第19話 Invitation

 直線に三十分程歩くとそれはあった。海の家でロッカーを借りて皆の荷物を押し込む。この町は一応海が売りどころだし、せっかくの夏なのだ。こうして僕らは海を満喫した。はっきり言うのは憚れるが、何にせよ水着姿を一度に見れればかなりの眼福もので、それだけで来た甲斐があったというものだ。ミアはちゃんとイギリスから水着を持ってきていたらしい。それはかなり流麗なデザインだった。いかにも日本ではなさそうなやつだ。そこで僕らは浮き輪とかボールとかボードで遊び尽くした。相変わらず近場の自販機で売られている飲み物は高かった。でもここら辺は海の家や観光客が煩くなく、僕らは羽を伸ばすことが出来た。


 青く日照りの強い時間はどこまでも続くかと思われた。砂浜はとても裸足で歩けたものではない。何本かのコールドドリンクが消費され、ビーチパラソルは広げられた。ラジオからは無害で陽気な曲とサーフ・ミュージックが交互に流れていた。青い空に掛かっている低く薄い雲は太陽に幕を下ろしていた。それは陽炎とか蜃気楼を思わせた。波は沖に出るほど力を弱めていった。飛行機雲は青のキャンパスに真っ白の直線を描き、やがて日は世界を回すために傾き始めた。そうして世界はその色を鮮明に変えた。


「わあ。」

年中この島にいる誰かが(それはヨットクラブの若い女の子達だったと思う)今すぐ外に出て写真を撮りに行かなきゃと盛り上がっていた。でも僕は心当りみたいなものを思い浮かべられなかった。それに気付いたのは皆で外に出てしばらく歩いてからだった。


 そこには何層にも分かれた赤と相変わらず綺麗なままの青空との狂想があった。人々や富士を初めとした山々の全てがシルエットと化していた。赤というよりはピンクに近い色をした雲が、海面までもを様々なグラデーションによってピンク色に染め上げていた。その時何かがストンと僕の腑に落ちた。それはある種の理解の仕方だった。つまり、僕はこういう街に住んでいるのだ。北には真新しい市役所があり、東に進めば山がある。そして南には、このような海が広がっている────。そういう街なのだ、実に。今なら普通に写真を撮るだけで思い出の1ページになるだろうと思われた。(そして実際にそうなった)そして世界は暗闇と同化していった。それは優しい時間だった。相変わらず気持ち良い風が僕らを吹き付けていた。


 家に帰ると家の前のホースで足元の汚れを落としてから中に入った。もう日は暮れていた。リビングに顔を出すと誰もいなかった。少ししてミアが入ってきたので先に風呂に入ってもらった。マリンスポーツの道具を外の水で流し、それを仕舞うためにガレージに入った。そしていきなり照明が付いた。僕は姉が帰ってきて明かりを付けたのかと思った。それが勘違いだということにクラクションの音でやっと気付いた。姉はとっくに帰ってきていた。次に助手席が自動で開かれた。実に雄弁な車だ。半ば関心しながら僕はその深い赤色の革張りのされた部屋に入り、ドアを締めた。

