第12話 Analysts

 今日は七時に起床を果たしていた。今日も文化祭準備である。といっても昨夜は帰宅してからは文化祭の課題しかやっていなかったのだが。黒いスラックスと白いポロシャツを着ると僕はリナと登校した。

「それで、貴方は書いてきた?」

「まあ書いてきたよ。

それが君の望みに叶うかは分からないけど。」

「見せてくれる?」

僕は文字がタイプされた一枚の紙切れを彼女に渡した。彼女はしばらくそれを目で追っていた。

「ミスタ・ノーティス?」

「タクミ・タチバナの設定だよ。

機関の抱える宿命的なシステムに嫌気がさして、退職届を出したという設定だ。

そんな彼が、宿命的に運命の歯車の中に絡め取られる。

「彼の役割にNTと書いてある。

これは何?」

「NT means Analyst。」

「アナリスト?」

「分析官。

社会的に選択的。

アナリストは世の中の仕組みを知りたがる。

その探求心は知識の限界に挑戦する。

その結果ある分野における彼らの専門知識には目を見張るものがある。

疑問を抱く性質があり、物事を額面通りに受け入れることはめったにない。

常に疑問を持っている。

彼らは表面的な見かけにとらわれない。

そのため、深い洞察することができる」そう言って僕は彼女に説明書を渡す。

「なるほどね。

感情という厄介な世界よりも、思考という領域感情の世界の方が心地よいと感じる。

しかし、人間関係を深め、自分自身を完全に理解するためには、他の人と同様、感情リテラシーを身につける必要がある。

アナリストはこうしたつまずきを乗り越えるだけの創造力と野心、向上心を持っている。

行動を起こし、ポジティブなものを探し、感情の領域で好奇心を鍛えれば感情の領域に対する好奇心を鍛えることで、このタイプは潜在能力を最大限に引き出すことができる」彼女は説明書を読まずに言う。

「僕も分析官でね。

机に座って脚本書くだけ。」

「分かったらその口を閉じて、五分で支度なさい、分析官。」

しかし、その真摯な提案が通ることはない。

「十六性格診断から借用した。

彼も一人のinvestigaterとして、このゲームに参加してもらう。」

「なるほどね。」

「おそらく彼の分類はENTJ・・・指揮官だ。」

「それは退職届を出した元指揮官ということかしら?」

「ああ、そういうこと。」

「なぜ辞めてしまうの?」

「向いてないからだよ。

彼はシステムの中で交換可能な社会の歯車として動くより、そのシステム根本に疑問を抱くタイプなんだ。」

「社会的に見て、面倒なタイプね。

でも好かれていると書いてある。

それはとても重要なことに聞こえるけど。」

「それでもだ。

実際のところ彼自身、最後まで自分の気持は分からなかった。」

「でも今は確信している?」

僕は黙ってただ首を横に振った。

「この退職は、彼にとって失敗なんじゃないかしら?

