第13話 Dress room

 陵史が家に帰って来たと思ったら、早速彼は荷物を置くなり腕立て伏せ100回を始めた。そして苦しそうに15㎏のダンベルを垂直に持ち上げに掛かった。その姿を見ているとだんだん、男性のプロポーションが女性のそれとは違い、先天的なものでは決まらないのだと思えてきた。それは素直に羨ましく感じられる。それから彼は先程と似た要領でコードの暗記と左手を動かす練習を始めた。コードサイトには無料で楽曲が転がっていて良い練習になるみたいだった。きっと部員の人が彼にそのサイトのことを教えたのだろう。彼はとりあえず好きな曲を調べてテキトーに弾いていた。当然それは素人そのものだったが、結構楽しそうだった。最初はFコードも押さえられなかったのだから(彼はそれをF××kコードと言った)、それと比べれば格段の進歩だ。そして彼はアンプも買ったらしかった。出来るだけ本番同様の環境で練習したいのだろう。私はそういう気持ちを理解出来た。それにあんなに良いギターなら音を出したくもなるに違いない。他には好きな曲を弾いている動画の視聴や、去年の秋音さん達のライブ映像とかを彼は見ていた。それは私にとっても面白かった。彼からしたらモチベーション維持の一つでもあるのかもしれない。その間に私はまだ実感の湧かないこの部屋をぼんやりと眺めていた。それが今現在の私の部屋でもある。一人四畳半、分かれ目は急遽しつらえたカーテン。しかしどちらかがいなければ、九畳部屋だ。悪くない広さになる。窓際には比較的新しいのとクラシックで瀟洒なデスクが並んでいる。今は片方を私が使わせてもらっているが、おそらく片方は両親の使っていたものなのだろう。横に並んだその空間は日が当たる時間帯はライトがいらないくらいだ。窓際にはベッドも置かれている。ちょうどそれらの間のところに長方形の窓が窓の中に作られている。ステンドガラスのような技巧で興味深い。普通の窓の中に小さい縦長の長方形の窓が、取っ手のロックを外せば押して外側に開く。そこからは二階の玄関へと続く螺旋階段の始まりが見える。一階の出入り口はガレージしかないからだ。換気窓にしてはやや大きすぎる。だが良いデザインだ。部屋の中央には丸いカフェ・テーブルがあり、談笑用のテーブルもいくつかある。トランプなどの遊戯ができそうだ。私はリョーシの使っているPCを借りて英語を主言語とした自分のアカウントを追加で作らせて貰っていた。PCのいいところはアカウントのログインが出来れば、イギリスにいた頃と変わりない環境で物事が進められるということだ。便利な時代だ。入浴を済ませると私達は夕食を取った。

「そういえば、ずっと思ってたんですけど、この家って面白い設計ですよね」そう私は話し出す。一見和モダンなのだが、無駄を削ぎ落としたデザインは北欧建築を思わせる。また要所要所でかなりしっかりとした木材が使われている。

「ここはガレージだったんだ。」

だからそんな思いもよらぬ返答に私は同じ言葉を繰り返すことしか出来なかった。

「ガレージ?」

「元々ここは家の駐車場で、家は隣のほうだったのよ。」

話の流れがよく分からなかったので私は何も言わず、誰かの説明を待つことにした。

「母屋が相当古い建物で耐久性の問題もあって作り直したんだ。

ほら、こっちは地震とかもあるし。」

なるほど。

「でもどうして家の部分を売ってしまったんですか?」

「半分は経済的な問題だね。

つまり前の家はここの優に倍はある平屋だったから。」

「それはずいぶん広そうですね。」

「広かったわよ、ねえ?」

それに対し陵史も思い出すような顔をして確かにと相槌を打った。

「向こうの土地を売った分がここの建設費用に当てられたんだ。」

「それで残り半分の理由は?」

「父と叔父さんのせいだね。」

「そしたら叔父さんが父さんの話を聞いて一言、それなら家を建て直すよりガレージを家にしちまうほうが早いんじゃないか?って。」

「父は大喜びだったけど母は今までよりも良い暮らしになると判るまで、半年間父に口を利かなかったわよね。」

「そうだったっけ?」

それはそうだろうなと私も思った。自分よりも車を優先した家に車好きでもない人が自分から住みたいとは思わないはずだ。

「実際車が置くことを目的にした所なんて夏は暑くて冬は寒いしね。」

「でもこうしてちゃんと建てられたんですね。」

「誤算があったの。」

誤算?

