第11話 Drive
2nd, August
「今日は私の車で登校しない?」
「面白いね。
でもどこに停めるつもり?」
「考えがあるの。」
そう言って彼女はウーズレーのキーのリングを指にかけ、くるくると回す。
「さて、僕はどこに向かっているんだろう?」
そう彼が言ったのは、いつも自転車通学で行くルートを逸れて右に曲がり、大通りを直進している時だった。
「寄り道は好きじゃなかった?」
ウーズレーを運転している彼女の横顔は美しく、その笑みは少々不敵だ。
「安心して、もうすぐよ。」
「ミス・アシュフィールド、君はいつも朝食をどこで食べてるんだ?」
「近所のカフェよ。
駅に行く途中にあるでしょ。」
「ああ、あそこか。
というか、そこは僕のバイト先だよ。
気付かなかったな。」
「まあ、私が利用するのはモーニングのみだから。」
「あそこのチェダーチーズ・サンドは確かに美味いけどね。
飽きたりはしない?」
「正直言うと、時間の問題ね。
でも七時から空いてるし、朝は空いてるの。
一時間ほど陽光のもとで、課題とか考え事を静かにクラシックを聴きながら取り組める。
とても美味しいご飯とは言えないけど、必要な時間よ。
それに故郷と少し似ていて落ち着くの。」
「ついでに言えば、君は夕食も外食が少ない気がする。」
「ええ、そうかもしれない。
でも問題ないわ。
それも込みでの留学だもの。」
「もちろんそれは君の自由だ。
せっかく親元を離れたんだ。
好きにすればいい。
でも君は誰に気兼ねせず、好きに三食をあの家で取ってもいいんだ。
どうせ三人分が四人分になるだけだし、全く気にすることじゃない。
一応、頭の片隅には入れておいてくれ。」
「ありがとう、ブレンドコーヒーに飽きたらお言葉に甘えるわ。
覚えておく。
もう着くわ。」
「自動車博物館?」
「その通り。」
「知らなかったな。
自分の町にこんなところがあるなんて。」
「そんな大きなものでもないから、午後の準備には間に合うんじゃないかしら。」
エントランスにはリナのウーズレーと似た色合いのクーペが展示されている。
「ジウジアーロのデザインよ。
一度見たかったの。」
そう言われてその車のサイドビューの美しさに僕は納得する。古き良きものの美しさというやつだ。せわしなく忙しき(加えて制約の多い)現代では車のデザインだってこうはいくまい。ひとつひとつが手作業の板金で為された彫刻品だ。受付に行くと制服姿のキャストに予約を確認し、僕らは午前中を社会科見学にあてる。
リナは入ってすぐ、受付横の車をじっと見つめている。とても古い車だ。フロント以外のボディは木で造られている。座席はベンチシートで、目の前から見るとそれは一昔前の乗用車に思える。しかし当時にしては比較的大きめのタイヤで、後ろはトラックらしい。フロントグリルの上のエンブレムには「Wolseley」と書かれている。
「これを見に来たんだね?」
「ウーズレーのCP型トラック、1924年製。」
「この街に二台もウーズレーがあるなんてな。」
文化祭の準備に午後から参加し、日が暮れて解散すると彼女だけ駐車場に戻る。
彼女は自分がここでは異邦人であるという一つの事実を、アドバンテージとして活用することを試みる。週に一度、休日の人々が夕食を取る時間にウーズレー 1300mk2を運転し、藤沢と辻堂の間のカフェへと赴く。ある夜にふとした思い付きで寄って以来、それは彼女の週に一度の習慣となりつつある。その時間にはカフェは人がまばらになり、クラスメイトと遭遇する可能性もかなり低くなる。別にクラスメイトが嫌いな訳ではないのだが、彼女は人混みを積極的に歩くような物好きではないし、彼らとは平日九時から十五時まで顔を合わせる。だから単に休日くらいは、一人で好きな雑誌をめくりながらゆっくりしたいだけだ。グレーのベルトの腕時計と同色のポロシャツ。自身の名前が彼女にそうさせる。彼女は優雅に運転することを心掛け、必要以上にアクセルを踏まないようにする。そこで一時間ばかり、ホワイトモカのグランデを片手に雑誌や本に目を通す。十五分前には車内へと戻りエンジンを掛け、ホワイトモカをカップホルダーに置き、コートを助手席にかける。暖気の間にプレイリストを流す。オアシスのchampagne supernovaが車内のスピーカーから流れる。俺たちがハイになってる間、お前はいったいどこにいたんだ?
オドメーターはその車が66666km走ったことを告げる。Jackpot.
69年製の割に走行距離は少ない。ヘッドライトを付けると駐車場を後にし、辻堂の駅前にあるショッピングモールに駐車し、車のキーをポケットに入れる。駐車場を歩きながら、世界にはありとあらゆる様々な用途の車があるのだと感心する。彼女は自分がこの車を手にし、異国の地を運転するまで、そんなことには露ほども関心を払わなかった。そこでレイトショーを観て過ごすが、誰も彼女が高校生だとは思わない。0時過ぎにホームステイ先へと帰るが、皆はまだ起きている。
ウーズレーのメーターは七万キロを刻む。
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