第14話
翌日。今日はオープンからクローズまで喫茶店のバイトをする。夏休みなのに何かと毎日予定は入っている。仕事をしながら僕は様々なことについて考えた。僕はどうして中学の時に千紘と話すことがなかったのだろう、とか。あまり話していないと言えば、隣にいる副島がまさにそうだ。同じバイトの同い年、家は直線距離で歩けばたぶん3分くらい。だから千紘のように小中が一緒だ。でも近所といっても話をよくするわけではない。よって彼女についてあまり多くのことを僕は知らない。今彼女は横浜の学校に通っていたはずだ。クラスが同じだったこともある。でもこの先の人生でもう二度と関わることはあるまい。僕が最初に思ったことは、どうして彼女がこんな所にいるんだろうということだった。バイトなんていくらでも候補があるじゃないか。特に今日みたいに二人だけだというのはかなり気不味い。客入りもモーニングを過ぎたこの時間は少ない。やれやれ、彼女がここでバイトをしていると知っていたら、まず間違いなく僕はここでは働かなかっただろう。彼女の特徴としては背は小さいが人形のような整った顔立ちをしていて、字がとても綺麗だということ。僕も彼女も白のワイシャツに黒のエプロン、黒のパンツを身に着けていた。彼女は前髪を後ろのほうに回しポニーテールにしていた。
「ねえ、今日は何時までなの?」
そんなことを考えていると、彼女は珍しく、というか初めて僕に話しかけてきた。一瞬何を言っているのか、そして僕に話しかけているのか分からなかった。
「クローズまでだよ。
そっちは?」
「私もよ。」
「まあ、夏休みだからね。」
……。
「そうえば、最近よくここに来る私達と同い年くらいの美人の外人さんを知ってる?」
「初耳だね。
どうやら僕がシフトの時には現れないようだ。」
「凄く綺麗な人よ。
この街に住んでいるとは思えないくらい。」
それは僕が始めて彼女の口から聞いた本音のように感じた。
「制服はどこの?」
「さあ、それがさっぱり分からない。
私と一緒で自由服登校で用意した制服みたい。
勿論そんなことはないんだけど。」
「謎の人だ。
留学生なのかもね。」
「そうえば貴方の高校、今年の修学旅行がイギリスって聞いたけど、本当?」
「そうだよ。」
「ふうん。」
僕らは特に楽しみも抱かずに、そういう機械的で、義務的とすら呼べる会話みたいなものを、社交上行った。
十一時、僕は玄関から帰って来た。全く死にそうな一日だった。
「ただいま。」
姉はどうして帰宅がこんなに遅いのか尋ねてきた。夕飯が遅いことに対する文句も言う。そりゃ確かに申し訳ないことをしてしまった。
「バイトだよ、バイト。」
この夏休みが稼ぎ時であるのも事実だ。彼女は拗ねてシェナを抱き上げた。猫の方はちょっと嫌そうな顔をした。だってシェナは今まさに眠ろうとしていたからだ。僕はデニムエプロンを羽織ると夕食の支度を始めた。こんなことは去年気兼ねしないで好きなだけ出来たとも思う。
夕飯の頃には姉の機嫌が直っている。風呂を済ませ、プロット班のグループ通話に参加する。話の内容は悪役についてだった。話は大まかな設定を終え、細部に写っている。今はどうやら悪役の衣装についてだった。皆は僕の参加に気付きあいさつをくれる、この班はあまり派手な人は多くない。どちらかと言えば礼儀正しい部類に十分入るし、今回の出し物を出来るだけ良くしようと思っているのは十分伝わってきていた。うちの学校は文化祭が有名だからこの手の連中が他校よりも多めに入ってくるのだ。僕もあいさつを返し遅れたことを詫た。
「気にするな。
今はそんなことよりもアイデアが欲しいんだ。」
「悪役をどうするかってこと?」
「その通り。」
「今は何がネックになってるんだ?」
「どうやって悪らしさ、犯人らしさを出すか。」
「そしてどうやって配役を変えた時の違和感を減らすか。」
「後は意図する雰囲気を変えないでどうやって価格を抑えるか。」
「それでどんな話になったんだ?」
「スーツを着せるというのは悪くないということになっている。
犯人役としてシンプルにブラックスーツを着せれば雰囲気も出るし、あまり怪しまれないだろ。
他の乗客もミスリードとして色々な格好を混ぜる。
黒のスラックスとワイシャツは男子なら制服として既に皆持っているし。
必要なのはジャケットとタイくらいだ。」
「やっぱり暑くならないか、それ。」
「その話ももうしたわ。
でも今回のクラシックを意識するならジャケットは外せない。
だからファストショップの安くて涼しいジャケットを一公演で必要な最低分買う。
舞台に立つ人間だけ着ればいいから、片手で数えるくらいあればいい。
冷房もあれば十分でしょ。
観客からしたらブランケットがあれば寒くないと思える程度。
役者からすれば汗は書かない程度に。」
当日は混むだろうし、涼しくて座れるとなれば休みたいという観客も増えるだろう。悪くなさそうだ。
「でもそれだけじゃ犯人役としてまだ弱いんだ。」
「でも犯人とバレてはいけない。」
「じゃあマスクを被せれば?」
「マスク?」
「仮面をつける強盗っているだろ?
あんな感じさ。
犯人が分かるタイミングで舞台を暗くしてそれを付けさせればいい。
それならどの舞台でも犯人は同じ仮面の奴だから分かりやすいだろう。」
「なるほど、展開を分かりやすくもする小道具ってわけか。」
「でも仮面なんてどんなのを容易するの?
ふざけたやつとか新しめなのは今回のクラシックにそぐわない。
かと言って高いのを買うのは最終手段にしたいんだけど。」
さすが衣装製作班。
「それならペーパーバッグ・マスクにすれば?」
「ペーパーバッグ?」
「要するに紙袋だよ。
調べてみてくれ。」
「なるほど。
少なくとも素材だけなら時代背景にマッチするだろうな。」
「これならタダで作れるよ。
犯人の顔もいくつか用意できそうだ。
油性ペンだけで小さい子なら怖がるようなのが作れそうだね、耐久性はないけどいくつか用意しておけばいいんじゃないか」という頼もしい発言が美術部部長からあった。
「紙だから事前に折りたたんで役者がポケットに入れておくこともできる。」
「どうかな?」
「他に何か案のある人は?」
「じゃあこの線で行こう。
問題なさそうだ。」
こうして何事もなく通話チャットも終わり、何もなく一日が暮れていく。アラームは今か今かと夜の時間が終わるのを待っている。そして、僕の意識が失われた後に、ある一定の深みまで増した空は徐々に明るくなっていく。ハードロックのアラームで僕は目を覚ます。朝には世界で様々な変動がある。あまり心楽しくないニュースはいつも蔓延している。そしていつもと同じように暮れていくであろう日が来たと一人でに思う。後日、ペーパーバック・マスクマンの案は実際に使用されることとなった。
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