「つまり建築デザイナーである叔父の想像力と実行力だよ。」

「だからこんなに非日本的な家なんだ。」

「角ばって暮らしにも応用し辛いガレージを違和感なくするには北欧建築を取り入れるいかなかったって。」

それでやけに広い天井や細部のデザインの良いという謎も解明した。

「こうしてガレージは綺麗に清掃され、拡張され、耐震と断熱の考慮がされた。」

「家にも出来るようなちゃんとしたガレージを買っていたんですね。」

「そうえば、あれはリナの車なんだろう?」

「ええ。

知り合いに譲ってもらって。

免許は十七になって取ったばかりだけど。」

「でもこの家で僕が一番気に入っているのは暖炉かな。

本物の火って凄く暖かいし、そういうのがリビングにあるのは得も言われぬ幸福感がある。

でもこれだってビバリーヒルズの豪邸を真似たとかじゃないんだ。

それにこの町は寒さが厳しいわけでも長いわけでもないからね。

車を優先したガレージハウスの弊害ってやつ。」

「そうだったんだ。

それに日差しの差す部屋は全面ガラス張りだし、驚いたな。

あれ、凄く良い。

他にも車が中から見えるようにする為にそっちもガラスが張ってあるわよね。

上も天窓に切り替えが出来るようになっているし・・・。

流石に二階の床の一部が透けている時は言葉を失ったけど。」

「きっと上からも車の美しさを堪能したかったんだろう。」

たしかに面白い試みだ。

「そっちの町に面した方は車道側だし、通路からこの家が見えるのかもって思ったけれど、木製デッキの先は四方が緑で囲まれてるし、夜はライトアップされるし。

なんだかんだで日本に来てから一番感心したのはこの家かも。

とても駅前にあるとは思えない。」

「私の部屋もきっと船の模型とかを天井に飾れるわよ、あれ。」

姉弟の相槌。そういう所は良く拘っている。普通あんなにしようとは思わないだろう。千果さんの怖いところは、そういう大胆なことを言いながら片手のスマホではそれを実行に移そうと動いているところだ。もしそんなものを上に吊るしてジシンか何かで落ちてきたらいったいどうするつもりだろう?陵史はそんな彼女をたしなめると私に気付いたら両親の部屋が裁縫室になっていたという驚愕の事実を聞かせてくれた。

「もし現状を打破出来る可能性があるなら、どうしてそれに賭けないの?」

それが昔からの千果さんの一貫した根底にある考えらしかった。生まれつきのクリエイター気質。私は気になっていたことを尋ねてみた。

「地下は防音室になっているし。

唯一ある部屋は何なのかしら?

今は使ってないみたいだけれど。」

「ミアちゃんは何だと思う?」

「それが全然分からなくて。

大きさ的には書斎か何かだろうとは思うけど・・・。」

それを聞いて彼女はフッフーンと得意気な顔をして言った。兄さんにもあの顔を見せてあげたかったな。

「じゃあ、今はなんで使われてないんだと思う?」

「う~ん、物置部屋になってるか、単に鍵が壊れているか・・・。」

「あれはね、呪われた部屋なの。」

「え?」

私は冗談なのかと陵史の方を見てみた。彼は困ったような顔をしてから言った。

「ミアの言う通り、あれは父さんの書斎だ。

そして姉さんの言葉を借りるのなら呪われているし、僕に言わせれてみれば、秘密の部屋だ」彼はそう言ったあとしばらく黙っていた。まるで他の秘密について考えているみたいに。でもそれは不自然というほど長い沈黙でもなかった。

「パスワードを打たなきゃ入れないんだけど、遺言には何も書かれていなかった。

決して開けるなとか書かれていたら、僕としては何をしても開けたと思うけどね。

まるでパスワードなんてないだろうと言わんばかりのスルーされ方だった。」

それは圧倒的に怪しく、嘘っぽい話だった。

「家族のことなのになんか薄気味悪いわよね。

だから私は近付かないようにしてるの。

ミアもそうした方がいいわよ。」

「それは確かにホラーというかなんと言うか・・・。」

まるで青髭公の話みたいだ。そこには他人にばれてはいけない何かがあるのだろうか。実際見てはいけないものが入っているのかもしれないのなら、呪われた部屋という表現も間違いではないのだろう。

