第22話 晩餐会

29th,August 


 黄昏時、リナの運転で高速を使い、麻布十番に到着する。どうやらウーズレーはどのような街並みにも似合う車みたいだ。そしてここは、僕の人生には今まで縁もゆかりも無かった土地だ。 僕は国立美術館を横切り、小道から大通りに出た。その内に僕はこの町がいささか特殊な成り立ちをしていることに気付き始めてきた。異様な、変わった街だ。現世的成功の可視化とでも言えばいいのか。そこは成功についてこれでもかというくらいに雄弁に語っていた。なぜ金を嫌う人々がいて、それを求める人がこの世には存在するのかを瞬間的に把握することがここでは可能かもしれない。俗物判定をもししたくなったら、ここに来ればいい。まず間違いない、それは如月さんのいつの日か笑いながら話いていたエッシャーみたいな絵をした心理テストより実用的で明確に違いない。この景色は涙が出るほど素晴らしいかもしれないし、積極的に排除するべきものかもしれない。少なくとも僕の手には負えないことだけは確かだ。人の生活の質を測るにはその持ち主の車を見ればいいのかという偏見を抱きそうになったくらいだ。様々なラグジュアリー、Fセグメントカー。下手なモーターショーよりも価値があるだろう。人生の成功が多種多様なように、高級車にだって様々な種類があるのだ。そこで金は踊っているような錯覚すら覚える。この程度の会話をしているだけでもとんでもないエンジン音をした車がそれに似合わない速度で右に曲がっていった。夏に入る前に一度だけ地元で見たSUVが何台も走っていった。山奥でも都市でも様になる。それらを観察するのは飽きなかった。実際にラグジュアリーカーを専門とする大規模な店をいくつか通り過ぎた。中にはカフェも併設されていた。誰かがお茶気分で来て、歩いて帰るのは面倒だからと一般的な年収を払い乗って帰るのかもしれない。あまりに馬鹿げた話だったが、ありえなくもなさそうに思えた。五分後、タワーマンションに到着した。


 招待状を見せるとエントランスに入る。それは人の住まいというよりはオフィスと言った方が頷けそうな造りだ。三十階、それがエレベーター係の案内した階層だった。更にその階の入り口には黒いスーツにネクタイだけが赤い外人が二人立っていた。彼らを見ていると古いギャング映画を思い出した。その手の人間が往々にして持たざるを得ない血生くさいところや、情より稼ぎで動くといったクールな資質を僕は相変わらず好きになれなかった。彼らが上等なスーツを着るとそれはいかにも上等で陳腐なものに見えた。それはスーツの本質でもあった。屈強さで生きている人種だ。同じように彼らに招待状を見せそこを通る。様々な人々が行き来している。人種にあまり統一がないので居場所を見失いそうになる。少なくともここは日本じゃないだろう。ロングアイランドかもしれない。


 ボーイはお偉方の高級車を停めに行くのに忙しいように見えた。僕は賑やかな会場を一通り観察した。そう、それは一通り観察できた。人々はテラスに置かれたテーブルで食事を取ったり、ワインやシャンパン等、とにかく好きな種類の酒を好きなだけ振舞われているらしい。奥では大きな音響装置がこの夕焼けをよりロマンチックでぶどう酒色に染めきり、魅惑的で代替不能なものにする為にジャズやクラシックを奏でていた。いつ謎の人物が僕に話しかけてきてもおかしくない。そう素直に思えるのが不思議だ。リナは入り口にいたスーツの男に声を掛けれる。先にご挨拶を、ということらしい。


 地下一階のポーカールームにはビリヤードコーナーもある。といっても上等なビリヤード台がスポットライトの下で、片手で数えられるかどうか程度に置いてあるだけだ。ドレスコードの大人達に混じって、紫のドレスを着た僕と同年代らしい、一際若い女性がその遊びに興じていた。髪は黒のロング、結ばれてはおらず優雅に垂れている。そして背中は見るからにやや開き過ぎた印象を与える。ブラックスーツのボーイが一人、カクテルの入ったグラスをいくつかお盆に載せて歩いている。そこから一つとり、そのよく分からない強い酒を一口飲む。女は8と書かれたボールを穴に落とす。その綺麗な打ち方は素人の僕でも手練と分かるくらいだ。周囲は拍手する。ゲームが終わり、しばしの歓談が始まる。でも彼女は勝者らしい顔をしている訳でもない。やがて人々は一階へと上がっていく。見るべきものは見た。余興は済んだと言わんばかりに。後には僕と彼女だけが残る。彼女は落ちたボールを再び台の上に並べている。それをやり遂げた後に、彼女はまだ誰かがここに残っていることに気付く。視線はすらりと真っ直ぐ上がり、こちらへと伸びる。しかしそこにはメッセージが浮かんでこない。 