「おかえり。

やっと帰ってきたのね。」

「ただいま、家にいないのかと思ったよ。

それにしてもよく冷えてるね。」

冷房のお陰で快適だ。

「ミアちゃんは?」

「先にシャワーを浴びている。」

「レディファースト。」

「さっき皆で海から帰ってきたんだ。」

「随分楽しそう。」

「実際かなり楽しかったよ。

最初に旅行の調べ物をしたんだ。

最近辻堂の所にそれに適した場所が出来ただろう?」

「ああ、あそこ。

あまり行ったことはないけど。

そう、貴方はもうそんな時代に生きてるのね。

私が貴方くらいの年の頃は図書館くらいしか頼るものがなかった。」

「図書館は僕も使うよ。」

「新しく改装されたでしょ。

私と言えば、貴方みたいに羽を伸ばす日が多くないのが難点ね。」

「そればかりはね。それで、他には何を考えてたの?」

そう言うと姉さんは黙り込んでしまった。隣に目をやると彼女は顔を腕の中に埋めていた。まるで寝てしまった酔っ払いの手本のように。でも彼女は当然眠ってなんていない。

「そっか。」

そんな姉の姿を見たのは随分久しぶりのことだった。 そして莉乃との会話を思い出した。


「樫江君。貴方、両親がいないって聞いたけど本当なの?」

放課後の図書館、図書委員の仕事中の時に莉乃がそう話しかけてきた。それは遠慮も譲歩もない明確なクエスチョンだった。

「小学五年生の時だった」そう僕は言った。その話をするのは高校に入ってから初めてだった。彼女のような人格者でなければ話をはぐらかしてもおかしくなかったくらいだ。少なくとも腹を割るなんてことはしなかったろう。あの頃、姉は高校生だった。

「急に聞いて悪かった?

でも実は、私も両親がいないの。」

それが僕と同じ事故だったのかは判断つきかねた。もちろん両親の失い方は一つだけじゃない。でもそれを僕が聞くのも憚れた。例え向こうからこの話題を振ってきたのだとしても。

「その時のことってよく覚えてる?」

「いいや」一拍置いてから僕は続けた。

「その頃の思い出はセピアがかって、漠然としてる。

でもたしか夕方だった。

家に帰ると不在着信のランプが付いていた。

季節は夏で汗をかいていた。

でもその日の何をしていたかは思い出せない。

友達と遊んでいたかもしれない。

着信音の後で姉の幼いながらも緊迫した声がした。」

もちろん当時の僕はそれを幼声とは思わなかったが。彼女のほうを見ても表情に変化はなかった。

「長い話だしつまらないけど、もっと聞きたい?」

「悪くなければ。」

僕は頷いた。

「それで僕は受話器を取った。

彼女は電話越しでそれが僕だと確かめ、その次にはもう泣いていた。

そんなことは初めてだったよ。

最初はどこか怪我したのかと思った。

でもそう聞いても答えは帰ってこないばかりか、事態は悪化する一方だ。

そしてそれは彼女と同じくらい僕を狼狽えさせた。

電話越しに緊迫と恐怖だけが伝わってくるんだ。

しばらくして姉は怪我したのは自分じゃないと言った。

それで友達が怪我したのかと聞いたがそうでもないらしかった。

死んじゃったのと姉さんは言った。」

その無感情さはまだ頭に残っているよ。シンジャッタノ。

「動物の死体でも見たのかと思った。

でも怪我したのは、死体になったのは両親だった。

僕にとってもそれは理解のし難いことだった。

姉の話は正しい音のつながりで、自然な会話だったのにも関わらずさ。

その言葉は今までの感覚ある親とは対極にあった。

そしてその実感とやらは僕には最後まで訪れなかった。

僕は自分に何か出来ることはあるかと聞いた。

彼女はそこでまた一段階冷静になった。

そして夕飯を食べて先に寝ておいてくれと言った。

小学生の僕に出来ることと言えば自分のこと程度だったんだ。

まあそれは今でも変わっちゃいないんだけどね」そう言ってから僕は自分の笑いが幾分シニカルになっているのを認めないわけにはいかなかった。そう、小学生の僕に出来ることと言えば自分のこと程度だった、今と同様。そして無理にそれを無害な笑いに変えようとした。そういう変更こそ僕は求めていた。

「莉乃はいつ両親を?」

「もっと子供のころ。」

「僕は通話を切った後ジメジメとした空間の中でじっとしていた。

セミの鳴き声は大きく感情的だった。

外はすっかり日が落ちていた。

食欲はなかったけど、約束通りコンビニに行き夕飯を買って食べた。

そして眠った。

翌日向こうの国でそれが事件の線で捜査されていることを帰ってきた姉から聞いた。

でもそれは一ヶ月経った後も何一つ分からなず、結局は事故と位置づけられ処理された。

その間報道に載った親の名前もやはり実感がなかった。

まるで他人宛のはがきを見ているみたいだった。」

「ご両親とは会えたの?」

「いいや。」

「二つの空の棺桶が用意され、身内でひっそりと葬儀は行われた。

最初は死体を海外から持ってくるのは手間がかかりすぎるのだろうと思ったけど、実際はそれが原型を復元できなかったこと、解剖医が検死をする必要があったというだけだった。

