第44話 一人の少女、そこで静かに微笑む

 電車でまた引き返し少し歩くとその偉大な画家の美術館はあった。今日は一般公開といういわば無料開放の日だったせいだろう、辺りは観光客で賑わっていた。その中を僕らは潜り抜けていった。

「異邦人」そう彼女は言った。

「ピカソのこと?」

「そう、当然彼らは知らない環境で、頼りもない。

彼らは表と裏を見て、物事の深さや全体を捉えている。

妥協せず自分の感情を誤魔化さないことで、この世界から相反せざるを得ない人。

何かを起点に心理的に隔絶して、異邦に踏み入れる人。

存在・世界と他者について感じることが出発点で、自己の在り方が真理だと書いてある。

社会で範疇化された自分が揺さぶられ、突き崩されることでしか才能は開花しない。

異邦の地で苦労するけれど、持てる才によって歓待される。

そういう人。

苦労人も天才も同じ土壌に成り立っている。

危うさと隣り合わせに何かを生み出すこと。

狭い枠の自己を容易に突き崩すことを共通項として。」

館内は身動きに支障が出るほどではないが、十分な混雑具合だ。入り口付近よりは空いているかもしれない。これでも閉館前ということはピークは過ぎているはずだ。諸所の作品は見ただけではその素晴らしさはいまいち分からなかった。強いて言うならラフのさっと仕上げた作品は僕でも上手さが分かった。猫の絵とか女性の絵とか。それからしばらく辺りを散策した。展示物はかなりたくさんあった。そして展示ももう後半に入り、終わりに近づいてきたころ、後期の作品群の所で僕の足は止まった。つまり、僕にとってそれだけは見覚えの新しい作品だったのだ。その会場の造りと絵の異質さが、僕に注意を喚起していた。

「ラス・メニーナス」 それがこの絵の名前だった。調べようとすればそうすることも出来たのだが僕はそうしなかった。多分そこまで気にしていなかったのだろう。

「スペイン語で侍女達。もっともこの名前で通る前は家族の肖像と呼ばれていた。」

この絵は本当はこのように見るべきなのだ。どこにどのような光源のもとに絵を飾るかだけでこれほど雰囲気も迫力も違う。もちろんこれが実物なのも大きいだろう。

「1656年にスペイン黄金世紀をリードしたディエゴ・ベラスケスによって描かれたのが始まり。彼は世界三代絵画とも呼ばれているスペイン最大の肖像画家で、その凄さは彼の絵のモデルとなった人々はその芸権を通して内面さえも描かれてしまうことにある。

プラド美術館にあるオリジナル作を1957年にピカソが彼のスタイルで再現したのがこれ。

この一室は全部この一枚のために描かれた、同じラス・メニーナスがテーマになっている絵の集まりなの。

現実と想像との間に疑問を提起し、観賞者と絵の登場人物との間にぼんやりした関係を創造すると言われている。

この複雑な構成は西洋絵画の分野では盛んに解析されピカソもその一人だった。

結局彼はこれに基づく人物像等の連作を58通り描いた。

ここに全てはないけれど、それは彼の最初の連作だった。

この作品は原作と違って白と黒の単色で、もちろんキュビズム調で描かれている。」

彼女はその絵画についてだけ、ひどく雄弁だった。連作・・・。一人の天才をそこまで鼓舞することが、いったいどれほど難しいのだろう。

「このことからあることが分かる。

それは彼が優れた過去の作品から自己の目を通して新しい何かを立ち上げることが出来、剽窃になんら躊躇を示さなかったということ。

そしてこの大作は彼にとっては新たな挑戦でもあり、それには段階的な試行錯誤を要したこと。

彼の恐ろしいのは歴史的大作すら自分の絵に仕上げ直して、ミュージアムの目玉にするところね。

彼は試行段階を通して自分ならどこに何を置くかを徹底して考えた。

そしてそれらのベラスケスの完璧とも言える配置から移動した場合、その配置換えによって照明や光の当たり方がどうなるか、どうすればより効果的になるかが大事だった。」

「例えば、彼の丹念に描き出したラス・メニーナスの一枚絵たちの中に、ピアノというタイトルの作品がある。

でもベラスケスはピアノなんて出していない。

そこでは既にもうピカソの精神がその作品と腑分けできないくらいに交じり合って、一つになっている。

キュビズムが何かは?」

「中学の教科書では」僕は思い出しながら続きを言った。

「人は一面しか見られない。

でもそれは問題で、多角的な観察が必要とされるべきだ。」

「そう、またそれは二十世紀初頭のパリではルネサンス以来最大の美術革命と言われていた。二十世紀前半のパリ、出会いと発見の時代。」

僕は原点になっているラス・メニーナスの絵画の写真を美術の教科書で見た覚えが皆無だった。僕はその作品のプロフィールを見てみた。油絵で高さは178cm、横幅は259cmとある。あの書斎のレプリカと同じ大きさだ。