「貴方に行くべきところはどこかあるのかしら?」

そんな不定詞の問題演習のような声かけをされたのは、おそらく僕が戸惑って見えたからだろう。

「失礼?」

「このパーティーを持て余してるみたいに見えたものだから。」

「どうやら間違った招待状を受け取ったみたいです。」

「招待状は間違わないわ。

貴方は居るべくしてここにいる。」

「貴方もビリヤードをする為に?」

「紫乃華」彼女はやや短すぎる自己紹介をした。

「招待状は間違わない。

貴方が間違ってるだけ。」

「君は居るべくしてここに?」そう言った後、思わず僕は辺りを見回した。

「タクミから話は聞いてない?」

「タクミ・タチバナ。」

「キューを取ったら?」

「ルールが分からなくて。」

「仕方ないわね。」

「それでは」グラスを空にすると一階へ昇るために彼女に背を向けた。

「何事にも初めはあるもの、そこの棒を取って。」

僕は何本かの傘立てみたいに刺さっている棒を一本取る。

「持ち方は」そう言って彼女は僕に触れる。目と目が合う。彼女は耳元で囁きながら、僕に構え方のレクチャーをする。実際に彼女が撞いてみせる。1つのボールが穴に吸い込まれていく。

「これをポケットっていうの。

ね、簡単でしょう。」

たしかにそれは凄く簡単そうに見える。

「スポーツは出来るの?」

「高校はテニス部だった。」

「大学生?」

「いや、まだ高校生。」

「なら私と同じ。

テニスとビリヤードは似ているところもあるかもしれない。」

「ボールを使う。」

「順序があって、緊張感が物事を左右する。」

「大体のものに順序はある。」

彼女は頷いた。テニスと同じか。元々それは単純な好奇心から始めたものだった。

「今は何をしてるの?」

「ギターの弦を合わせている。」

どっちみち僕はどこかのコートで何かをプレイすることになるのだ、望むと望まずに関わらず。

「そうじゃなくて、今のあなたの状況を言っているのよ。」

「今の僕の状況?」少し考えて僕は言う。

「文化祭の準備中。」

「それでギターを?」

「まあね。

でもこんなことは初めから僕のやる意味なんてないんだ。」

「でもやるのね?」

「事情があって。」

「でもそんな理由で私はやらないだろうな。」

「おそらく暇つぶしなんだ。

そして新しいことが何か分からないまま、時間だけが経っていく。」

「一つの球を駆使してもう一つの球に当てる。

これがこのゲームの単純なルール。それと同じよ。」

「何が同じなの?」

「スタイルがよ。

日々を生きていくためのよすが。」

「随分シンプルだ。

君が撞いて僕が撞く。」

「これくらいの人間関係が好きなの。」

「どんな?」

「それは貴方が打ったら答えてあげる。」

僕は彼女から一本のキューを貰う。そして見様見真似でやってみる。

「その調子よ。

全然駄目ね。」

「どっちなんだ?」

「それが貴方の質問?」

「いや、君のビリヤード哲学についてにするよ。」

「うるさすぎず節度があり、多すぎない。

ルールの尊重と静寂。」

随分と疑わしいい考えだ。彼女がボールを打つ。一つ玉がポケットに吸い込まれていく。

「周りの人々、服装も指定があるとは言え随分とバリエーション豊かだと思わない?」

「こういうのを見るのが好き?」

「どうかしら。

しっかりした人が一番だと思う服を着て一同に会するだけよ。」

「普通じゃない。」

「問題はどうして招待されたか。」

「いっそ忘れて楽しむのも一つの手段かもしれない」 上品で皮肉な笑い。

「じゃあ本人に聞いてみたら?」

彼女は近くにいたボーイからシャンパンをもらうと、奥へと向かう。ここに未成年がいるわけがないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る