空っぽの二つの棺桶も、新築のローンも全て両親が旅行中にかけておいたローンで支払われた。

千紘の邸宅に行く途中にある葬儀場で、僕らはシルシとして二つの棺を焼いた。

でも死の匂いは他の何かを焼く匂いだった。

当然全て燃えかすとなった、中身がないからね。

それが最後の形式上の別れだった。

僕も姉も服装を整えただじっとしていた。

最後に寺に戎名が2人分加えられた。」

「でも死自体は、何も不思議なことじゃないんだ。

毎年寿命や病気、その他様々な理由で人が亡くなっているのは当然知っていた。

でも両親のいない両親の墓参りは不思議だった。

それから周囲の人々がどう僕らに接したかも覚えていない。

でもきっと嵐とはこういうものなんだ。

周囲からすればあるいは僕は冷淡な奴だと思われたかもしれない。

君は感情的になった?」

「悲しかったわ、それがどう表に出たにせよ。」

「そっか。

変な話だけど羨ましいよ。」

「僕の場合はただ実感がなかったんだ。

でもその時からよく千紘が様子を見に来てくれた。

僕が決定したのは僕が今までどおり自宅で生活を送ること、他に誰かと住むつもりはないということだけだった。

気持ちの整理がつかなかったからね。

時間は解決しなかった。

ただ時効になっただけで。」

「私の場合も、時間なんて関係なかった気がする。」

「それからすごく楽しい時とか盛り上がっている時にふと両親のことが頭を過ぎった。

僕はそれが不思議で堪らなかった。

苦しい時、悲しい時に思い出すなら、まだ分かる。

そして中学生になると皆そのことを忘れ始めた。

あるいは触れなかった。

そして千紘との付き合いも周りがからかうのでやめてしまった。

結局その頃には大抵のことが自分一人でできるようになってたんだ。

そして日々の忙しさはギアが変わり始めていった。

高校に上がる頃には僕はこうして個人へと成長を遂げていた。

その頃になってようやく死の可能性、匂いみたいなものは生きていればどこにでも転がってると分かった。」

「貴方、そういうところで鋭いのね。」

そのせいで僕の見る風景は一歩引いたものになった気がしてる。それに、

「全部自分のせいじゃないかって思う時があるんだ。」

「私も思い出してはそう感じる。」

「それは間違ってないし、どうしようもできないけど。」


「相変わらずうちの母校の文化祭は気合十分なの?」

「相変わらずね。

姉さんの時はどうだった?」

「私は良く覚えてないわ。

その時は他のことで忙しかったしさ。

でも楽しかった。

もう随分昔のことに感じるけど。

少なくとも私は何かしら選択をした。

それと比べれば、貴方は何にでもなれる」そう言うと彼女は細い煙草から甘い煙を吐き出して続けた。

「ミアちゃんはどう?」

「人気者だよ。

皆彼女のイレギュラーな転校を楽しんでる。

部活を辞めた時には姉さんが帰ってくるとも思わなかったし。」

「それは何より」彼女はそう言うと煙草の煙を消した。

「イギリスでのことは何か思い出した?」

「全くも何も」僕がそう言うと彼女はそれを聞き流した。

「ねえ、告別式のこと、まだちゃんと覚えてる?」

「まあね。」

「あの棺桶には、本当に母と父が入っていたのかしら?」

「というと?」

「もちろん彼らはそこにはいなかった。

でもタマシイみたいなものは、ちゃんとそこにあったのかしら?」

「姉さんはどう思ったの?」

「何もないわね、きっと。

いえ、こんなことを言ったら違う意味に聞こえるかも。