「ピカソはベラスケスの作品を忘れて、人物の位置、光の表現方法を変えながら独自の画風で描くことで、自身の作品になると言った。

彼は連作で登場人物を変えなかった。

主に保持されたのは場面の自然さ。

説明文によればピカソ作品の構成は形、リズム、色、動きの徹底的な考察に基づいている。

舞台はフェリペ四世のマドリード宮殿の大きな一室、通称皇太子の間。

ここは彼のアトリエでもあった。

スペイン宮廷人の様子を何人かの評論家が言うようにスナップ写真のごとく瞬間的に切り取って写し描いてみせた。

人物像の内幾人かはキャンバスの中から鑑賞者の側に向かって注意を向け、残りの幾人かが互いに交流している。

むっとした顔をした幼いマルガリータ王女を取り囲んでいるのは、お付きの女官、王女の右隣にいる侍女ベラスコ、目付役のサルミエント、二人の道化師と一匹の右下で眠っているマスチフ犬。

後ろにはぼんやりと僧侶達がいる。

全て実在した人物らしい。

そういう点では謎は無いの。

じゃあ何が謎なのか。

まず一つ目に、この絵の主役は誰なのか。

貴方は誰だと思う?」

「一見どう見ても真ん中にいる女官達に囲まれてサービスされている王女に見えるけどね。」

「その通り。

画面の構成からして主役は彼女。

そしてそれは次の謎に繋がっている。

画家の絵を見てみて。」

僕は言われた通りにした。

「よく見るとおかしいと思わない?」

「画家はこの位置からだと王女の背中しか見えない。」

「そう。

だから画家が書こうとしているのは彼女じゃない。

この絵が本当に王女の絵だとするなら画家が王女を描いていないというのはおかしな話よね。じゃあ第三の謎。

彼は何を描いているのか?」

さっぱり分からなかった。だからじっと考え込んでいた。この絵には描かれていない誰かが主役であり、画家のモデルになっているということが有り得るのだろうか?

