第28話 フェリー
何もかもが初めてのことだらけだ。そう思いながら僕はフェリー内を歩いて回る。
「船での旅行は初めて?」
「うん。
タイタニックくらいしか予備知識がなくてね。」
「この船は沈まないわよ?」
「もし沈むなら、食堂でウィスキーをがぶ飲みして、延々と泳ぎ続けるしかない。」
僕らはカレーを食べ、着替え用に船内のティーシャツを買う。下着類はコンビニで買っておいた。
乗車券を見せてフェリーに乗るとツインルームに荷物を置き、まず温泉へと向かう。露天風呂があり、サウナがある。タオルや歯ブラシを持ってきて正解だった。リナと合流するとデッキに出て、まだ湿っている髪を海風で乾かす。そして眠る。
目が覚めスマホを見ると、時刻は三時三十三分だ。四時間程眠ったことになる。
乗客は皆眠りの中にいる。ロビーに出て缶コーラを買うと小銭が尽きる。館内の案内を見るが誰とも会うことはない。当然だ。デッキに出て夜の海を見る。
自室に戻り時計を見ると午前四時になる。映画上映が二本あり、僕らは昼食の後で「フィールド・オブ・ドリームス」を一緒に観る。
If you build it, they will come.
カラオケルームがあり、文化祭の曲やお互いの好きな曲を二時間かけて歌う。僕は自分が少し船酔いしていることに気付く。良くない兆候だ。出来ることはベッドに横になってスマホを眺めることくらい。といっても通信は基本圏外で、船内のWi-Fiを使うしかない。その通信も芳しくないとくれば、やることはもうない。本を一冊くらい持ってくれば良かったのだ。今度フェリーに乗る時はビーサンを持ってこようと思う。別にタオルはいらない。露天風呂に入りサウナで整った体は、甲板のデッキの海風で乾かせる。
三日目、昼過ぎに苫小牧に着くと、僕らは北上を決める。目的地を宗谷岬にしたからだ。
Young men should travel.
途中でガソリンスタンドに寄ると給油をし、千歳、夕張を通り富良野で一泊する。豪勢な夕食の後すぐに就寝する。
四日目、深夜三時に起きると一時間ほどかけて山奥にある二十四時間営業の野湯へ行き、そこで日の出を迎える。青い湖を見た後に朝食を取りにホテルに戻り、チェックアウトする。僕らは旭川の動物園まで行く。
「休憩しましょう。」
そこで動物園を一周し、昼飯を食べる。
「何を飲んでるの?」
「定数改善剤。」
「美味しいの、それ?」
「まずいよ、はっきり言って。」
「じゃあどうして飲んでるの?」
「だって美味しいじゃないか。」
彼女は溜息をついた。きっと僕もそうするべきなのだろう。
「どんな味なの?」
「自分を損なう味。」
美深町まで二時間程北上し、その街唯一のホテルにチェックインする。ジンギスカンを食べ、入浴を済ませると早々に就寝する。
五日目、日の出前に起きると何も食べずに宗谷岬へと向かう。メーターは130km出ていることを告げている。たまに数台車と遭遇する。そして電柱のような柱の上で、美しく大きなフクロウを見かける。
それは本当に大きなフクロウだった。白フクロウの二倍か三倍あるだろう。フクロウは僕のことを上からじっと見下ろしていた。それは厳かで、静かな光景だった。彼は僕をじっと観察していた。僕と彼は目が合ったが、走行中のことだったのでそれもほんの数秒のことだった。彼はそこに留まり生活する者であり、僕はそこをただ通過する者だった。僕らは信号が青になるまで、その森の賢者をじっと見つめていた。森の中ではカーブが多く、坂もある。
「ご両親を失った時、貴方はどう思ったの?」
「周りで起こることをとりあえずそのまま受け止めようと思ったよ。」
「それについて出来るだけ善悪とか、喜怒哀楽を持たないで?」
「まあね。」
「それで余計感情の起伏が乏しくなったのかしら。」
「乏しいかな?」
「まあ平均的に見れば?」