私が本当に言いたいことは……、」

「あそこで焼いたのは両親じゃない、少なくともね。」

「もしかすればね。」

「だから大人は嫌い。

夕飯は貴方達の分も作っておいたから。

後で二人で食べなさい、私はもう寝るわ。」

料理なんて出来たのかと言うと姉さんは当たり前でしょと言った。

「貴方も、手遅れにならないようにせいぜい頑張りなさい」そんな訳の分からないことを言うと姉さんは部屋から出て行ってしまった。酔っ払いは直ぐこういうことを言うのだろうか?灰皿やお酒、グラスを片付けて換気をしながら僕は両親や、当時の姉について考えを巡らせてみた。でもそれは僕の想像でしかなかったし、どうにもならない物事だった。そういうものはこの世界にそれ程多くではないが、幾つか目に付くくらいには転がっている。今日はいつもの倍体を酷使した。昨日の説明出来ない体験がずっともやもやしていた。もしあれをもう一度体験するなら、出来るだけフィジカルをしっかりさせておきたい、そういう直感があった。夢はひどく整理がつかない。運動の後、机の鍵のかかった引き出しを開ける。そこには昨夜の時計と拳銃が入っている。弾丸はない。古いモデルだが、手入れは行き届いているようだ。タクミの動作を思い出しながら、それをリロードする。弾が入っていない拳銃であることを再確認する。鏡の前に立ち、銃を構えてみる。向こうには男子高校生が僕に銃口を向けている。僕は引き金を引く。


 ミアがカーテンを開け、僕の方を見つめる。

「何事?」

「ごめん、まさかここまでうるさいとは思わなかった。」

「銃?」

「ああ、うん。」

僕は続く言葉を探す。

「文化祭の小道具だよ、驚かせて悪かった。」


 部屋に入るとリナは熟睡していた。

「ミア、起きてくれ、朝だ。」

カーテンを開けて軽く肩を揺らす。 彼女はなかなか起きなかった。というよりも夢にうなされていた。僕が彼女をゆすると彼女はハッとした顔をして目を開けた。睡眠を取ったばかりなのに、その顔は疲れているように見えた。大丈夫かと僕が尋ねるとうん、平気よと彼女は笑って言った。でもそれが無理していることは明白だった。大丈夫かと聞かれて本当に大丈夫な人は普通何がと聞くものだ。

「まだ目覚ましは鳴ってないわよ。」

「目覚ましが鳴らなくても朝は来るんだよ。」

「そんなの初耳よ。」

「とりあえず起きてくれ。」

「…。」

「二度寝するな。」

その時自室のドアが開かれた。

「おっはよ~陵史~~今日は私が朝御飯作ったから食べよ~~!」

姉さんだった。

「なんだ姉さん、もしかして昨日は寝てないのか?」

「まあね~~。」

「やれやれ、ミア、起きて。

姉さんがホットケーキ焼いてくれたらしい。」

うちの姉は食事が偏るのを嫌う。それは栄養価の偏りではなくレパートリーの偏りだ。だから僕は別に嫌だった訳ではなかったのだけれど、様々な料理を覚えさせられる羽目になった。しかし朝に弱い姉さんは珍しく自分が先に起きると決まってホットケーキを作る。

「ミアちゃんまだ寝てるの~?

本当に朝弱いんだから~~。」

も~、とかなんとか姉さんがリナの所まで来て話している。

「誰のセリフだ誰の。」

とりあえずリナを無理矢理起こすと僕らはリビングへと移動した。


 パンケーキを食べた僕らは高校へと向かっていた。今日は部活ではなく文化祭準備だ。授業時間も何限かは潰れて準備時間に当てられはしたが、それでも基本どのクラスも夏休みに準備をしに来る。特に三年のクラスはクオリティーの高さが群を抜いている。去年も