「じゃあヒント。

まあこれは第四の謎でもあるんだけど。」

第四の謎。謎の多い絵だ。

「背景の奥の鏡に映っている二人の男女は誰なのか?」

彼らは丁度視点の逆側からそこに映っている。

「鏡に映っているのはこの絵に描かれた光景を見ている人?」

「その通り。

そして宮廷お抱え肖像画家のベラスケスの視線はこっち、絵の鑑賞者自身の立ち位置の方向に向けられている。

つまり彼はその光景を見ている人を描こうとしているのよ。

そう思いながらこの絵を見て。

画家によって描かれようとしている人こそがこの絵の描かれていない主役。」

「それが鏡の二人。」

「マルガリータ王女の両親、フェリペ四世夫妻よ。

王と王妃は、絵の外、つまり鑑賞者の立ち位置と同じ場所に立っているみたいに見える。

それがこの絵のポイントなの。

つまり今の私たちの前に同じように彼らがいるのよ。

彼らは音もなく、貴方の後ろにじっと立っている。」

そこで少し静かになった。

「じゃあ、第五の謎。」

もうそこに謎なんて無いように思われた。

「それはね、何故天井がこんなにも高く描かれているのかということ。

この絵の真の主役は絵の光景を見ている国王夫妻よね。」

偽装された主役、とても巧妙にそれは行われている。

「王女はモデルとなっている両親の慰めの為に部屋を訪れている。」

「その通り。」

「この絵の天井が高いのは、この光景を見ている夫妻が肖像画を描かれている最中だから。」

「謎の多い絵でしょう?」

とんでもない絵だ。その技法もそうだが、そこには当然緻密な計算が必要とされるだろう。

「でも三百年以上このように謎解きされ続けているにも関わらず、尚この絵には謎が残っている。

遠近法を正確に計算すると奥の鏡に映っているのは国王夫妻ではない、という説。」

「なら映っているのは?」

「絵の中の画家ベラスケスが描いている途中の絵なの。」

「この絵の主役はマルガリータ王女ではなく国王夫妻でもないどころか、絵の中の画家が描いている絵の中の絵?」

そう言いながらよく分からないが僕の体は冷えていった。今も解け切れない謎を抱え、見る人を合わせ鏡の迷宮に招く絵。

「どことなく怖いでしょう?」

二重三重のフェイク、空恐ろしくさえ感じるメタファー、皮肉、絵の真実。一体これを今鑑賞している他の人達は、これをなんだと思っているんだろう。その多くの鑑賞者が偽装された嘘を、偽装された関係に気付いていることを僕は願った。そしてその二重三重のフェイク、空恐ろしくさえ感じるメタファー、皮肉、真実というのは、この現実の生活世界にも幾らでも転がっている気がした。人々はそのことに気付かないだけなのだ。この名画を前にしても気付かないように。内省に誘われる絵だ。

「ラス・メニーナスは西洋美術史において重要な作品であると長く認められている。

ある画家は絵画の神学を象徴するものだと言い、ある画家は芸術の原理と呼んだ。

最近のコメントには、ベラスケスの最高傑作、自意識過剰で計算し尽くされた絵画による示威行動。

そして恐らく、これまでになされたイーゼル画の可能性への最も厳しい批評とも言われている。ラス・メニーナスの難解さは芸術、そして人生は、幻想であることを示唆しているというの。幻想と現実の関係は十七世紀スペイン文化の中心的な関心事だった。

この点で哲学劇、人生は夢は、ベラスケスの絵の文学版に当たると見なされているわ。


生き甲斐とは何か? 熱狂 人生とは何か?

それは影、幻影、そして偽り

最も大きな利点もささやかなもの 人生

それはただの夢、そして夢すらも夢。


「ある哲学者が分析しようとしたのは例の如く画家の意図した作略、画家と女官と鑑賞者の視覚関係の、複雑に強調された繋がりだった。

絵を観賞すると画家は絵の中から順番に私たちを見回す。

互いにちらりと一瞥し、視線が絡む。

しかし相互に見合う弱々しい線には、疑念、交換、見せかけの複雑なつながり全体が包括されている。

私たちみたいに。」

「僕らみたいに?」

「お互いいくつかの疑念があるでしょ。

そして何かを交換しあってここに立っている。

それは本心かもしれないし、見せかけの複雑な繋がりだけかもしれない。」

僕は誠意を尽くしている、と本当に言えるだろうか。

「元は視覚がテーマになっている絵なの。

画家の観察している光景は私たちよ」そう彼女は言いながら左手の人物を指さした。紫乃華と彼の瞳が交差し合い、次に彼は僕の方を見た。しかしそこには人の感情を超越した表情がぽつんと浮かんでいた。それは表情とさえ呼べないかもしれない。本来の人の顔ではないのだ。

「彼が見て、描こうとしているのは文字通り今目の前にいる私と貴方なの。

貴方はまずそれを理解しないといけない。

彼らと私たちは同時代的に、今ここにこのフレームを通して存在しているということをね。

でないと、話はこれ以上先に進まない。」

僕はただ黙っていた。しかしこの絵を潜り抜けられそうな錯覚を抱いた。しかしそこには恐怖がある。根源的な恐怖心だ。紫乃華はそれを察したかのように僕の両肩に後ろから手を置いた。ロングヘアから心地よいシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。

「画家は今何を見ている?」

「僕と紫乃華。」

「その通りよ。

ここにいる他の外国人たちも、彼の視界には入っていないわ。

何故か分かる?」

僕は何も言えなかった。

「だって、今この絵は私たち二人で見ているんだもの。

私と貴方、それとあちらの画家だけよ。」

「でも他の観光客は?」

「あら、彼らはただの幻よ。」

幻?

