第16話

12th,August 


 また彼女の夢を見ている。だが僕は途中まで受動的にいつもの光景を見た後、しばらくしてハッとした。何かがいつもと違う。彼女は海岸の岸辺で月を見ている。僕は寝転がっている。彼女は一体何故そんなことをしているんだろう?一体何を考えているんだろう?いつか分からないのに夜だとは分かる夢。必ず朝でも昼でもない。太陽は昇らない。月はいつでも僕らを照らし出している。今日は特に大きく明るい。気付くと何故か彼女は僕の隣で寝ている。彼女の感触が確かにある、髪は自然にはらりと落ちている。とてもいい匂いがする。彼女の美しさに急に認識が追い付く。彼女は相変わらず制服を着ている。でも彼女は誰なんだろう?


 諦めて僕は朝食の支度にとりかかることに決め、自室を後にした。


 「そうえば、ミアは何か部活に入るの?」

今朝はそんな僕の好奇心から始まった。

「うん、まあね。私の歓迎会で皆が色々見せてくれて、部活動見学会みたいですごく楽しかった。」

「うん。」

「出来そうなものは全部やりたい。」

「成る程。」

彼女はなかなか大胆な性格なのだ。詳しく聞いてみると彼女は軽音のボーカルと茶道を掛け持ちしたいらしい。まあ省エネ主義の千紘と被ってるし、ボーカルも楽器よりは狭き門ではないと言えるかもしれない。何より歌というのは上手い人は元から上手い。それに英語が歌えるのは大きい。非常に楽しみになってきた。

「基本は午前と午後で分かれてるし、夏休み中は両立の心配はないと思う。」

「そうか。

文化祭準備の方もあるから大変かもしれないけど、頑張ってくれ。」

でも悲しきかな。彼女のやろうとしていることとは対極に位置する中途半端な僕にはこれくらいのことしか言えなかった。うちの学校は文化祭への力の入れ方で有名だ。最初は出来合いのチュロスに既製品の調味料をかけるという無害で無労働、無利益な催しが縁日などの小学生みたいな提案と共になされたが、そんなものはメイド喫茶などの馬鹿げた意見と共に無事排斥された。彼女は分かったそうすると言った。僕はその時のことを思い出してみる。僕のクラスではまず仲の良いグループで席を作り、半分の時間話し合いをした。僕はリナの来日パーティーのメンバーになった。