「受験があるのに先輩達はどうしてほぼ毎日教室にいるんだ・・・?」

と一年生ながら首を傾げたものだった。夏の総本山とは、青春とは、宇宙とは・・・。僕らは教室を一つの電車の車両と見立てて脱出ゲームをする。下地は有名なオリエント急行殺人事件だが、それを一時間にまとめる為に二重スパイとか色々な要素が盛り込まれるらしい。お客の理解のキャパを超えないようにしたいところだ。クラスに一人はいるであろうミステリファンの存在は大きかった。他にも「そんなに下準備に手間が掛からない・その割には面白い出しものに成り得る・一時間をクラス三分の一未満で回せる(つまり客寄せという名前の只おしゃれして他のクラスを見て回れるサボリが増える)・少ない衣装にこだわれる」等のメリットがありWin-Winという感じだった。クラスに一人はいるかもしれないパソコンのプロもうちのクラスには物理部が二人もいたので、どうせなら背景はスクリーンにパソコンから移してやろうということになった。役者は死亡する乗客役(パスタが来る前に毒を盛られたコーヒーを飲んで死ぬ。ちなみに紅晴がやるらしい)とお姫様役(客寄せの意味でも見映えの良さは大事だ。)、司会進行役に探偵役、道具整備人員をそれぞれ数名ずつ出せば良い。犯人役は背景にも使われるスクリーン越しでの登場になるから必要がなかった。ただクラスの男子を床に寝転がせ、ケチャップを置けばいい。その写真を派手なSEの音と共に流す。死亡役がいた方がリアリティが出るから、最小限でも生身の人間も必要だ。クラスの役職は役者班(リナ、光晴、ミセス)、台本班(僕、莉乃)、パソコン班、準備整備班(千紘、秋音)の四種類に分かれた。

「人々は見え透いた芝居を求めちゃいない。

どちらかといえば間違いを正すこちらの意図に注目するだろう。」

「小道具は容疑者。」

「じゃあ容疑者を増やす?」

「駄目じゃないけど、面倒にならないか?」

「そうなると役者も大変だな。

深刻そうに演じればそれは嘘だと思われる。」

「逆も然りね。」

「二つのストーリーラインがいるわね。

読者を誘導する仮の道と、正道の一つが。」

それは不思議と僕の心をうった。実際台本なんて家で打てばいいからわざわざ準備に行く必要は無い。今日はクラスで決めた週に一度の定例報告会兼話し合い兼設定合わせ兼おしゃべり会なのだ。どの割合が一番多いかなんて言う必要も無いだろう。クラスラインが夏休みなのに夏休み前より頻繁に動いていた。スケジュールを調整して一番人が多く来れる日に集まるようにしていた。他にも班毎にグループが出来ていた。僕の班はプロット作りが終わっていて今は各自が話に演出を含めた肉付けをしていた。絵コンテみたいなものだ。プロットもクラス全員に確認して貰って叩き出しをしたりした。パソコン班は二人だけなのに訳が分からないくらい優秀だった。人間、好きなことへの執着心はとてつもない。彼らは背景の素材と音源、アクション音、機材の搬入、動画編集をもう終わらせていた。今は二人でどう考えても今回の文化祭には必要の無い専門的な話や過剰演出について話を進めていた。ちなみに僕みたいなトーシロでも扱えるようになっているらしい。班の成果物は他の班がチェックし改善点を挙げるという制度を設けたのだが、パソコン班は演出におけるクラスでの話し合い以外何も指図を受けなかった。食堂車は椅子は学校の椅子を使うし小さいテーブルは机を四つ集めてその上に近場で買ったギンガムチェックのテーブルクロスを乗せるだけだ。それを幾つか用意すれば後は準備・整備班の仕事は衣装製作だけである。これも元々ある衣装を更にフリルをつけたりして加工するだけだ。お手ごろである。探偵役は白いYシャツにタイ、探偵帽。僕としてはトレンチコートを是非とも羽織って頂きたかったのだが、九月にそれは暑すぎるだろう。仕方無い。まあパイプを持たせればそれらしく見えるに違いない。作業は万事順調に進んでいった。


 午後になると僕らは修学旅行の計画書を担任に出しに職員室まで向かった。

「失礼しまーす。」

学年とクラスと名前を名乗って担任がいるか聞いてみる。幸恵教諭もとい、ゆきちゃん先生はちゃんといた。

「嗚呼、お前たちか。

どれ、見せてみなさい。

よしよし、順調に作ってきな。」

この先生、全く話が早くて助かるよ。おまけに美人だし言うことないよね。どうして学校の教師なんてやってるんだろう?