「そして彼らからしたって、やはり私たちも幻なの。

だって画家が見ているのは私と貴方だけじゃない。

そうでしょ?」

「僕らは眼差しで繋がっている。」

「そこがポイントよ。

幻というのはいわばパラレルワールドのようなものよ。

人の数だけ並行的なチャンネルはあるけれど、それらは全てこの絵の存在を起点にしている。眼差しの交換がそれらのチャンネルのスイッチなの。

チャンネルの数だけ固有の世界があるはずよ。」

「僕は僕で君は君だから?」

「だからこそ今、一緒に見るの。」

考えてみれば、これが彼女との初めての行為かもしれなかった。

「画家は私たちが見えるわよね。

けど私たちは今、私たち自身を見ることが出来るかしら?」

「物理的には無理だろうね。」

「それを示唆するかのように一番後ろに、ちょうど私たちの視線の高さに一枚の鏡がある。」

「鏡。」

「とても大事な小道具よ。

絵の人物は今私と貴方を見ているけれど、その鏡は絵の人物の誰にも見られていない。」

「ずいぶんと簡単な言葉だ。」

そして難しい示唆に富んでいる。

「でも鏡は、私たちに可能性の換位を保証している。

画家はその名の通り今私たちの肖像を描いている。

だから画家からすれば、私たちは二分されているの。

今ここに立っているモデルの私たちの肉体と、彼のカンバスの中にある私たちの魂がね。」

「僕らの心身は引き離されることで描かれる?」

「ある意味ではね。

そして彼はその可視性と不可視性の境界を彷徨っている。

私たちをずっと見ているわけにも、カンバスをずっと見ているわけにもいかないから。

そして彼の描いている私たちの魂は、私たちの角度からは見えない。」

「二重の意味で見えないってこと?」

彼女が肩に置いている手を放し、僕の前に腕を交差し優しく抱きしめた。イエスということだ。

「僕ら自身とカンバスの絵は見えないという共通性で繋がっている。」

「つまり、この絵はこの絵に入っていない光景さえ絵の中に取り込むの。

イメージは枠から外へ出なければならない。

そして視線は安定しない。

画家以外も私たちを見ているという意味では、主役は貴方と、私。」

「そして鏡に誰も気づかないように、誰も奥の人物が目に入らない。

彼の存在は自明であるおともに隠されている。

そして彼のいるドアは、この絵で見ればなおのこと、鏡と同じく明るい長方形なの。」

「画家は、彼の主題と同じ位置に偶然立った時に、視線を我々に巡らせる。

彼にとって『ラス・メニーナス』は、ヨーロッパ芸術の新しい社会や人々の生産する知識のあり方を特定付け、影響を与える知の枠組だった。

あるいは考え方の最初の発露だった。

絵は芸術の歴史の二つの大きな断続、つまりクラシックとモダンの中間点、それには古典的表現と我々にもなじんだ空間の定義が存在する。

表現は最終的にそれを妨げた関係から解き放たれ、本来の純粋な形で描かれた。」

そういう所を或いは父は気に入ったのだろうか。でもどうして。

「他にも怖い絵の理由として、右下にまどろんでいる犬の傍に描かれた小人症の道化師があげられる。

犬に足を乗せている少年はニコラス・ペルトゥサト。

画面が途切れているから分かり辛いけど、彼の背骨は曲がっているの。

彼はふざけて足元のマスティフ犬を起こそうとしている。

その隣の正面を向いた女性はマリア・バルボラ、通称マリバルボラ。

頭部と身長のアンバランスによって矮人症、軟骨無形成症と分かる。

つまりここでは王女の美しさと対置して描かれているの。

当時は宮廷に奴隷は数多くいた。

慰み者の存在のお陰で国家体制は保たれているとも考えられていた程よ。

彼らは珍種な高価なペットして扱われた。

猫やフクロウみたいに。

そういう時代だったの。

そしてベラスケスはそのような人もちゃんと同じキャンパスに描く宮廷画家だった。

他にも彼は騎士として最も格の高いサンティアゴ騎士団の称号も得ていたとされている。

道化として生きなくてはいけない彼女に対して、彼は冷静で客観的に描写している。

彼は他にも道化の絵を描いているわ。

でもそれは道化という言葉から連想するユーモラスな者ではない何者かなの。

他者の優越感の為に飼われたと理解したその眼には、抑制されたとてつもない怒りのエネルギーが見て取れる。

精神と肉体の大きすぎる過酷な乖離が鑑賞者に特別な痛みを感じさせる。

そしてこの絵はそういう養分みたいなものを全部別のエネルギーに置換しちゃうの。

それがこの絵の雰囲気を一変させる。

だからラス・メニーナスにはその時代特有の生きた同じ人間を何の疑問も持たず愛玩物とした空気が漂ってもいる」と彼女は言った。

「ベラスケスはそんな慰み者に共感を抱いていた?」

「どうして?」

「なんとなく。

だって彼はそれを描かずにはいられなかったんだろう?」

「この絵には主役が三人いるという人もいるわ。

何故なら画家と王女と道化師は身分も地位も違いながら、同じ種類の態度と表情をしているから。

そしてどのような意図であれ、彼らも家族の一員ということを、あのタイトルは語っている。どう?

