、坊主」
にやりと笑ったガルドがカウンターの椅子を引き、紫吹たちに向き直る。
「初任務ってことは、まだまともに戦い方も知らねぇってことだろ?だったら一度、訓練場でオレが鍛えてやる。どうだ?」
「……いいんですか? そんな、急に」
「おうよ。若いのが真剣に戦うってんなら、オレも応えなきゃな。……ただし、手加減はしねぇぞ」
その言葉に、3人の目が鋭くなった。
自分たちより上のランク、なおかつ知識も経験もある人から教えてもらえるなんてこと滅多にない。
なぜいきなり声をかけてきたのかはわからないが、豪快な笑い声と笑顔から悪い人ではなさそうだ。
「「「よろしくお願いします!」」」
***
ギルド裏に併設された訓練場。砂地の広場に、木製のダミーや模擬武器が並ぶ。
まだ冒険者登録をしたばかりなためここを使うのは初めてだ。
こういう場所を見るとやっぱり魔物だのダンジョンだのというファンタジーが本物になったんだなと感じる。
「順番に、オレと1対1だ。まずは自分の戦い方を見せてみな」
後藤さんが木でできた大剣を器用に振り回しながら言う。
誰からやるか話し合いになるかと思ったが御田が自分が最初にやると名乗り出た。
ということで先鋒は御田。するとあろうことかいきなり勢いよく剣を構え、突っ込んだ。
「いきまーす!」
「おっと、がら空きだぜ!」
ドゴッ!!
あっさり受け流され、地面に突っ伏す。
さかさまになった御田が目をぱちくりさせながら固まっている。
「お、おおう……?」
「突進だけで勝てるなら戦闘はとっくに終わってらぁ。お前さんはもっと“足”を使え。剣より先に動くのは“思考”だ。もっと相手に複数の選択肢をぶつけなきゃな。」
次は西藤。矢を素早く射るが、すべてかわされる。
「見えてる見えてる、こっちだ!」
「くっ……!」
「遠距離型はな、“位置”と“時間”を支配するのが仕事だ。追う矢よりも、“迎え撃つ構え”を意識しな」
後藤さんはまぁ近距離武器の相手に遠距離武器はさすがに分が悪いがなとガハハと笑っている。
西藤もポカーンとしてたが言われた言葉にピンとくるものがあったようだ。
そして最後は俺の番だ。
「こいよ、槍斧の坊主。お前は……重そうだな?」
後藤さんのセリフにドキッとしながら無言で突進し、斧を大きく振り上げる。
──が、重心のズレを突かれ、あっさり転倒。
「……ちょ、っと、待ってくれ……」
「ダメだな、その武器。お前の体格じゃ、“受け”に向いてねぇ。やるなら“守る”か“叩く”だ。で、タンクやりてぇんだろ?」
「なんで……」
「さっきの街道歩いてる姿見てりゃわかるさ。守りの位置で周りを見てた。悪い癖じゃないが──その武器じゃ無理だ」
ガルドは背後のラックから、鉄製の小さな盾と、片手斧より少し長めのアックスを持ってきた。
「これ使ってみろ。タンクをやるなら、“攻める守り”が必要だ」
紫吹は半信半疑で武器を受け取る。ガルドが構えの指導を始める。
「右足を半歩引け。右手は振るためじゃねぇ、叩き込むためだ。盾で角度作って、アックスを叩き込め」
なんだこれ、さっきより……しっくりくる。
もう一度、模擬戦。
今度は、ガルドの斬撃を盾で受け止め、アックスで反撃の間合いを作る。
「──そうだ、その動き! お前には、こっちの方が“似合ってる”」
ガルドが笑う。
紫吹の胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。自分が戦えているという確かな手ごたえを感じることが出来た。
摸擬戦に関してはあの後すぐに構えた盾の上から強引に叩き潰された。
まだまだ力が足りんわいとばしばし背中をたたかれた。
痛い…
***
訓練を終えたあとは、ギルド併設の酒場で一休み。
後藤さんがごちそうしてくれるそうだ。
「はっはっは! 見事に全滅だったな、坊主ども!」
「うっ……否定できねぇ……」
「悔しいけど、すごく参考になった……」
ビールジョッキを片手に、後藤さんはごきげんだ。
「明日からは、お前らの“特技”をちゃんと磨け。STGで表示されるのはただの“数値”。だが、強さの本質は──“意志”だ」
その言葉に、俺たちは深く頷いた。
「次に目指す目標は……そうだな。森の主“ジャイアントベア”がちょうどいい」
「じゃいあん……なにそれ強そう」
「Fランクの試金石だ。あれを超えられれば、冒険者として一歩進める」
「燃えてきた……!」
3人の目が再び輝きを宿す。
夜も更け、食事が終わる頃、後藤さんは立ち上がり、肩を回した。
「じゃ、オレは行くぜ。……明日もまた来るんだろ?」
「もちろん!」
「教えてもらった動き、ちゃんと試してみるよ」
「ん、ちゃんと復習してくる」
「よーし、その意気だ。……若いってのは、最高の武器だからな」
後藤さんは手をひらひらと振りながら、ギルドを後にした。
残された俺たちは、静かに空を見上げる。
どこかで、あの大剣の音が夜空に響いた気がした。
耳に残る笑い声だし頭に残る笑顔なんだよなぁあの人。
思い出してクスッと笑顔になってしまう。
それと同時にーー
(ああ、オレたちは今、本当に“冒険”してるんだな)
自分の心の奥で、またひとつ色が塗り重ねられていく気がした。
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