「ふむ…。

いいじゃないか。

よく纏まってるし細かく書いてある。

一応何かが上手くいかなかった時の対応も考えておきなさい。

トラベルにはトラブルが付きものだからな。

また何か問題があったら追ってこちらから班長に連絡しよう。」

話はあっさりと終わった。そして、初めてのライブ合わせだ。まああれから一週間経ったし、そろそろ実力を把握しておいた方が良いだろう(諦念)。軽音部以外のメンバーと別れた後僕らは第二音楽室へと向かった────。


 僕はどうやら楽器には向いてないみたいだ。圧倒的な敗北を前に僕は両膝から崩れ落ちていた。

「まじでしゃれにならなくて楽しくなってきたわね。

陵史、あなた文化祭の台本は面白いんだから楽器もどうにかしなさいよ。」

無茶言うな。

「でも、うん。

ミアについて言えば全く問題なさそうね!」

本当にもう、それは全くその通りだった。彼女の歌は発音が良いだけじゃなくて、普通に上手かった。ちなみに問題なさそうという話なら莉乃もそうだ。

「陵史は最後までなんとか演奏してるけど、もうちょっとね~~。」

まだ完璧ではないらしい。まあ秋音は僕と違って周りがどれくらい上手いのか知っているからね。

「まあでも、問題は貴方よ。」

こうして長い学校での一日が終わった。皆何か話したいらしく藤沢まで出ると定番のファミレスで夕飯を食べるらしい。秋音は僕が用事があるので参加出来ないと言っても簡単には納得しなかった。それから僕は無理矢理僕を連れて行こうとする秋音を押さえた皆と藤沢駅で別れ

「ただいま。」

「「おかえり~。」」

なんだかいつもと違う声がした気がするけど、たぶん気のせいだろう。疲れてるんだ。そう思いながら僕は自室へと上がった。そこにはギターを持った秋音とリナがいた。

「え?秋音?」

どうしてここに?

「貴方が帰ってくるのを待っていたの。」

「いや・・・え?」

助けを求めるように僕はミアの方を見た。

「あの後話してたらこういうことになったの。」

もちろんそれは説明になっていない。

「家族にはなんて言ったんだ?」

「みあっちの住んでる所でガールズトークって言ったわ。」

正しくはないが間違えでもない。

「今から練習するわよ」そう言うが早いか僕は腕を掴まれ、地下室へと連行されたのだった。


通話を切り彼女を起こそうとしたら、彼女の目は開いていた。

「起きてたんだ。」

「そういう日もあるわ。」

「私は寝ちゃったけど、あの後何かあった?」

「僕がなんとかたどたどしくも一曲弾けるようになったくらいだね。

彼女は寝落ちしたんで地下室のソファに寝かせてある。

皆で朝食を食べよう。

悪いけど彼女を起こして来て貰っても構わない?」

勿論と彼女は言うと、部屋を出て行った。僕も支度をしないとな。どうにも気の重い朝だった。


 彼女が部屋を出たタイミングで僕は私服に着替え、今朝の新聞を取りに玄関のポストまで降りていった。でもそこには思いがけないものも入っていた。僕はそれを手に取り、良く回らない頭でそれを眺めた。その便箋にはこう書いてあった。