随分皮肉な話だと思わない?」

「そんなに深い話がここに眠っているなんて全く思わなかった。

僕が思ったことは三つだけだった。

まずゲルニカ調の絵ってこと。

そしてどことなく象徴的に描かれ、暗いこの絵はどこか不気味だということ。

そして唯一の光源の奥のドアにいる男、彼はいったい何者で、どうしてそんな所に位置しているんだろう、ということ。

彼は観測者なのか?

この悪夢から逃げようとしているのか、僕には全く分からない。」

「彼の名前は、ドン・ホセ・ニエト・ベラスケス。

王妃の侍従であり、王室のタピストリー工場の長でもある。」

「ベラスケス?」

それは奇しくもこの名画の元となり、この絵の中にも描かれている画家である名字と一緒だった。それはただの偶然なのだろうか?

「そう、彼は画家ベラスケスの親戚でもあった可能性があるのよ。」

へえ…。そんな彼がその場に位置していることは、何を暗喩するのだろう?僕は随分とそれが気になった。

「彼は右膝を曲げ、足を別の段に置いて立ち止まっている。

唯一シルエットで描かれていて、壁か何かをバックに短い階段の途中でカーテンを開けているようにも見える。

逆光や開いたドアから、その背後には別の部屋が存在しているよう。」

別の部屋も何かを暗示しているのだろうか?この絵の主役でも何でもない、ただ奥にいるだけの存在なのに、やけに気になる。或いはそれはこの絵の微妙な空間に唯一奥行きを与える存在だからかもしれない。彼が居ることはこの絵が立体的になることに大きく貢献している。

「そしてここが肝心なところなんだけど、彼の存在は国王夫妻、その視界を借り受けている鑑賞者である私達しか目にすることが出来ないの。」

確かにその通りだ。彼は国王夫妻以外は全員後ろ姿として見えるはずだ。それを僕は想像してみた。かなり面白い試みだ。彼だけが違う視点で物事を見ている。

「違う視点で物事を見てみよう。」

そう誰かの声が聞こえた気がした。

「彼は行くところか戻るところかは分からない。

そんな彼の様子が私たちの視線を嫌でも奥へと引きつける。

貴方が経験したように。

遠近法における消失点はドア付近なの。」

「最後の晩餐で消失点がキリストの額にあるように?」

「そう、そこには何かしら思惑が存在する。」

ベラスケスの最高傑作、自意識過剰で計算し尽くされた絵画による示威行動。そして恐らく、これまでになされたイーゼル画の可能性への最も厳しい批評……。でもそれについて考えれば考えるほど、違和感が僕の中で沸き起こってきた。この絵について理解を深めようとするほどそれは決定的な空白を生じた。僕はそれが何かをじっと立って見ていた。小さな違和感。それをこの翻案された絵画に抱いたのは何も僕が原点を知っているからではない。僕が知っているのは書斎の絵画だ。そしてそれに違和感を覚えるということは…、書斎のほうが違うのだ。でも何が?あの父の書斎にあった絵はレプリカでさえなかった。父の書斎には、ここにいる誰かがいなかったはずだ。僕は紫乃華の絵画の住人の紹介を思い出しながらもう一度一人一人に焦点を合わせた。でも全員について同じ程度の理解しか僕は示せなかった。そこに欠如の感覚は確かにある。でも掘り下げて考えようとすると用心した羊みたいに、それらの思念は離れていった。これはいったいなんなんだ?でも間違いない。そう思って大きく息を吸って、はいた。ここには誰かが増えている。

「道化は犬に描かれることが多かった。

どうかな、私の説明は分かりやすかった?