人生最大の。」

「そこがポイントなんだ」そう言って僕は淡く微笑む。

「皆彼を待っているし、楽しみにしている。

それでも納得のいかないことが持ち上がり、彼はそこを去らなくてはならない。

そこに居続けるわけにはいかないんだ。

そしてその出来事は今回の捜査に深く関係している。」

「そう、同じ指揮官として、残念な限りね。」

その予想外の発言に、僕は思わず微笑む。

「でも樫江、君は何か勘違いしている。

Investigatorは犯人を捕まえはしない。

彼の仕事はそれを見つけることだ。

見つけることだけ。

そして犯人は対象にならないかもしれない。

それは何か大切な意味を持つ盗まれたものかもしれない。」


 シナリオを考えるといっても、最初に行ったのはイメージの作成からだった。大体の粗筋は決まっている。アメリカ、白黒の時代、殺人事件、探偵。でもそれらから連想されるものは全てがモノクロ映画の探偵モノだ。そしてそこから風呂敷を広げれば既視感のあるものしか作れそうになかった。だがイメージと言われて最初に思い出したのは夢の映像だった。深夜の江ノ島の灯台のライト、誰か女性、砂浜。ライトが一周し瞬間、鮮やかにこちらを照らし出す…。漠然としている分使いようがあるかもしれない。そして映像的プロットをイメージする。それはアメリカのどこかの海岸だ。(なぜそんな時間の海岸にいるのだろう?)そこで灯台のライトが一周するシーンが入る。機械的に、一定の速度で、それは唯一の明かりを回す。まるで何かを警備しているかのような、鋭く容赦のない明かりだ。それは何かを見つけようとしている。そしてライトが一周した先で、車を映し出す。ライトに当たり緑色は鮮やかに映る。1920.30年代の車だ。辺りではさざなみが聞こえている。それを除けば静かな夜だ。そしてそのクラシックカーに乗っている誰かと目が合う。しかしその瞬間車はハイビームのライトをたく。(その時代に果たしてハイビームはあるのだろうか)そして灯台のライトから車のライトへと、光線のリレーが起こる。それが一人の女性を照らし出す。でもそこから先は想像が流れない。その女性はヒロインなのか、それとも端役なのだろうか?どうして誰もいない晩に、一人だけそんなところにいるのだろう?彼女は何かに巻き込まれているのだろうか?それとも暇を持て余したか、急に感傷的になったのだろうか?(もしそうなら何故感傷に浸っているのだろう?)でも女性の素足が浜辺の浅いところにあり、波が彼女にかかっているのは分かる。そして彼女が赤いワンピース に、赤いワインを片手に持っているということも。おそらく季節は春の終わりから夏の終わりだ。でもそこからが分からない。彼女はもしかしたら、最初の犠牲者かもしれない。そう、彼女が生きているか死んでいるかすら、僕には分からない。ただ彼女はライトを点けた運転手に対し、突然の明るさに眉根を寄せながらも目をやっている。でも男はそちらを見ているわけではない。彼は急に自分を照らしたのが何なのかということに注意がいっているのだ。でも両者ともこの時間に同じ場所に何故かいるたった二人の存在であり、お互い急な閃光でそのことに気付くのに数秒を要する。フラッシュに対して目が慣れないのだ。最初に灯台のライトが外れ、次に男がライトを消す。それで終わり。女は男に気付くが、男は女に気付かない。でも女は男の顔を知らない。彼らは顔見知りなのか?彼は彼女を探しているのだろうか?もしそうなら何故だろう?何故彼が彼女を、そんな時間に探す必要があるのだろう?彼らは愛で結ばれる運命なのだろうか?またはどちらかはターゲットなのだろうか?急にライトを当てられた男の顔には鋭い恐怖と警戒の色が混ざっている。そして女は驚いてはいたが、車がこちらにそれ以上向かってこないと分かると、それきりじっとしているだけだ。月の光が二人を気づかせるには無理のある、雲間の多い夜だった。他にすることもないというふうに、女は足を冷やしたまま、ワイングラスを口元へと運んだ。そして灯台のライトが丁度もう一周し、そのワイングラスを照らし出した。その赤く輝くワインライトだけを、男は目にする。しかしそれ以上彼は前に進まなければならず、彼女も後ろに下がらない。そして男はライトを消し、そろそろと後退していく。やはり男は隠れているのだ。でも何から?女はその車が自分から離れていくのに気付くが、気付くだけで静止したままに変わりはない。ただ自分を照らし出したライトの方向をじっと見ている。男もワインライトの位置を見ている。灯台のお陰か、奇跡的に両者の視線は混じり合う。しかしどちらもそんなことはわからない。全ての謎を残したまま、彼らはすれ違う。それぞれの想いも知らないままに。全ては闇に包まれているし、一線の閃きはあまりにも乏しい。しかしイメージだけは続いていく。その街は明るいか暗いか、暖かい気候で、浜辺を上がったすぐ先には近くにこじんまりとした個人経営のガソリンスタンドがある。ただしそれは廃墟同様の有様だ。小さなガラスのオフィス内にはタバコの自販機が、時間を止めたみたいにじっとしている。そのパッケージは何年前のものだろう。そこでは随分と「当時」が密閉されている。その街は三十分程車を飛ばせば都市部に行けるが、周囲はこんな感じなのだ。


 そこまで書いて僕は手を止めた。まずはこんなものだろう。最低限の登場人物のスケッチだと僕は思った。何かの予感はある。でもオープニングにすぎないし、これからどうとでもなる始まり方だ。


「貴方はプロットを作ると言うよりもまず物語るところから始めるのね?」

僕の書いたものをしばらく見た後で彼女は言った。

「うん、いいんじゃないかしら。

これから付け足しはあるかもしれないけど。」

そして他の班員も課題をそれぞれ班長の鐚一匁(はらないち もんめ)に見せていった。彼女は最低限の言葉であまりダメ出しをせずにそれを一通りこなしていった。一時間もしない内に、僕らの脚本のプロットは一段階先へと進んでいた。