「まあ」最初に口を開いたのは光晴だった。

「他クラスと同じことをして一番は取れないよな。」

「今年のお題は何だったっけ?」

「ハリウッドだよ、かし君。」

「ハリウッド?」

「北英高校と掛けてホクウッドらしいけど。」

「それはまたすごそうなテーマだね。」

「ハリウッドと言われて思いつくのは?」

「映画でしょ。映画産業。」

「ビバリーヒルズ。」

「サンタモニカビーチ。」

「他はどういう出し物を考える?」

「豪勢なものだろう。

なんたってそういう街だし、祭りごとだし。」

「街の雰囲気で言うなら?」

「街の雰囲気?」

「けど、朝昼晩で言うなら夜、かな。」

「夜の街?」

「夕暮れとブドウ酒。」

「夕暮れもいいけど、深夜みたいな感じもあるわよね。」

「深夜にいるのはどんな人達だろう?」

「金を持て余しているか、金がない人達、朝まで続くパーティー。怪しそうな店。」

「そういうのは学校行事じゃ出来ないでしょ。」

「やっぱり文化祭の定番に香り付け程度の要素を加えるしかないんじゃないか?」

「文化祭の定番…色々ありそうね。」

「お化け屋敷とか、屋台とか?」

「ホットドッグをロサンゼルス価格で売る。」

「あっはっは、それただ高いだけだろ。

お化け屋敷ならどんな要素を加える?」

「ビバリーヒルズに建てられた豪邸の廃墟とか?」

「なんでそれは一等地の豪邸なのに廃墟なの?」

「そういう話があるんだ。

痴情のもつれ、因縁話…なんでもいい。

それを怖がった土地買い人達も金持ちも近づかない。」

「いいね。

でも豪邸の要素をどう持ち込む?」

「豪勢にしようとすればするほど難題になるよな。

どんな方法があるかな?」

「模造品を買う。

著作権切れの絵画をダウンロードしてプリントアウトしのを飾るだけでも見栄えするだろう。」

「他には?」

「安い何かを用意して、とても高価なものだという設定を付けるのは?」

「いいね。

価値の付随は他にも使えそうだ。

やり方次第ではジョークとして使えるかも。」

「後は…安い光ものとか、各々で用意できるものとかになるのかしら。」

「色んな服装がありそうだけど、そういうのに本当に金を掛けるのはどうなのかね。」

「それも最低限の設定として乗り越えるしかないよ。

実際に高いのを使ったら費用も足りない。

来校者達は作り物のほうが好感を持つんじゃない?」

「三年生なら凄い舞台を作るかも。」

彼らならやりかねない。

「映画を撮るクラスはいくつかあるんじゃない?」

「映画を作る場合は学校が機材の貸し出しをしてくれるそうよ。

会議室をあしらって映画館にするんですって。」

「へえ。当日そのクラスは暇にならない?」

「どうでしょう。

もしかしたら食べ物でも売るかもしれないし、当日も客の呼び込みがあるんじゃない?

一概に楽で良い案とは思えない。」

「もし映画なら時間は三十分くらいが理想か?」

「短い分なら問題なさそう。」

「映画は一位から三位を投票で決めるんだって。」

それは事実他クラスの思いついていない名案だった。なんやかんやあったがこうして僕らのクラス準備が始まった。でも準備の間も今朝の小豆色を忘れることは出来なかったし、その真意も分からずじまいだった。そして彼女にメッセージを送ることもしなかった。


 古いハリウッドを舞台とするメリットはいくつかあった。まず材料費がモノクロで済むから塗装費用が軽減されること、そして当初思っていたよりもモノクロの舞台が映えていたこと(僕らはそれを画像検索で確認した。そしてそこに色のある役者、観客がいると彼らはガラスの靴を履いたシンデレラのように目立った)三つ目にその舞台用意は混乱を招きようがなかったこと(使われる色は黒白グレーだけだ)。四つ目に僕ら若者とのギャップが面白い。今を生きる若者の文化祭で手巻きタバコやマッチ、ブザーというのはまず出てこない。そしてそれらは時代遅れなので安くで用意できる。ネットショッピングが可能な今では入手困難なものなんてほとんどないと言っていい。 皆は現在の都会とは違う7,80年前のアメリカの、二度と戻ってはこない暗い夜の町並みに心惹かれたようだった。それは殺人やトリックを容易に出来るという理由もあったかもしれない。もちろん逆の趣向の人々のほうが圧倒的多数だった。でも彼らにはこれ以上面白そうな出し物を考え付くことが出来なかった。クラシックのダブルスーツ、斜めに被った小粋なフェドーラ帽に、ウィスキーの瓶、(これを若者がやるのはお笑いだろうが)ケースから出したタバコを嗜む姿、上等な言い回し……。 そして服装も白黒のものにしよう、ということになった。これは最初に衣装班と揉めた。まあそうだろう。誰だって晴れ舞台に地味な服装はしたくない。でもクラスの服飾に明るい女子はモードや黒の歴史について話をした。もちろんそんなことは誰もが知っているわけではない、個人を選ぶ内容だ。そしてそんなことはその話をした本人でさえいつもはしなかっただろう。つまり文化祭とはそういうものなのだ。個々人の力の入れ具合によって、それは当日の楽しみとなって帰ってくる。彼女曰く服飾の歴史の中でカラフルな色合いは世間では避けられていたということだった。そのような多彩な色のコーディネイトは社会からうとまれた人の制服として、娼婦や道化師が身に纏っていたのだと。色が多いことはそういう印として当時は機能していた。だから地位の高い人ほど黒の衣装に見を纏った。それは今も権威の象徴として残っている。話し合った結果男性はモノクロ限定、女性は白、黒、モノクロのドレスに、宣伝用として赤、黄、青、緑の物が容易されることになった。何か一色くらいはメリハリとして、部分の強調として効果があるかもしれないのは確かだ。赤い魚の群れの真ん中で泳ぐ黒い瞳役のスイミーのように。


 ミアはその日の内に僕達のバンドグループに参加することになった。二日目の昼に二曲、後夜祭で二曲やることが決まった。まじか?どうやらまじらしかった。夏休みの全てを使ってでも四曲というのは初心者向けでは、きっとおそらく全然ないだろう。それぞれ一曲をリナが担当する。曲選はリナなら英語の歌詞の方が良いだろうし、単純に僕が洋楽も好きだったので半分がUKロックになった。それにそっちの方が格好良さそうだと安直に考えたのも事実だった。最前線のJポップよりも一昔前のUKロックの方がアツいと思っていたのは事実だ。

「でも、それ私達知らなくない?」

「え、これ知らないのか?」

「う~ん、知らないかなあ。」

「私も。」

「でも英語で歌えるどころか現地の人なんだぞ?