樫江さん。」

樫江さん?僕は隣を見た。それは紫乃華の声ではなかったし、彼女でも当然なかった。そこには女の子が一人、先ほどの僕のように視線を絵に移していた。

「誰だい、君は。」

「貴方は絵のことを知らなくても、絵のことは貴方を知っているわ、私みたいに。」

その白いドレスを着た小さな女性は何一つ自分について話さなかった。

「迷える羊がまた一匹。

貴方は彼女のことを永遠に失うかもしれない。」

色彩と光彩、構成と空間。


「陵史?」

振り返るとそこには紫乃華がいた。

「どうしたの?顔色が良くないけど。」

「いや。」

辺りを見ても少女はいなかった。 そこで僕は少しばかりほっとした。でも視線を前に戻すと、さっきの白いドレスがあった。

 それは皇女のものだった。僕は息が出来なくなった。世界がおかしくなったのか、僕の視線が違うところにいったのかさえよく分からなくなった。深く入り込むという経験を僕はしたことがなかった。それにさっきの幼女とこの幼女は別人のはずだ。もっとリアルで現実的なドレスの幼女だった。そして僕はもう一度絵を見直してみた。

「道化。」

「それがどうかしたの?」

「なんでもない。」

紫乃華の反応で僕はそう返すしかなかった。でも書斎の入り口として機能していたその絵には、確かに道化はいなかったはずだ。マスチフの犬も含めて。

「図録を買えば?

値段はお手頃じゃない。」

出口のいささか大きい土産物コーナーで彼女にそう言われなければ、僕はそんなのを買わなかっただろう。確かにそれは言われてみれば悪くない考えで、値段もかさばらなかった。結局ボクは時間がある時や落ち着きを必要とする時、当時のことを思い出すとその図録を取り出し、一枚一枚に目を通している。そしてこういう絵もあったなと思う。そしてそんなことを思い出す度に彼女のビリヤードをする時の美しいフォームや、その姿を思い出す。またそういった本に記載されている作品ごとの紹介は僕に知識を与えもした。


 そこを出ると日は沈んでいた。少し歩いた先で港で取れた海鮮を扱う店に入った。そこは地元では有名なところらしく、開店前だというのに店の前に列が出来始めていた。先に食べるものを選んで会計するシステムらしい。僕らは食べたいものをそれぞれ話し合いながら選び、彼女が店員にそれをどう調理するかの話をした。僕らは先に飲み物と調理の必要のない食事で乾杯した。

「あの絵は」そこで彼女は話をしだした。

「南フランスのカンヌにあるピカソ本人の別荘で製作されたの。

ラ・カリフォルニーという名のそこには地階にアトリエがあった。

でもその三階であれは描かれた。」

「キュビズムは確かピカソの後期の作品だったと思うけど。」

「そう、その頃彼は七六歳だった。

当然階段の往復は有難くないことよ。

でも彼はわざわざあれを三階のアトリエでもない所で鍵を掛けて、孤独に取り掛かった。

もちろん他人を絶対に入れないという私秘性には特別な意気込みがあったんでしょうね。

想像してみて。」

僕は海鮮を食べながら言われた通りにした。

「そこには色んなものがばらまかれているの。

石ころや貝殻、磨り減ったガラス片、生き物の骨、スペインのタバコの包装紙、空箱、人形……、椅子の上にはマティスがピカソに贈った形見が置いてある。」

「形見の何が置いてあるの?」

「恐ろしい女神像。」

恐ろしい女神像?なんだか対義語を組み合わせたみたいな響きだ。

「上から下まで青・白で塗られたピンクの眼なの。

藁を詰め込まれている。」

そこで僕の想像力はキャパオーバーを訴え始めた。

「どうしてそんなに部屋が散らかっていたんだろう?」

「彼からしたらそれらは捨てる理由がないのよ。

そして全ては素材という等しい価値を持っているの。

貴方とは違う。」

その通りだ。僕とは正反対。

「それは彼の深層意識みたいなものかもしれない。

深い沼よ。

そこから誰かは何かをキャッチして、見つけ出すの。

そしてそんな部屋の唯一の生命もここでは一日中座っている。」

ピカソ?

「籠に入った小さな梟よ。

ピカソは彼に定期的に餌をやりに来たの。

そこには他にも一枚のキャンバスが壁際に立てかけられていた。

でもそれは完成していなかった。

1957年の秋のことよ。

夏から製作されていたそれは最上階で行われたの。

なんででしょう?」

僕は首を横に振った。

「ユーモアの見せ所よ?