「どれほど心そそられようとも、好奇心は不幸を招くのが常。

浅はかな楽しみは決まって相場が高いものだ。」

「ま、そういうことね。

それで、貴方達の文化祭準備の調子はどう?」

「どうだったけ?」

「ライブもクラスの出し物もまだまだだったんじゃないかしら。」

「ライブはどうにかなるにしても」と姉が言った。

「クラスの出し物くらいは決まってるのよね?」

「一言で言うなら脱出ゲームかな。」

それに私も頷く。

「貴方たちの担当は?」

「私は…司会進行・ナレーター・登場人物の兼任です。」

「三つもやるの?」

「そこは回ごとに違うんだよ。」

「なるほどね。貴方は?」

「この企画の設計班。」

「じゃあシナリオ作りってこと?」

「まさにそれだよ。」

「忙しそうねえ。」

「姉さんは何をやったの?」

「私は文化祭って一度しか経験なかったけど、衣装製作を手伝ってたわ。」

「それだけ?」

「後は二階の渡り廊下から滑り台を作ったわね。」

「どういう出し物なの?」

「いや、単に作りたくて。」

帰るのが楽しいでしょ?という姉に、呆れ顔をする弟。

「姉さんだったらどういうシナリオにする?」

「殺人事件くらいは起こすかしら。」

「ばっちり起こるよ。」

「舞台も大事になりそうね。

どこなの?」

「密室殺人。」

「こういうの考えるの、姉さんは得意そうだよね。」

「どうして?」

「だって自分の店を持ってるじゃないか。

どんな客が来る店にするかは考えてるだろう。」

「そうね。

まずコンセプトは……なんだったかしら?」

「おい。」

「確かどこかのお店の試着室にいた時考え付いたのよ。」

「それは理由とかあるんですか?」

「ほら、試着室ってお店によってまちまちじゃない?」

「それを言えばお店自体がまちまちじゃない?」

「それはそれよ。

お店の見栄えや内装はブランドのイメージがあるでしょ。

でも試着室ってどれも均質っていうか、所詮誰にも見られずに着替える所でしかないのよね。極論どこの試着室も代替可能なのが多いのよ、シンプルだし。」

「それと自分のブランドを持つこと、創造性がどう繋がるの?」

「独創性とか創造性っていう意味では大いにあるわね。

つまり私は人々が自分のお店で着替えるところ、自分の印象が変わるその瞬間をもっと鮮やかで華のあるものにしたかったの。

だから試着室は広すぎないにせよ空間にはゆとりをもたせてあるし、一番手間もお金も掛かってる。

その瞬間はできるだけ非現実的にするのにはそれくらい必要だし、本当に良い商品を一つ見つけるよりも、全ての価値が上がるから。」

「だから、そうね。

むかしむかし、ある街に一人の若者がいたのよ。」

一人の若者?陵史の方に目をやると、彼はまたいつものが始まったという顔をし、私に目配せだけをした。そして彼はたまにボーっとすることがあるのだが、そんな調子で姉を見ていた。私にはそれがカルチャー・フェスの話を考えているふうにもあまり思えなかった。彼はそういう完全に自分のことではない案件について普段から考えるふうにもあまり見えない。その目は私の知らないどこか深い世界を見ている。でも無意識の考えがそういう現実的なアイデアを汲み取るのかもしれない。もっとも彼の考えが先なのか、現実の事象の確認が先でアイデアが生まれるのかは、卵が先か鶏が先かという話だが。彼のお姉さんは続けて話した。