ここでぱあっとやってもらいたくない?」

「まあそれは分かるなあ。」

「だろ?」

「や、それは私も同意見だけどさあ。」

「まさかとは思うが秋音。

お前、自分の見せ場とか気にしてないだろうな?」

「えっ、ないない。

それはない。」

「気にしていたか。」

「やっぱり~。」

「今までのただの可愛いだけのガールズバンドは嫌だ~とか言ってたお前の世界中のガールズバンドの皆様に謝罪も辞さない発言はどこにいったんだよ。」

「え、私そこまで言った?」

「まあまあ。」

「でも実際さ、いいアクセントになると思う。

UKロックとか皆が皆知ってるわけじゃないけどさ。

今聴いてる人だっているんだし。」

「それはかし君だけでしょう?」

「それは盛った。」

「それに聴いてみれば絶対盛り上がると思うんだよなあ。

難易度とかはともかくとしてさ。

要は今までの秋音たちが作ってきた雰囲気とかを壊さずに、加味すればいいんだろう?」

「まあそうだけど・・・。」

「ならきっと大丈夫。

それにこんなこと普通はやりたくても出来ないんだぜ?

ポジティブに行こうぜ!」

「樫江君、なんかいつもと違う。」

そんなこんなでボス秋音からの了承をひったくった。


 そしてその日の夜にはミセスからメッセージが来ていた。内容は前回のウチで行われたパーティーの感想と改善点だった。次は部員を連れてくるからもっと盛り上がろうとか(勘弁してくれ)、いつも話せない人と話せて良かったとか、私はポッキーよりプリッツの方が好きだ、等々…。下らない話すぎて思わず盛り上がってしまった。舞台で踊る役がしたいというのも興味深かった。きっとミュージカル映画が好きなのだろう。まあなんにせよ良かった。この調子だともしかして歓迎会に次回が本当にあるかもしれないな、スマホを切った。


 翌日、僕は例の如くカフェでのバイトを終えクローズに入っていた。副島は昼までのシフトらしかった。僕はその鮮やかな色のティーシャツと裾の広いパンツルックの私服姿の彼女と、休憩室ですれ違うとお互いお疲れ様ですとそっけない声で言い合った。僕はそのバイトを四日やり、一日休み、また四日やり、また一日休み・・・と勤務していた。今は三回目の四日目だ。これが終われば長い休みがとれる。次の日で勤務は終わりだ。勤務先は五分と掛からない。でも道中の国道や店の前の信号を待っている間なんかに、色々な車や人々を見ることが出来る。つまり大体は一般的なセダンや軽自動車、おしゃれとまではいえないが変でもない服装をした老若男女がいる。でもたまに車高の低いスポーツクーペ、コンバーチブルなんかが、高級ブランドのSUV、Dセグメント以上のセダンと走っていたり、髪色が飛び抜け着色された若者や大きな体をした人々、珍しい格好の人々がいる。そしてごくたまにイギリスの高級スポーツカーやクラシックすぎる車、白く車高の低いスーパーカーなんかが、まるでどこかから紛れ込んでしまったみたいに走っている。他にもアイアンバンパーで作られたグリルが趣のある車が小道の日陰で停車していたり、異常に背の低い成人が歩いていたりする。それらは通行人からめいめいの反応を引き出すし、どうしてもこの街では目を引くことになる。家もそうだ。だいたいはマンションや連ねて建てられた集合住宅だが、大中小の土地にポツンと一軒家が立っている。それらのどれが素晴らしいというわけではない。ただそこがどの程度裕福なのかが分かるだけだし、井戸端会議をする人々のように裕福が幸せだと信じているわけでもない。ただ庭が付いているか、付いていないかの違いだけだ。ここはそういう街だ。そして猫や犬を飼う家庭もある。


 職場では僕以外のスタッフは揃っていた。一つ下の女の子がスタッフルームに戻ってきた同じく女性の幾つか年上のアルバイトに言った。

「今日着ている服の色はロイヤルブルーですね。」

そこで僕の動きがかすかに止まる。リナの詩が頭を過ぎったからだ。

「そうなの」そう先輩が言う。

「いいですよね。キャサリン妃も着てますよね。」

「確かロイヤルブルーってイギリス皇室の公式カラーじゃなかった?」

僕は話に参加している。

「そうですよ。だってロイヤル・ブルーじゃないですか。」

「確かに。」

その通りだ。僕はどうしてしまったんだろう?