 1,殺人とその小道具は銃である。

 2,殺人犯はどこかの悪人の集団である。


「おっはよ〜キャシー!」 

一週間後、八月十五日。僕はまた昨日よろしく練習しに食堂に来ていた。キャシーというのは先日の姉に宛てた荷物の誤表記だったのだが、それは今では僕の愛称と化しているみたいだった。いやおかしいだろ、バンド紹介でこのメンバーの流れでそんな紹介でもされたら観客は僕の紹介が分からなくなるだろう。でも北英軽音部はラフでノリの良い人達が多いようだった。つまり先輩後輩同級生関係なく翌日の今日皆が僕をキャシーと呼んでいたからだ。ここまで定着もすればいっそ諦めてキャッチーなあだ名で皆と打ち解けた方がいいかもしれなかった。ちちなみにキャシーの前のあだ名は、Mr. Notice.ミスタ・ノーティス。訳すならくそ退部野郎といったところだ。人によってはこの僕の一連の流れを面白がって、キャシー・ノーティスと言う奴もいる(もっとも僕は返事をしないが)。莉乃はベースを取り出す。秋音はエレキギターを出す。彼女がリードギターで僕はバッキングらしい。千紘はドラムだ。茶道部の部室のロッカーにドラムスティックだけいれておいているらしい。こういうところでずる賢くて省エネな性格が出る。僕は昨日と違い、弦が逆に張ってあるギターを取り出した。


 結論から言えば頂き物の中古ギターにはいくつか欠落があった。まずギターストラップやストラップ止めなど、弦を含めた細かなものは全て某中古取り扱い店で揃えた。しがない節制というのもまた一人暮らしで身に付いたスキルと言えよう。物事にはそれぞれ妥当な価格があるとも言える。新しく大枚叩いて買うべきものがある反面、そこまでする必要もないものがある。それから前に寄った近所のお店で同じギターメーカーのペグを一つ発注し、シールドというやつの差込口も直して貰った。それで今日ようやくペグの取り替えがすみ日の目を見ることが出来るわけだ。黒いレスポールに深緑のストラップは悪くない組み合わせだった。このギターが来るまで僕は倉庫にある白い入門ギターで練習させてもらっていた。だが今日、やっとこうして自分のギターによる練習が始まった。


 練習が終わった後は雑談がメインになった。僕はあまり話を聞いてはいなかったけど(コード進行を覚えるので精一杯だった)秋音のセリフだけが耳に届いた。

「いや~それにしてもこいつが入ってきてくれて良かった~。

流石に去年私達のバンドがこれ以外全部解散した時はどうなるかと思ったわよね~。」

うん?

「部員の半分は退部したり、テキト~な理由も言わないで幽霊部員になるし、先輩からは消去法的に部長任されちゃうし。

その先輩の代は大人気ない部長の実力派バンドが幅利かせた所為で他のバンドの先輩達辞めちゃうし。」

「・・・は?」

それは衝撃的な話だった。テニス部より状況が悲惨じゃないか?まあ当然僕がそんな実情を知ってるはずはないんだけどさ。お陰でコードが全部頭から抜け落ちた。そして左手は弦に慣れず、右手は何度も軽くはない分厚いギター にあたり若干満身創痍だった。

「そうえば次の私達のライブについて話がしたいんだけど!」

これはたぶん僕も話に参加した方が良いだろう。

「次の文化祭っていつだったっけ?」

そう言うと秋音ははあ?アンタ、やる気あんの?という目で僕を見てきた。本当にそういう表情ってあるんだよ。

「はあ?

アンタ、やる気あんの?」

本当にそう言われるとは思わなかったけどね。

「たしか九月八日、九日だよね」そう言ったのは千紘だった。

「そうよ!

私達は一般公開でやりたいから二日目に出るわ。

そっちには後夜祭もあるしね。

つまり、丁度一ヵ月後よ!」

一ヵ月後・・・・・・。というか果たしてやりたいからで出来るものなのだろうか。

「え、それって四週間後じゃね・・・?」

「なんでわざわざ週単位にしたのよ。」

正直、そんな先でもないことに驚きを隠せない。まあ猶予はある方なんだろうが。

「実際文化祭準備もあるし大変そうだな。」

「まあこの学校はそれが売りでもあるしね。

皆ちゃんと準備してるみたいだし。」

「でもそれは第一目標じゃないの!

いい?

私達にはライブが第一目標なの!」

「クラスの文化祭準備で集まる日にすれば良いと思う。」

「それよ莉乃、そうしましょう!」

それから僕らはやりたい曲を出していった。後はそれが可能かどうかについて。ぴったり一ヵ月後か・・・。初めてのライブだし、やるべきことを決めてスケジュール管理をしておいた方が良いかもしれない。それは本当にまったく先じゃない話だった。

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