第20話 必要の法則

18th,August  


 朝の九時、僕はリビングルームにいた。

「おはよう。」

「ミア、おはよう。」

「なんだか眠たそうね。

徹夜でもしてたの?」

「折角の長期休みだからね。」

なにせ言うなれば明日も明後日も明々後日もこっちはサタデーナイトフィーバーだ。誰も時間のある学生を止めることは出来ない。

「何を借りたの?」

僕はモノクロ映画を一本観終わったばかりだった。

「ふうん。文化祭に向けて?」

「そんなところ。」

「でも私、今日は鎌倉を案内して欲しいの。」

「隣町か。

いいよ、支度するから少し待ってくれ。」

「朝食、貴方の分も用意しとくわね。」

「助かるよ。」

コンチネンタル・ブレックファストを食べ終える頃には、時刻は十時過ぎになっていた。それから一時間もしない間に僕はチノパンツにポロシャツを着ると、ここ数日尋常ではない炎天下ぶりを発揮している猛暑の中に足を運ぶことにした。リナの方を見ると、彼女はタイトなつくりの黒と茶の縦のストライプのTシャツ、黒のパンツを身に着けていた。そのTシャツはコットンの生地には見えなかったし、彼女の細い腕や体にぴったりとしていた。赤いベルトがくっきりと見えるだけではなく、彼女の上半身のラインだってしっかりと目にすることが出来た。家を出てすぐの信号に手を伸ばした。こんな日でも近くの工事現場は騒音を立てていた。

「たまにはエンジンを回さないと」 そう言うと彼女はガレージを開けた。僕は助手席に座った。

「まだ鎌倉観光はしていないの?」

「まだ少しだけね。

いえ、通り過ぎたというのが正確なところかしら。

夏休みまでは学校があってそれどころじゃなかったし。

迷惑じゃなかった?」

「まさか。

鎌倉なんて中学の行事以来だ。」

彼女は古いウーズレーのキーを何度か回し、エンジンを起動した後に言う。

「そうえば、私とデートしても良かったの?」

「観光案内。

気にすることじゃない。」

僕らは一三四号線に出ると東慶寺に行き、浄智寺に行くと名月院に行き、円覚寺を回る。


 車をパーキングに停め、小町通りで昼食をとる。結構な人だかりだ。それから有名な神社・寺を一通り回った。鎌倉の観光となると自然と神社や寺巡りになる。色々なお店に入ったり、アイスを食べながら道を歩いたりした。隣の彼女は凄く楽しそうだった。確かに僕からすれば当たり前な日常でも、彼女からすれば違うのだろう。僕が修学旅行でイギリスに行くようなものなのだろう。大仏や竹を見て、通り過ぎる。彼女は写経を楽しげにする。枯山水や抹茶もお気に召したようだった。こうして見ると不思議な町だ。海と山に囲まれながらも田舎ではなく、すぐ隣に観光名所としての非日常がある。 鶴岡八幡宮付近のパーキングに停めると彼女の要望で通りに面したお店に入る。どうやらシャツの店らしい。彼女は店頭のスタッフに名前を言う。少しして奥からビニールで包装されたシャツが出てくる。

「この前話してたプレゼント。

着てみてくれない?」

 

「こんな素敵なシャツを着たのは初めてだ。」

シャツにはミントグリーンのストライプが入っている。

「このブランドはニューヨークのマディソン街にも出店していたことがあるの。」

「マディソン街?」

それは驚愕の事実だった。そんなことは僕の住んでる街まで届いていない。

「品質については折り紙付きよ?

天然の白蝶貝ボタン、巻伏せ本縫い、芯地はフラシ芯。

全体的に私の知ってるブリティッシュスタイルにしたの。

クレリックシャツで、生地はポプリン。

光沢があって、シルクの肌触りが楽しめる。」

「襟も僕が初めて着るものだ。」

「ラウンドカラーっていうの。袖はカフス付き。」

「言うことないよ。素晴らしい出来栄えだ。」

「でもネクタイも買いましょう?」


「陵史は必要の法則って知ってる?」

店を出て、ネイビーのソリッドタイをした僕は彼女にそんなことを聞かれる。

「初耳だね。」

「必要なものを持っていれば、必然的にそれは向こうからやってくるってことよ。

私が作ったの。」

「それが君の人生観?」

「まあね。

経験則みたいなものよ。」

そしてその彼女の経験則とやらは、僕の経験則にもなる。もう一枚の招待状が届いている。ドレスコードのあるパーティーのお誘いが。


 家に帰ると積んであった映画を消化し、深夜の町をレンタルショップへと歩いて返しに行った。家に帰るとギターの置いてある地下室へと向かった。でもはっきり言って進捗は芳しくない。例の弾けるようになった一曲を集中して通しで五回弾くと、ソファにもたれ掛かった。

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