「私の今年買った水着もその色なんですよ。」

そうやって他愛のない会話は続いていく。


 それから日が暮れて休憩を取り、客足も途絶えると食器の片付けとゴミ出しと店内の清掃、明日の準備を済ませる。飲食店だから馬鹿みたいにゴミが多い。清掃というのはまあ床のモップ掛けとテーブルを拭くこと、トイレの掃除だ。今日はクローズが僕一人だけだった。皆様々な理由をお持ちのようで、閉店時間と同時に帰ってしまった。まあ僕としては全然構いやしない、貸しにしておこう。とにかく、それは僕がバイトを始めてから初のことだった。そしてそれは全ての業務が終わり、明かりを消そうとした時だった。二階から何か音がした。

「・・・。」

その音は僕をたまらなく不安にさせた。ただ何かが落ちたとか、そういう感じではなく誰かがどこかに足をぶつけたような、そんな鈍い音だった。そして椅子がずれた音ももれなく聞こえてきた。でもここにはもう僕しかいないはずだ。何故なら僕はバイトの人達が帰ったのを全員この目で見ているのだ。それにずっと一階にいたから、もし誰かが入ったりしたなら気付くはずだ。もし泥棒とかそういう類の侵入者だったら、これはちょっと不味いことになる。僕は何か武器になりそうなものはないか探してみた。でもそこにはモップくらいしかなかった。それを取り出すと静かに階段を上っていった。二階はスタッフの休憩室が二室ある。奥行きのない横に長い部屋だ。入って直ぐにハンガーを掛ける所があり、その奥には食事を取れるように小さなテーブルがあり、タイムカードとパソコンが置いてある。手狭な部屋にそれらが並んでいるのは如何にもバイト先といった感じだ。そこには生活の趣がない。もう電気を切っていたので二階は真っ暗だった。目をこらして息を殺し、周りを確認した。そして急に、タバコの匂いが鼻をかすめた。タバコ?そう、それはタバコの匂いだった。そして喫煙室の奥に何か小さな赤いしみみたいなものが見えた。火だ。火のない所に煙は立たない、そこに誰かがいるのだ、もちろん。それ以外に説明しようはない。そしてそれが唯一の光源だった。暗闇はあまりにも広大で、明かりは宇宙の中の蛍の光みたいにあまりにも小さすぎた。肩は凍りつき、心なしか気温も下がっていた。僕はアルバムの中の音楽全てが終わったと思ったら、ギターのソロが入った時みたいに驚いた。ボーナス・トラック、僕はそう心の中で呟いた。

「ボーナス・トラック。」

それは全く同じでタイミングで向こうから聞こえてきた。丁度タバコの火のある辺りから聞こえた気がした。それは山びこにしては反響するのが早すぎた。第一ここは山頂ではない。ほぼ同時のタイミングでその声は聞こえた。僕はまず自分の耳を疑った。果たしてそんなことがあるのかどうかは知らないが、この暗闇に慣れていない所為で自分の声が他人の声のように聞こえたのかもしれない。そして誰かがまた意味もなく一日が過ぎていくと言った。その声はどこまでも引き伸ばされていった。そしてあるポイントを過ぎるともしそれが自分の声であったとしても、僕にはもうそうは聞こえなかった。それから僕はその向こうにいる誰かが、煙をはくのを見た。それは風のない喫煙室を静かに、ゆっくりと上にたなびていった。僕は変わらぬ慎重さでそのガラスまで近付いた。不審者相手なら壁一枚でもあった方が良い。でも相手の黒い影が見えただけだった。今さっきの声は果たして僕の頭の中でしたのだろうか?それとも誰かが実際に、この本当に暗い闇の、すぐ向こう側から発した声だったのだろうか?外はやけに明るく感じた。

「非常口の扉が見えるかい?」

そうさっきの声は言った。間違いない、それは僕の声ではなかった。


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