「そういうのはあまり上手くもいってないと思うよ、自分でもね。
でも出来るだけそうしようと決めたんだ。
だって善悪や感情をおいて世界は動いてるわけだから。」
「だからこそ、安物のペーパーバッグに出てくる主人公みたいに振る舞う価値があるとも言える。」
海岸線沿いに出ると数多の運送トラックが走っている。彼女はそれを追い抜きながら、最北端のガソリンスタンドで給油するまで走り続ける。稚内では小雨が降っており、曇っている。例によって見るべきものはあまりない。僕らは写真を撮って車に戻り、エンジンをかける。パーキングからドライブにするとフットブレーキを外し、ウィンカーを出すと最北端を後にする。それから来た道を引き換えし、僕らはチェックインしているホテルの朝食になんとか間に合う。それからバックパックとスーツケースを車のトランクに積む。宿の人は僕らが最北端まで行った事と、その割に帰宅時間が早いこと、フクロウを見たことを驚く。
「かなり大きなフクロウでした。」
「それは良かったですね。
地元の人間でもフクロウはあまり見かけません。
ラッキーですよ。」
今日の宿は決まっている。高速に乗ると苫小牧まで行く。途中でフェリーに乗る前に給油する。彼女がずっと運転し、僕がずっとガソリンを補充する。永久機関。
「なぜそこまでしてくれるの?」
「なぜそこまでしてくれるか」自分自身にそう問いかけてみる。
「君が運転してくれるから。
君が一定の、信用ならない信頼を置いてくれているから。」
「貴方はあるポイントまでは真摯で気さくな好人物でいてくれる。」
あるポイントまで、と僕は思う。
「もちろんあるポイントは貴方のパーソナルスペースではなく貴方の人となりよりその外見、外なり、対外的な形式だけど。
それが最初は不思議だった。
あなたはとても自然にその線引きを行ってるから。
どうしてそんな芸当が可能なのかしら?」
「コツがあるんだ。」
「ずっとそうしてやって来たわけ?」
「まさか。
三歳の頃、親に買ってもらったアイスクリームを道路の側溝に落としてからだよ。
全部がどうでも良くなったんだ。」
「そのことを周りと話していた。」
「どうやら、僕は人気者みたいだ。」
「そういうところよ」
憐憫の微笑。それを見るのは随分と久しぶりだ。それはこの限定された世界で最も美しいとされるもののひとつだ。
「莉乃もそういうところはある。
彼女の場合は彼女の場合だけれど、そういう型は不思議と似ている。」
「そして千紘も」
「彼女も彼女の場合だけれど。」
「ミア、ケースバイケースで、僕らはかけがえのない個人なんだ。
そんなことを言ってしまえば君だってそうだろう?」
「私は私の場合だけれど」自身への憐憫の苦笑。
「そういう空気があればこそ、あの緩い関係が成り立ってるんだ。」
「貴方が独り善がりで助かる気がないところ、好きよ。」
「テンキュー。」
六日目、こうして僕らは大洗に戻ってくる。そのまま海岸線沿いを走る。茨木でまた高速に乗ると千葉・東京を経由する。
「私たちはこの旅行で何を得たんでしょうね。」
「ウーズレーの移動距離と、経験、多くのガソリン。」
そして僕らは家に着く。一週間とは思えない移動だ。火曜の授業を最後に水曜日が祝日で休校だったとしても、木曜と金曜に加え、月曜の授業を休むことになった。しかし僕が思った事は、たった三日の欠席で済んだのかということだった。インフルエンザにかかるのと比べればなんともない。それに、もっと酷いことだって起こりえたかもしれないのだ。全く致命的とは言えない三日間の消費にむしろ感謝したっていいくらいだ。そんな大移動の後の学校は、今までとは違う不思議な感じがする。
「何してたんだ?」
「一足早めの修学旅行。」
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