第33話 第二部

 ヘッドライトを消し、エンジンを切って薄く一度深呼吸をする。周りの駐車されている車両同様、私もじっとする。じわじわと寒さが冷え込んできたが私にそれ以外の方法の持ち合わせがなかった。バックミラー越し、後方の景色は道路を一本挟んでコンビニがあった。気晴らしに曲を流せたらどれほどいいか考え、やめた。小さな音にも敏感でいたかった。でもこの日の張り込みで進展はなかった。進展があるとすればオフィスに戻ってからだった。


 私は担当の人間との面会に備えていた。といってもやることはそんなに多くはない。タバコの火を消し、コンパクトな作りのベージュのヘッドセットを装着するだけだ。


 何者かの介在でジュニアとの音信が途絶えた。その時また深い絶望みたいなものが私の心を過ぎった。またこうなるのかという怨念さえ抱いた。


 同じくロンドナーである少女について私から言わせて貰えるなら、それは不可解だった。そして私は自分がロンドナーだということに確信を抱けないでいた。


 本日の仕事の内容を伝え、回線を切る。二年前。イギリス、スコットランド、グレフィナン陸橋。ある男が谷へ落ちていく。


「・・・・・・Lainfield、ロスト。」

本部にあった緊張感が変質する。別に緩くなったのではない。むしろ逆だ。

「作戦は失敗した。直ちに対処を。」

誰もそれを処理だとは言わないし、何も言わない。本部のPCだけが音を立てている。やけにうるさく感じる、耳障りだ。誰も彼の死を追悼しようとはしない。勿論誰もがその事態について含むところはあるだろう。悲しむ者も一定数いるはずだ。だがここで私情は見せない。それで私は部屋を出た。


 それから数年後の去年、ある物事を未然に防ぐ為PCの前で煮詰まり、そろそろ新しい職にするか考えていた私の前のモニターに彼が映った。モニター越しの部屋には見覚えがあった。一年振りだ。何の因果か、そこには陵史が映っていた。こうして彼は父親の職務を引き継ぐことになる。だが話はそう簡単には済まなかった。何よりもまず、この組織は公の機関ではない。知っているのは一部の内部の人間だけだ。こうして彼は諜報の世界に入った。生きる為だし仕方なかったとも言える。だが一体、何の為に彼はそうなったのだろう。


 そこでやっと私は重くなった腰を上げた。つまり、樫江陵史について考えなければならない。彼は今現在、非常に難しい袋小路にいる。でも彼だってそこに行きたくて入ったわけではなかったはずだ。そこにはひとつまみの宿命はあったかもしれない。いいや、たしかにあっただろう。でもそれだけだ。そこで多少知らないことが分かったって、それはただの過去の事実であって、教訓も何もかもあったものではない。そして彼の未成熟さが行き止まりを示してもいた。そこには目に見えない3つめの要素が必要とされているのだ。でも彼は何も知らないままちゃんとここまで来たというのも事実だ。彼はただカードを持っていただけなのだ。1,2の要素はそこに近いところに手を伸ばしてさえいるように見えた。結局のところ彼はまだ若いだけなのだ。だからこそと言うべきだろう、彼はまだたどり着けていない。もう一つの空白───、彼を揺さぶり動かせようとする第三定点がどこかにあるのだ。しかしそれは私の目からしても小さなとっかかりはあっても、定点とは言えなそうだった。あえて言うのなら───、彼女について簡潔にして完結したプロフィールがそこには収まりよく入っていた。私から見れば彼女は明確な理由もなく、一人で母国を飛び出していた。今のリョーシのように。彼らの家に交流があったとしても、果たして幼い頃の彼女自身に交流はあっただろうか?いったい何が決め手となったのだろう?そこではある種の空白性、欠落が共通項として存在しているようだった。偶然の一致とも言うべき現象は確かにそこで起こっていた。そしてそれだけが意味の深いものになりうるだろうし、因果的説明は出来なくても、天体のように彼を中心とした何かが非・因果的に、そして共時的に関連している、まるで彼の父親の死に方のように。それらのバラバラの弾丸は偶発的に弾倉に入れられ、また気まぐれに発泡されたようだ。それは今後の第三定点になりうるかもしれない。


 私は思う。

「何か手の届かないところで違う物事が持ち上がっている。」

でも私にはどうすることも出来ない。ただ黙って起こったことの対処をする以外にない。ある意味では私は大人になっても変わっていない。それが私を辟易とさせもする。

「故郷を離れ、ずっとこの国で暮らしている。

気付けば国籍を変え、母国語ではない言語のほうが馴染み深い」 私がそう言うと陵史は静かに聞いた。

「ただ長すぎた。

この町並みの景色は私という窓口を通して散々に観察されている。 」


「非常事態を見越して自然豊かで土地代のしないところに家かガレージ、車を置いておく。

私はこういう少し外れたことが好きなんだ。」


「君は好ましく思わないかもしれんが、私には君が今更になってそのことを掘り返すのが賢明とは思えない。」

「その言葉はこの件に関して施されたある種の隠蔽がまだ乾ききっていないというふうにも聞き取れますね。」

「私のような人間でもまだ何かの穴埋めに足る存在なわけだ。」そして自虐的に笑う。

「アシュフィールドにここに来るように伝えてくれ。」

「Hi, May I help you? 」

私は彼女に車のキーを渡し、一通り説明する。

「ドライブテストといこう。」

「どこまで?」

「近くの港まで。そのまま持って行ってもらう。」


「貴方は私のことを嫌っているのかと思っていました。」

「若すぎるのが心配なだけだ。」

「同音異義ですよ、それ。

でもこの車は貴方にとって大切なもののはずでは?」

「だからだよ。

君には責任を以て任務に当たってもらいたい。」

「なるほど。

それがあなたのやり方なんですね。」

「なぜこの任務に?」

「日本の姉妹校に彼は在籍しています。

だから抜擢されたんです。」

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