第24話 The Third Door

 タクシーを呼び自宅に着くと深夜三時近くになっていた。ポストには僕宛に贈り物が届いていた。自宅は静かだった。皆寝ているんだろう。リビングで腕立て伏せを100回する。アルコールは思ったよりも深く入り込んでいる。景気づけのシャンパン一杯、カクテル、ウィスキー、グラッパと呼ばれる食後酒。確実に頭痛ものだ。玄関に戻り今日履いた硬い靴の紐全てをほどき、シューツリーを入れる。


 自室に入ると机の上のパソコンに繋がれたUSBライトだけを付ける。案の定リナは眠っていた。ここにも女性がいることがなんだか上手く信じられない。彼女はこんなところで何をしているんだろう?それは中々可愛らしい代物だった。でも滅多なことがない限り、もうそれを見ることもないだろう。ジャケットから静かに今日の招待状を取り出した。その中身にもう一度目を通してみる。僕の小さい頃の写真を思い出す。それと、謎の名刺。僕は静かに机の引き出しを開けるとタクミ・タチバナの名刺を取り出し、それと重ねてみた。それは同じサイズだ。そして確信する。これは会社名も肩書きもないが、誰かの身分証明書のようなものなのだということを。それは僕に架空の生き物を想わせる。実体のない会社、マネー・ロンダリング。それは僕に対して無言のメッセージを発している。

「私は貴方がどこで生活をしているか知っている。

だが貴方は私のことを何もかも知らない。

そして貴方が私に連絡出来ないことの逆に、私は貴方に連絡をとることが出来る。

今こうしてこの名刺を送ったように。」


 その時何の脈絡もなく、唐突に奇妙な発想が君の頭を過る。しかしその考えは通りすぎず、君の中に留まる。君は無言でその名刺を見つめ直す。その発想についてひとしきりの思考実験を終えると、今度はそれを実行するかについて考えてみる。そしてリナの規則正しい寝息だけが聞こえる部屋を後にする。階段を二回分降りてある部屋の前に立った。それは件の父の書斎だった。パスワードを打つ部分を確認するとローマ字は打てるらしかった。

「Lainfield」

一文字毎に小さいが確かな電子音が聴こえた。……。数秒待ってみたが僕が今まで生きてきた十六年間と同様、その鋼鉄のドアは何の反応もなかった。そして意外にも僕はそのことに安堵した。全く、アルコールが入っているからこんなことをしてみようと思ったのだろう。僕は基本姉に勧められたり余程のことがない限りお酒は飲まない。それで結局、折角ここまで来たのだからギターを練習するなり映画でも観ようかという考えになり僕はソファに座った。そして軽いとは言えない眠気を感じ、しばらくの間じっとしていた。眠気のピークをなんとか乗り越えると僕は取りあえずオーディオ機器の電源を入れ、スクリーンのリモコンを手に持った。そしてテレビの電源を入れようとした時だった。後ろで驚くほど大きく不気味な音がした。一瞬足がすくみ、心臓が硬い音を立てた。何事だ?ありとあらゆる想像力が僕を刺激した。とても横を向く気にはなれなかった。だがいつかは見なくてはならない。それに振り返る前にそこから何かが来るかもしれない。それは最も避けねけねばならない事態だ。そうして僕はより恐ろしい可能性を理由に横を向いた。でも何も変化はなかった。僕はこういう時によく起こりがちな考えに陥った。つまり誰か知りもしない人間の存在について。でもしばらく待ってもいてもその部屋に変化というものはなかった。当然と言えば当然だ。そして僕はソファから立ち上がり、その音のした所まで歩いてみた。でもそこまで行っても特に変化はなかった。僕はしばらくじっとその書斎の扉を見つめていた。あの音の原因は何なんだ?やがて僕は、そこには今までとは違う誤差程度の違和感があることに気付いた。上手く説明することは困難だ。ただ漠然と何かが違う気がする。やはりアルコールのせいだろう。そうとしか思えなかった。僕は試しに扉に手を当ててみた。その行為が間違いだったのか、正しかったのかは今でも分からない。鈍くぎこちない、古い機械が錆びのせいで出す短い悲鳴のような音と共に、そのドアは奥へと開いていった。


 僕がドアにちょっかいをかければ、そこにはどうであれそうした行動の後の世界が待っているのだ。そして手紙は、父を良く知る人物から来たのだ。

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