「若者は若く、世間を知らず、あまりお金も持ち合わせていませんでした。」

「男、女?」

「どちらでもいいの。

その若者には珍しく、今日はパーティーの予定がありました。

しかもそれは若者にとっては非常に大事なイベントでした。

でも人の記憶とは朧で儚く、虚しいことか、当の本人は毎日の仕事のせいでそのことすら忘れていたのです。

忘れていなかったとしても、それは一ヵ月後にあるような心境だったでしょう。

時計の針は時々によって動く幅が変わるのですから。」

陵史はまた目配せをした。

「不幸中の幸いかその日は仕事が休みでした。

と言っても若者が事前に有給を取ることを半年前から話していただけです。」

「どうしてその若者はカレンダーやメモ帳に予定を書いておかなかったんだ?」

「そのパーティーがとても大事なものだと気付くのに時間が掛かったの。

そして仕事やプライベートも忙しかった。」

「それで?」

「若者は死ぬの。」

陵史はポーカーフェイスになり、私は日本語を聞き間違えたのかと思った。

「今殺したって言いました?」

「どうして?」

しかしお姉さんはそれを無視して話続けた。

「その若者は気付いた頃には日はこれ以上高くはなれないというところまで昇り、下降を始めつつあった。

主人公はその日お昼近くまで睡眠を取り、街に繰り出しカフェで飲み物に一口つけたところだった。

半ばパニックになりながらも本人はそれが事実だということを確かめるや否やカフェを出て行き、まず家に帰った。

そして鏡の前に立ち歯を入念に磨き、身だしなみもこれ以上ないというくらい整えました。

そして段々と自分はこの調子で行けばパーティーに間に合いそうだとなったところで、思いました。

自分は今日何を着ていけばいいんだろう。」

「鏡の向こうにいる自分の服装は青い色落ちのジーンズに白いトップス。

当然ドレスコードに反している。

そして自分の家のワードローブはろくなものがない。

唯一あったフォーマルウェアも午前中にクリーニングに出してしまった。

だから財布を持つと再び街に出ました。」

「服屋に向かったんだね?」

「でもその日は店がどこもやっていませんでした。

というのもその小さな町には旗艦店というものもないし、デパートは休みだった。

それで若者はその場にただぼーっと立ち尽くしました。

だって刻一刻と近づいているパーティーに彼は対照的な私服しか持ってない。

でも家に帰るわけにも行かない。

それで熱い日照りの中考えすぎた脳内もショートして、鼻血を出して倒れてしまう。」

男女に関わらず悲惨な展開だ。

「それで死んだの?」

「若者の目が開いたとき、とてもおしゃれな場所にいました。

そのせいで自分はまだ目から覚めていないんだと思う。

そして起き上がると目の前に置いてあった水を飲み、辺りを見回す。

そしてその密室を見て自分はパーティーにいる夢を見ているわけじゃないと分かる。

でも、ここはいったいどこだろう?

そして若い女が薄くて固いドアを開けて出てきて目をやるの。

それでここはどこですか、それとも夢なんですかと聞くと、若い女性は笑ってここは古着屋ですっていうの。

貴方が倒れているのを放って置けなくて力持ちの男性に近場のここまで連れて来て貰ったんですって。

でもまだ頭がボーっとしていて本人は古着という単語と今時分のいる豪華絢爛な居場所との区別が付かなくて、それで余計に自分が見落としていることに気付かないの。

それでその古着屋さんが貴方の素敵な白いトップスは一度洗ってあげないといけませんねと言ったところで、その鼻血で赤くなった服を見て若者は叫ぶの。

服!

そう、服がいるんです!

今夜は大事なパーティーなんだって。

それで女は笑って言う。

ここにいくらでもございますよ。

それで自分に合うドレスコードを見繕ってもらう。

そして何より素晴らしいのは、その店には余計なものが何一つして置かれていないところ。」

「よくある古着屋みたいに、ごちゃごちゃしていない。」

全ての商品はまるで新品みたいに綺麗にハンガーに掛かっている。

つまり然るべき処置がなされている。

それで若者はここはただの安っぽい古着屋じゃないんだと判る。

そして見事に自分にあった服に着替えて、今着ているものは全て買い取ってもらって、顔の鼻血を落とし、その買ったばかりの服に袖を通して、ある意味では今までとは別人になってそのお店を出て行きました。」

「だから若者は死ぬんだね。」

「それが私のお店のコンセプトなの。」

「そこにはどんな服でもあるんだ。」

「そうよ、そこにはどんな服も含まれているの。」

そんなこと思いついたことなかった。

「すごい、自分のブランドのホームページに書いておいたら?」

「もう書いてあるわ。」

「じゃあご馳走様」陵史はそう言うと部屋に戻って行った。夏休みに入ったというのに彼は疲れてきっているみたいだった。

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