じゃあ、そうね……、もしあたったら貴方の好きなことをなんでも一つだけ聞いてあげるわ。」

「そうだな…。

夏は隣にあった水車のせいで浸水する家なんじゃないかな。」

そう聞くと彼女はにっこりと笑った。そしてそれは楽しそうな笑い声も出てきた。

「残念でした。」

でも不思議と彼女の笑顔を見ると悔しい気持ちにはならなかった。そしてもし当たっていたらと思った。

「貴方は以前私に銃口を向けられた時、どう感じたの?」

「さあ、どうだったろう。

最初はあまりにいつも通りのことじゃなくて変だなってぼんやりと思っていたよ。

君が愛しくもない我が家に来たいと言った時は、男女二人で無人の家かと少々エキサティングな気分だったけど。」

「正直なのね。」

彼女は笑っていた。なんだか子供の頃に戻れるんじゃないかという気がするくらい暖かく。

「でもそれなら今も変わらないじゃない。

むしろ誰も来ない分好機じゃない?」

「部屋に隠しカメラとか盗聴器が付いてるといけないから。」

「それはないのを確認したわよ?」

「緊張とかはなかったの?」

「見ず知らずのワイナリーが開いた時には焦ったけどね。

緊張とか震えはなかったな。」

「それはどうして?」

どうしてだろう?

「あまりに関係のないことで、スクリーン越しのように感じたんだ。

君なんて淡々と物事を進めていくしさ。それに、」

「それに?」

「僕はどこかで、あの場で君に殺されることを求めていたのかもしれない。」

「どうして?」

「美人に殺されるのがどんなものか知りたくて。」

「ふうん。

貴方はあの時私に対して言葉で戦うしかないと言ってたわね。

それはつまり今みたいなことなのかしら?」

「その通りかも。」

「でもホテルにチェックインした初日に、貴方は私がシャワーを浴びている間に寝ちゃったじゃない。」

「だって化粧を落とした君と鉢合わせするのは気不味いだろう?