「Ryoshi Kasie


×××××,Fujisawa,Fujisawa─shi,Kanagawa

Japan

VIA AIR MAIL 」

としか書かれていない。切手の代わりに女王陛下の絵が描かれている。差出人部分が黒く塗りつぶされていて読めない。


 「ミア、心当たりはない?」

朝の食卓に姿を見せたミアと秋音に僕はそれを見せた。彼女は手に取ると僕と同じように確認をした。

「いいえ、少なくとも私の知らない人の字だわ。」

彼女もその手紙に対し不思議がっているというか、不信さを抱いていた。

「不思議だな。

どうして姉さんやミアではなく、僕宛てなんだろう?」

「開けてみたの?」

「まだだよ。

君宛てかもしれなかったから。

とりあえず開けてみよう。」

それを開くと中には3枚の横長のポストカードが入っていた。秋音もそれを興味深げに見ていた。

「これってもしかして陵史の小さい頃の写真じゃない?」

朝からテンションが高い奴だ。でも彼女の言うとおりだ。一枚目は僕の家族の写真だった。父親、母、姉とまだ小さい頃の僕。日付は十年前の・・・今日だ。背景は海外らしい。小学生に上がったばかりの時に海外へ行った覚えなんて僕にはなかった。イギリス国旗のマークに「Kasie Family」とある。どうやらイギリスでの旅行の知らせを送った誰かから送り返されたらしい。姉はこのことを知っているのだろうか?リナもしげしげとそれを見ていた。それは確かに色々な意味で珍しい写真だ。まず一つ目にかなり古い写真であり、二つ目に場所が海外(恐らくイギリス)であり、三つ目に家族皆が揃っていた。そんなアルバムなんて見た覚えがなかった、謎だ。それらはパズルみたいにそれぞれの形のピースを持っている風に思えた。でも本当にこの一件に関して、僕が覚えていることや思い出せそうなことは何一つなかった。いったい差出人は誰なのだろう?そこにはただ不気味さだけがあった。二枚目は後付けみたいにそこに入っていた。そしてその白紙にはこう書いてあるだけだった。


  ───────── 


    Lainfield       

  

  ─────────                

 


最初は誰かの名刺かと思った。そう勘違いしても仕方のない大きさだった。だが裏を見ても住所はおろか連絡先も一つも書かれていなかった。そしてその紙は普通の名刺よりも手の込んだ作りだった。デザインが優れている訳ではないが質が良い。それはワニ革を思わせた。最初はいたずらの類を疑ったが、結局それを怪文書とかだと済ませる気にはならなかった。だって一枚目には確かに僕の知らない家族の写真があった訳だから。何かが持ち上がろうとしていたけれど、それが良いことなのかまでは分からなかった。こういう時って何かのピースと何かのピースが嵌り、それにより更に強調される空白がひどく気になるんだよ。なんだか僕だけが取り残されているみたいだ。そんなしょっちゅう感傷的な気分になる訳じゃないけど、たまにはなる。テニスラケットを壊してしまった時とかに。僕は二人に目配せだけしたが2人とも僕の顔を鏡で見たら今こんな顔をしているんだろうな、という表情しか浮かべていなかった。手掛かり0だ。最後の三枚目だけは二つに折り畳まれていた。そしてそれは表にはInvitationとだけ書かれていた。招待状……。当然タクミ・タチバナを思い出す。

一体僕は何に招待されてると言うんだ?中を開いてみる。

「拝啓 諸秋の候 皆様におかれましては益ご清祥のことと心よりお慶び申し上げます。」

なかなか堅苦しい文面だ。礼儀的、形式的な文章がそこでは整列していた。

「さて 私儀 このたびアハトワグループの総裁の決議により新しく代表取締役の選任紹介を行うことをここに謹んでご報告申し上げます 


 総裁の活躍中は格別のご厚情を賜り誠にありがとうございました


 つきましては日頃のご厚情に深謝の微意を表したく下記の通り粗餐を差し上げたく存じます 公私ご多忙の折から誠に恐縮に存じますがご光来いただけますようにお願い申し上げます


敬白」

「つまり、晩餐会の招待みたいね。」

そうらしい。幾つか気になった単語があったけれど。

「日程は…明後日になってるわね。

幾らなんでも急過ぎない?」

「そして、君と来るように書かれている。」

そこには貴公は是非ミア・アシュフィールドとご来場頂くようと書かれている。

「どうする?」

全ての紙を封にしまうと僕は自室に戻ってそれを鍵の付いた引き出しに入れた。


 皆で朝食を終えると身だしなみを整えて三十分前に着くように家を出た。でも手紙のせいで僕は思わぬロスタイムを食っていた。練習の続きを強要してくる秋音からテキトーな理由をでっち上げて逃げるのに時間が掛かったというのも理由の一つだ。僕は彼女に昨夜の練習の礼を告げると家を出た。

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