バスルームに入ったら撃たれそうだったし。」

「でも裸なら柔道の手は使えなかったわよ。」

「それは考えたさ。」

「その体格なら敵わなかったかも。」

「だろうね。

でもその為に鍛えたんじゃないんだ、お生憎様。」

「その調子なら最終日には私を口説き落とせるかもしれないわね。」

「僕としてもそれを願ってる。

君は本当に魅力的だから。」

「本当は二階にはペットの山羊がいたからなの。」

さっきの話か。そう思った時に、そこで店が停電した。あまりにも突然のことだった。

「そう…これくらいの暗さの中で、彼は部屋の真ん中に吊るされた強い電球の光から作品に取り組んでいた」そう言う紫乃華の声には怯えはなかった。

「何がいかんのだ。

彼はそう言った。

これはあの光の下でなら何時だって傑作だろうと。

大中小のキャンバスが短い間で描き殴られていた。

その時に製作されていたのは二つだった。

ここで話すのは───。」

ラス・メニーナス。当然だ。

「彼はこの絵を十四歳の時に見ていた。

そして彼はそこで私達が先程体験した奇妙な出来事を味わった。

ピカソはいつも鑑賞者が自作を通して迷宮入りするのを楽しんでいた。

彼はそこでスペイン絵画の偉大な伝統を感じた。

その不条理な連想を持たせる広間の全てには誰が迷い込んでくるかも分からない。

そこにはが現れるかもしれないし、現れないかもしれない。

何かがふらりと寄るかもしれない。

けれど賢い白梟はその部屋にはいない。」

「縦六フィート、横九フィートの傑作はアトリエの壁を占領した。

でもそこには違いもある。

例えば彼の画風の方が空間は広く感じられる。

侍従との距離はとてつもなく開いている。

モノクロの対比は明暗になり、その効果が生まれる。

そして人々の顔にはキュビズム特有の凄み、厳格さが生まれている。

ピカソの多大なる賞賛は彼の生活になっている。

そこにはこの世の複雑な多義性への近づきがある。

残酷なパロディーは微笑をもたらす。

その笑いには無限の崇高と無限の苦悩が実在している。

まるで絵の中の道化師が犬をいたぶるみたいに。

イメージは主題の現実性の一部なの。

それは見方の内にあると彼は言った。

人は網膜に物事を映しているだけで、それを本当に視てはいないの。

それが本当に見えたのなら、貴方だってあの絵の中に登場出来るはずよ。」


 いつの間にか電灯は明るくなっていた。


「彼には青の時代と呼ばれた時期があった。

でも後期キュビズムで彼は構成的主題と真っ向からぶつかっていた時期であり、それはまた造形的探求に全てを捧げた時期、古典主義的理性の支配にその身を委ねた時期だった。

ピカソは空間の幻影より物自体の存在に興味を示す傾向があった。

でも何より驚かされるのは彼の幼児性よ。

彼は何か精巧なつくりものが出来たら、それを破壊しちゃうの。

そうしないと気が済まない。

そこに彼は新しい線を引き、不調和な色を入れる。

それはもう遊びみたいなものよね。

現実の世界なんかよりもはるかに色彩が豊かで汚れなく、光り輝いた全生活。

彼はそれを保持していたかったのよ。

だから公園の砂場を独り占めするように、彼は孤独と茶目っ気を持って三階に足を伸ばしたの。」


 帰りにジェラート屋に寄っておそろしく青い色のアイスを食べた。この国ではどうやら電動キックボードが流行っているらしい。結構スピードが出るようだ。年齢層も広く白髪のスーツを着たおじさんも使っていた。日本では永遠に見ない光景のひとつだろう。

「マルガリータ王女が嫁入りする時に父のフェリペ四世から35カラットのダイヤを貰った話はしたかしら?」

「いいや。

是非聞きたいな。」

「それは最近になって22億5千万円で落札されたブルーダイヤモンドなの。

彼女は唯一の女性で、スペインハプスブルク家の数少ない後継者の王女への王家の希望を託されていた。

中にはそういう絵もあるくらいよ。

彼女は誰と結婚したか知ってる?」

「それはさっきと同じ条件の質問だったとしても答えられないだろうな。」

「叔父と結婚したの。

スペイン王家の家計図を見れば分かるように、それはハプスブルク家の特徴よ。

彼女はまだ十五歳だった。

そして見事王妃になった。

でも二十二歳で死去した。

報われないわね。」

僕はそこでアハトワの奇妙な話を思い出した。血の繋がり、婉曲な事実……。でもそれはどこまでが本当のことなんだろう?


 ホテルに戻ると僕はドリンクを飲みながら少しすると紫乃華が部屋着で僕の前に現れた。そして僕と同じようにそれをアイスペールを使い同じものをロックで飲んだ。しばらくそうしていると彼女は話し始めた。

「これはかなり前のことなんだけど、ある日私は夢を見たの。

そこで私は自室にいて、急にある本が読みたくなった。

貴方にはそういうことってある?」

「勿論ある」そう言うと彼女は満足そうに頷き続けた。

「それは昔私が家の本棚で読んだことのあるものだった。

だから私はそれを探した。

でも不思議なことに家中の本棚のどこにもその本はないの。

そして他の所にもね。

だから私は仕方なくそれを買い直す。

でもそれを買った後に、私は無性に部屋の掃除をしたくなるの。

そして自室を整理していると、机の下からカバーの掛かった本があることに気付く。

まさかと思ったわ。

そしてその次にある種の確信が私を捉えた。」

「そして案の定、それは探していて見つからずに買い直した例の本だった」僕がそう言うと彼女は黙って頷いた。

「そういうことよ。

或いは、気付かない内に本能的に一番大事なものを自分が隠しているということかもしれない。

そしてそれは、無意識の内に完璧に成された計画犯罪なの。

それを見つけられる唯一の方法は……」

「君がその本を買い直した時だけだ。」

彼女は黙って頷いた。

「そして私はまた同じことを永遠に繰り返すのかもしれない。

私達が永遠と思える時間の中に存在するように。

ある一曲がループされていることに気付かないで永遠に聴いているように。

そして気付いた時にはそれはハードカバーと埃がかかり、どこかとどこかの間に埋められている。

そしてこの話の一番怖いことが何か、貴方には分かる?」

今度は僕が黙って首を振る番だった。

「それは無意識の内に他ならぬ自分に見つからないように隠しているのかもしれない、ということなの。

私はそう思う度に、体温が下がる。

比喩じゃなく、実際に何度か下がるの。

その人生で一番読みたいと感じた本を、私はその人生で手に取ることは二度とないという事実に対して。

その本を読みたくない自分がどこかにいるということについて。」

「或いはその本は君の一部なのかもしれない。」

そう言ってしまってすぐに僕はそのことを後悔した。彼女は黙ってウィスキーの薄いグラスをテーブルに置いた。だがこぼれたのはガラスの水滴ではなかった。彼女は先程座っていた椅子に体育座りで屈み込むとじっとしていた。そして僕はそんな彼女の光景を、どこか懐かしいと思った。でもどうしてだろう?

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